BW エメクダ





受けとれない想いをお菓子という形で押し付けられるというのには辟易する。
なんて愚痴ってしまうと部下たちから大ブーイングをもらうのだけど、クダリにとってバレンタインデーはそんな憂鬱な日だった。素性の知れない人から貰う手作りのお菓子なんて受け取れないし、既製品すら大量にあると数日はチョコばっかり食べなければいけなくなる。甘い物好きなノボリは笑顔で易々とと消費しているが、たまに食べるくらいがちょうどいいと思っているクダリにはなかなか苦行だ。
だからこそ、唯一あったそれは特別目を引いた。

「花束……?」
部下がお客様から代わりに預かってデスクに置いていくお菓子の包みの山の中、埋もれるように薔薇の花束が鎮座していた。大きさはそれほどでもないが、真っ赤な薔薇と言うのはとにかく目立つ。なのに、誰からのものか、誰が預かって来たのか部下の誰も知らないようだった。
花束に添えられていたのはたった数言。
『Love, your secret admirer.』
少し流れるような癖のある筆記体で書かれたそれをとっさに訳せなくてじっと見つめていると、背後から声がかかった。
「『貴方を密かに想う者より、愛をこめて』ですか」
「うわあぁああ!」
「そんなに驚かなくても」
「驚くよ!」
わたわたしているクダリの手からカードをノボリはさっと取り上げて、裏返したり透かしたりためすすがめつして見た。
「差出人の手がかりは、ほぼなし。愛情と情熱を示す赤い薔薇に添えられた匿名のカード、ロマンチックですねえ」
「そうだね」
「気に入りませんか?」
「そうじゃないけど……びっくりしたっていうか、ここまで熱烈に慕われるあてがあったかなとか思っちゃって」
「やっぱりあれでしょう。『あなたのファンより』みたいな」
「この薔薇は紫じゃないよ?」
「見れば分かります」
クダリはひとつ苦笑する。そして用意しておいた紙袋にお菓子の山を乱雑に移し、薔薇の花束だけは少し逡巡してから、花瓶を探して生けた。

クダリが構内の見回りに行こうと駅員控室を出ると、ちょうど帰ってくるところだったエメットと鉢合わせた。その腕にはリボンで彩られた箱や袋が幾つか抱えられている。
「おはよう、エメット。さっそく色々貰ってるね」
「おはよ、クダリ。なんか今日たくさん差し入れ貰うんだけど、なんかあった?」
「バレンタインだからだろ」
「そうだね。……で?」
「ああ、イッシュとユノヴァじゃ違うのか」
不思議そうな顔をしたエメットにクダリはこちらでのバレンタインの風習と、対になるイベントであるホワイトデーのことも教えた。
「こっちじゃそうなんだ……お返しって風習があるってことは、もしかして貰わないほうが良かったかな」
「いや、多分僕らに宛てられたものっていうのは、例えるのもちょっと烏滸がましいけど、アイドルへのファンレターみたいなものだと思う。返答は期待されてないんじゃないかな」
「そっか」
エメットは何か含むところのあるような少し困った顔をしていて、クダリはそれにすこし不思議に思う。だが、こちらの商業主義に呆れているのだと勝手に解釈した。イッシュで生まれ育ったクダリ自身もそう思う部分があったからだ。
「まあ、大半が好意からだろうけど、プレゼントに見せかけた不審物って可能性もあるから、エスパータイプ持ちの部下に頼んで見てもらうといいよ」
そう言ってクダリは見回りに行った。エメットが持っていた包みの半分がクダリ宛てだったということを知らずに。



クダリが抱えきれないほどのチョコを手にデスクに戻ってきた数分後、ちょうどインゴとノボリも話をしながら控室に戻ってきた。
「こちらとは逆なのですね」
「ええ。甘いものが苦手な男性諸氏にはちょっと辛い日でもあるみたいです」
彼らも例にもれずチョコの山を抱えていて、クダリは例年通りの奇妙なリンクに笑った。
「兄さんたちもバレンタインの話?」
「When in Roma, do as Romans do.(郷に入れば郷に従え)……いや、So many countries, so many customs.(所変われば品変わる)でしょうか。久しぶりに痛感しました」
「クダリ知ってました?ユノヴァではバレンタインの日、男性が女性に贈り物するんだそうですよ」
「そうなんだ?さっきエメットに会ったけどそこまで話さなかったな」
「イッシュでは2月14日にモテる男性の傍にいると荷物持ちをさせられる、と。理解いたしました」
「その認識は一般的じゃないから改めようか、インゴさん」
ノボリのデスクに抱えていたものを下ろした後、ノボリは不審物スキャン用にシャンデラを呼び、インゴはクダリのデスクに目を向けた。
「おや、イッシュでもこちらのようなやり方をする人がいるんですね」
「え?」
「それ」
インゴが指差した先には、件の差出人不明の花束があった。
「薔薇ですよね」
「うん、そうだけど」
「ヨーロッパではバレンタインに薔薇の花束を送ります。ユノヴァ独自の習慣としては、送り名を書かず『貴方を愛する者より』などの匿名だったりしますね」
「「ええっ?!」」
ノボリとクダリの驚いた声がきれいに揃った。
「どうかしましたか」
「この花束も匿名だった」
「『Love, your secret admirer.』でしたっけ」
「それは……明らかにユノヴァ式ですね」
瞬間、クダリは狼狽えながら件のカードを取り出した。クダリのしようとしたことを察知して、ノボリはチョコの山の下敷きになっていた紙の束を引っ張りだして渡す。
「お二方がサインした書類ならこちらにありますよ、クダリ」
すぐさま受け取って筆跡を確認すれば、カードに書かれた『secret』の『t』が『Emmet』のサインの『t』とそっくり同じだった。

慌てて部屋を飛び出したクダリは走りながらライブキャスターでエメットに連絡を取った。
「エメット、いまどこ?」
「うーんと……ダブルトレインのホームに一番近い関係者入口に、今入ったよ」
「近くに倉庫があるとこ?」
「そうそう」
「わかった、そこで待ってて」
えっ?!と驚いたエメットの返答は無視して通信を斬る。
ユノヴァではイッシュみたいに1カ月も悠長に待ったりしない。それに、今日中に問い質さなければ逃げられてしまう予感があった。
一度受け取ってしまったなら、受けとった側が行動を起こさなければ、薔薇に託された想いは放り出されたまま後にも先にも進まないのだ。
「いた!エメット!」
「あっ、クダリ。そんな慌ててどうs――うわっ!」
走って来た勢いのまま倉庫に連れ込まれ、体勢を崩して尻もちをつく。そこにクダリが殆ど馬乗りのようになった。断りきれず受け取っていたプレゼントの箱は、散らばって視界から消えた。
「痛ったぁ……もう、なんなのいきなり!」
「なんなのはこっちの台詞だ!あれ、どういうことだよ」
「あれって?」
「花束!僕のデスクに置いたの君だろ」
「……!!」
薄暗い倉庫のなかでも分かるほどに赤く染まった頬が、肯定を示していた。
「なんで分かったの?」
「薔薇の花束なんて馬鹿みたいに目立ったし、カードの筆跡も。でもインゴさんに偶然ユノヴァのこと聞かなかったら分からなかった」
「あんのクソ兄貴余計なことを……」
「ってことは、あれは冗談でも早めのエイプリルフールでもなかったんだ」
「まあね」
「――本来なら駆け引きだとかいい雰囲気作るとかするべきなのかもしれないけど、生憎そんな上級者みたいなこと僕はできないんだ。だから、花束だけ送って言い逃げみたいなことしないで、直接口で言ってほしい」
「うぇっ?!」
「なに、嫌なの」
「い、嫌じゃないけど……何も気の利いた言葉考えてなかった。ほんとに送って終わりのつもりだったし」
送り主を探し出してもらおうなんて微塵も思っていなかった。好きという気持ちが次々に溢れ出てきて止まらなかったから、そのはけ口として送りつけた花束だった。既存のメッセージカードなんかじゃ物足りなくて、一文字一文字に想いをこめながら定型文を書き綴った、そのカードが手がかりになるとも知らずに。
「別に無理して言葉飾らないでいいよ。はっきり言ってくれないと僕が理解できない」
「そっ、か。えっと」
何もかもがいきなりすぎて頭が回らない。ティーンだってもっと凝った口説き文句を考えるだろうけど、クダリがそのままでいいって言うのなら。
ぐっと息を詰め、大きく息を吸い、そして。
「クダリ、ずっと好きでした。付き合ってください!」
あとわずかの勇気が出なくて、俯いたまま頑なに目を瞑ってしまった。それでも言うべきことは言い切った。あとは彼の判断を待つだけだ。
最後の審判を待つような気持ちで息を詰めたままでいると。
「エメット」
名を呼ばれ反射的に顔を上げればすぐそばに愛しい人の顔があり、それが更に近づいた。
キスをされたことにエメットが気付いたのは、たっぷり数秒後、クダリの顔が離れたあとだった。
「いいよ」
「ふぇ?」
「いいよ、お付き合いしましょう、って言ってるの。――今すっごく間抜けな顔してるよ。気付いてる?」
「うわぁ」
一声呻いた後、唇が離れた感触を確かめるように手で口を被う。脳の処理能力がようやく追いついて、エメットはようやく何をされたのか、何を言われたのか理解した。
「……For real?」
「そんなに意外な答えだったかな」
「だってさ、ボク男だよ?」
「知ってるよ。こんなでかくて硬い女の子嫌だよ。分かった上でいいよ、って言っるのに」
「夢みたいだ」
「そこまで言われるとちょっと恥ずかしいな」
見上げたクダリの顔も逆光ながら赤く染まっているのが見えて、混乱や羞恥に押し流されていた愛しさが一挙に舞い戻って来た。その愛しさのままにクダリをぎゅうっと抱きしめた。
「クダリ、大好き」
「ありがと。嬉しいけど、どんだけ全力でハグしてるの。痛い。痛いってば!」
ばしばしと締め付ける腕を叩き、ようやく緩んだ隙に身体ごと少し距離を置くと、心の底から幸せそうなエメットの笑顔が見えてクダリはたじろいた。
「ねえ。キスもう一回して良い?」
子供のように無邪気な笑顔のまま請われ、否やの言葉が出るはずもない。
「べ、別に構わないけど」
「じゃ、するね。ずっとこうしたかったんだ」
時折皺を刻んでいる眉間に、潤んだ目元に、赤く染まった頬にキスが降る。そして最後に柔らかな唇に唇を寄せた。
芳しい薔薇に乗せた想いは、少しほこりっぽいキスになって正しく届いた。






うちの海外マスは髪と目の色以外どこも海外っぽくないなー、と思ったところから着想した、自分にしては珍しい季節ネタでした。
匿名の薔薇とかロマンチックすぎかっこいい。