BW エメクダ
※『月刊少女野崎くん』パロです
※とある高校の演劇部で、部長兼監督をやってる3年生と、入学して以来ずっとスター役者をやってる2年生の話とだけ分かってれば大体分かるはず





舞台そでで大道具の色塗りをしている演劇部部長の横、手持無沙汰そうに屈んでいるきらびやかな男が一人。
「エメット、衣装合わせはどうしたの」
演劇部部長ことクダリがそう問えば、いつも通り王子役を割り当てられているはずの役者は、んー、とぼんやり唸った。
「思いの外早く終わっちゃって。前々回の衣装をほぼ使いまわすから、あんまり用意するものないって」
「ああ、時代背景と役柄ほぼ一緒だったっけ」
「うん。どっちもファンタジー世界の王子」
「もう少し話のバリエーション増やせるか、ノボリ兄さんにかけあってみるよ」
クダリの双子の兄であるノボリは演劇部の部員ではないが、しばしば部に脚本を提供している。ノボリの趣味が小説を書くことだからというのと、生まれながらにして王子様な容姿を持つエメットを活かせる脚本というのが、既存の物ではあまり見つからないからだ。
男女問わず視線を惹く容姿をひと目みて、仮入部が始まる前からエメットを演劇部に引っ張ってきたのはクダリだった。その新入生が、気障な台詞を平然とに口にできるという役者らしい素地まであったというのは彼にとって嬉しい誤算だった。
「あんまりいろんな世界観書かせると、資料集めにクダリ連れまわされるじゃない」
「まあ、そうだけどさ……」
物書きではないクダリにはよく分からないことだが、文章を書くというのは100を1にする作業らしい。「リアリティこそが作品に生命を吹き込むエネルギーであり、リアリティこそがエンターテイメントなのです!」とどこかの漫画家のようなことを豪語するノボリは取材をよくするし、その度にクダリを巻き込んだ。取材に付き合うことが脚本を書いてもらうことの代償だった。
「他の部員は知らないけど、ボクはいつも王子役なのは構わないよ」
「似たり寄ったりだと飽きたりしない?」
「別に?王子だろうと御曹司だろうと騎士だろうと将校だろうと、ボクは与えられた役を演じるだけだし。ボクの演技を見て満足げな顔してるクダリが見れるなら、それだけで幸せだもの」
「ふぅん」
結構な殺し文句を言ったつもりだったがクダリに拾われず、エメットは顔に出さずやや消沈した。それどころか手振りで「そこにいると邪魔だ」と示されて更に消沈した。がっくりと肩を落とした四つん這いのままじりじりと後ずさると、クダリもそれに合わせて横にずれる。手に持った刷毛とバケツの色が変わっているから、隣のエリアの色塗りを始めるらしい。
物事に一生懸命になると他のことが視野の外になるのはクダリの癖だが、舞台装置に負けたと思えば溜め息も出る。
「……どうしたのエメット」
「『学園の王子様』もクダリの前じゃ形無しだなっておもって」
「は?王子様じゃなきゃスカウトしてないよ」
「まあ、そうなんだけど」
「っていうか、衣装合わせ終わっても台詞合わせとか動作練習とかすることあるだろ、『王子様』」
「みんな道具作ってたり照明の調整してたりで忙しいみたい」
「やることないのエメットだけか」
「そうだね」
「じゃあこっちの手伝い、は」
「高確率でペンキ零すよ、ボク」
「だよなぁ……。じゃあ特別に、いつもの取り巻きの子たち構ってきていいよ。僕が許す」
「そんなことよりクダリと話してたいな」
「なんだよ、折角僕が許可してるのに」
「だって今行ったら、クダリ、連れ戻しにきてくれないでしょ?」
「そりゃあね」
「それじゃ意味ないもん」
「……いつも僕に余計な手間取らせるためにサボってるってこと?嫌がらせ?」
「なんでそういう解釈になるかなぁ!」
四つん這いの状態から蹲るような恰好になったエメットを、クダリは横目で見る。何を言いたいのかさっぱり見えなかったが、こんな情けないリアクションを取ってる姿を取り巻きの子たちに見せたらさぞかしがっかりするだろうなとぼんやり思った。
「言いたいことあるならはっきり言えよ、面倒くさい」
呆れたように促せば、蹲った格好から顔だけ起き上がって、エメットは口をとがらせて露骨にふてくされた。
「だからー、せっかく憧れの先輩とふたりきりなんだから、楽しくおしゃべりしたいんですぅー」
「憧れって何さ。部長としてはそこそこ働いてるつもりだけど、お前に憧れられる覚えなんてないぞ」
「だってボク、クダリがいるからここに入学したんだもん」
一瞬の間。そして。
「はあああああああ?!なに、どういうことだよそれ!」
体育館中に響くような声量でクダリが叫んだ。他の部活の掛け声が止まった。
ずっと大道具から目を離さなかった銀の瞳がやっとこちらをまともに見てくれたことにエメットは少し喜んだが、今のはちょっといただけない。
「クダリ、うるさい」
「ごめん、いや、今のは驚くだろ普通」
「っていうか言ってなかった?」
「聞いてないよ!1年間一緒に過ごしてきて初めて聞いたぞ」
「そうだっけ。――クダリ、1年のとき大道具じゃなくて役者やってたでしょ」
「うん」
「学園祭の日にあった学校説明会のとき、ちょうどこの体育館の舞台でクダリの演技見て、それに惚れ込んでここ入ろうって思ったんだ」
「うっそぉ……」
「ほんとだって。受かるレベルかどうか怪しかったから、その日からすっごい勉強がんばったんだよ!そのおかげで今クダリと一緒に部活できて、ボクは幸せです!クダリがまた役者になってくれたらもっと幸せ」
嘘偽り無い事実と本心を言ったつもりだ。しかしその言葉に一気に紅潮するクダリを見、焦った。
「あれ、ボク何か変なこと言った?」
「……言った。今の、ほんと?」
「ほんとだよ。クダリを一目見てボクはここに入ろうと思ったし、クダリはボクをひと目見て演劇部にスカウトしたんでしょ?これって運命だよね!」
「そう、かもな」
顔を赤くしたまま照れたように笑うクダリに、エメットは更に恋の深淵に落ちていく気分だった。
甘い言葉を囁かなくても、気がある素振りを見せなくても、クダリを思って行動していたことが一番彼の心に響いたのが、なんだか皮肉だった。一番最初から持っていた、こんなに強いカードを見逃していたなんて。
「クダリが思ってるよりずっと、ボクはクダリのこと大好きなんだよ」
「ありがと」
素直に礼を言ったクダリは、そのまま作業を再開してしまい、エメットはむぅと唸った。
『学園の王子様』や『王子役』なエメットではなく、恋する一人の男としてのエメットを見てくれるまでの道程はまだまだ長そうに思えた。でも、たった今距離を縮められたのだから間近にまで近づく可能性は0ではない。
(クダリの期待に応えるのが一番の近道なのかなぁ……でもそれって結局劇を通してでしか見てもらえないような)
文武両道のエメットと言えど、この現状の最適解を見つけるのはなかなか難しそうだった。唸りながら俯いて悩んでいたせいで、クダリの耳がいつまでも赤いままなのには、ついぞ気付かなかった。






某企画にあった「出会いに感謝」というお題で書いていたものを、春っぽくないという理由で没にしたものでした。
パロも可という企画だから学パロに挑戦してみたかったのと、ちょうど書き始めに鹿堀鹿ヒャッホーウ!となってたので。
こういうくっつきそうでくっつかないの好き。