BW (エメ)クダ+イン





クダリは静かに冷や汗を垂らしていた。
(だ、誰か……僕に助け船を!)
心の中で助けを呼べども、応えてくれる人はいない。ここはマルチトレインの7両目、当然である。
この車両にクダリは今、インゴと二人っきりだった。
当のインゴはといえば、この孤独や沈黙に慣れきっているのか、持て余すように長い脚と腕を組んで、ほとんど何も映らない車窓の向こうを剣呑な目つきでじっと睨みつけている。
つまりインゴは座っているだけで何もしていないのだが、陰での異名が『自動威圧感発生装置』なインゴの隣で一言も発せないまま座っているのがクダリには苦痛だった。特性:プレッシャーでPPを削られるポケモンの気持ちがなんとなく分かった気がした。

「インゴはね、誤解されやすいんだよ。人見知りだけど悪い人じゃないし、むしろ優しい方。でも、知らない人には怖く見えるみたい。ボクは慣れ切っちゃっててよく分からないんだけどね」
とは、クダリの恋人であるエメットの言だ。
エメット自身は人懐っこく愛嬌もあるが、インゴはその対極とも言うべき人物だった。そして担当バトルが違うということもあってクダリとインゴの間に接点はあまり無い。
シングルバトル担当であるノボリも「インゴさまはとてもいい方ですよ」と言っていたしそれを信じないわけではないが、いかんせん第一印象の怖さを塗り替えられず未だに引きずったままでいた。

永遠にも感じられる沈黙の後インゴが足を組み替えると、紙の擦れるような音が聞こえた。
「ん……?ああ」
何事かつぶやきながらインゴがコートのポケットを漁ると、小さな小箱が出てきた。
なんとなしにそれを目で追っていると青い双眸を目が合い、クダリはびくりと肩を震わせる。
「クダリ様」
「は、はいっ!」
「……そんなに怖がらないでください」
「す、すいません」
「ワタクシにエメットみたいな愛嬌も愛想も無いのはわかっていますが。まったく、どこで育ち方を間違えたのだか」
それはこちらが聞きたい、とクダリは思った。もちろん口にはしなかったが。
「ええっと、これ、ワタクシからのお近づきのしるし、です」
インゴがずいと手渡してきたのは、手にしていた小箱だった。
「これを僕に……?開けてもいい?」
「どうぞ」
恐る恐る開けてみると、中に入っていたのはメタルアクセサリーだった。
シビシラスのシルエットが入ったそれは、最近カミツレが手持ちのシビシラスをメディア露出させ始めた影響で、イッシュではすっかり品薄になっていたものだった。細部のつくりはしっかりしている上、男女兼用デザインで幅広く気に入られているブランドだったためか、入手難易度に拍車をかけていた。
元からシビシラスとその進化系を贔屓にしていたクダリも、前々から欲しいと思いながらも諦めていたのだが。
「あ、ありがとうございます!どこでこれを……」
「ユノヴァですよ。このブランドはこちらでも店舗展開してますが、特別この品だけ人気というものでもないので期を見て買ってみました」
「うわぁ……ほんと、ありがとうございます!」
「そこまで喜んでいただけたなら幸いです。あの阿呆のノロケもたまには役に立つものですね」
ほんの少しだけ口元を緩めたインゴから飛び出た言葉に、クダリは再びびしりと固まる。
「え……えっと、その阿呆っていうのは……」
「もちろん、エメットです。クダリ様がそれを欲しがっていたという情報の元はあいつからでした。『ボクがプレゼントしたかったのに!』とわめいてましたが、先に見つけてたのはワタクシだったのでこうやって渡している次第です」
インゴに他意はないのだろう。経緯を説明される度にクダリの額から冷や汗が垂れ落ちる。
もともと友達からの延長線で付き合い始めた二人だから、どうでもいいことやあまり他人には聞かれたくない話まで山ほどした。それがノロケの名のもとインゴに筒抜けになっていると思えば、焦りもする。このメタルアクセサリーだって、そのブランドのCMを見ていたときになんとなしに話しただけであって、手を尽くしてまで探そうとまでは思わなかったものだったのだ。
ただ、この件でインゴの気遣いや優しさは確かに伝わった。そして心の壁も確かに低くはなった。エメットの言う「悪い人じゃないし、むしろ優しい」という意味も十分に分かった。
「大事に使わせてもらいます」
笑顔でインゴにそういいながらも、クダリは「今度エメットに会ったら1回しばき倒してやろう」と思わずにはいられなかった。






ほとんど会ったことない人に関して、人づてで詳しくなることって時々あるよね、っていう話。
不良+優等生という組み合わせが好きなので、インゴさんとアニクダくんを一緒の空間に置きたくなります。カプにはしないつもりだけど。