BW エメクダ






僕は今、そこそこ順風満帆だった自分の人生で一二を争うほど切羽詰まった状況に置かれている。
「デートって何着ていけばいいんだろう……」
自分の部屋でクローゼットを開けて、ひとり呟く。
エメットとの初デートは明日。正確に言えば12時間後。
時刻は夜中、こんな時間に衣料品店が開いているはずもなく、視界にはおしゃれとは決して言えない似たり寄ったりの服。
僕は静かに頭を抱えていた。

そもそも仕事に行くときはサブウェイマスターの制服一式からコートと制帽を外した服装で出勤しているし(なんてったって楽だ)、仕事以外のオフィシャルな場では礼服を着ている。プライベートで外に出るのなんて廃人マラソンのときか日用品の買い出しのときだからかなり適当だし、着飾る理由もタイミングも意欲もない。
そりゃあスーパーモデルが居る街・ライモンに住んでる以上、一歩外に出ればおしゃれな人たちが沢山闊歩している訳だけども、そうでない人だっていっぱいいるわけで、むしろ街に住んでいる人ほどカジュアルだ、と僕は思っている。それに、正直他人にあんまり興味がなかったから、誰かを参考にするなんて頭もなかった。
今、それが凄まじい勢いで裏目に出ている。
知人(主に職場の部下達)に聞こうにも、夜遅い時間だから気が引ける。となれば、相談できる人は一人しかいない。
「ノボリ兄さん」
「なんですか、クダリ。明日はデートなんでしょう。早く寝ないと」
「そのことなんだけど、兄さんの服貸してくれないかな」
「構いませんが……双子なんですから私の服を着れば私みたいになりますよ。それでもいいなら、どうぞ」
「そっかぁ……そうだよね……、やっぱいいや。ありがとう」
すがれそうな唯一の藁だっただけに、落胆も大きい。
別に見た目が兄さんみたいになるのは僕としては気にしないのだけど、顔を合わせた瞬間「あれ、ノボリ?クダリはどうしたの?」なんて言われたら半日は立ち直れそうにない。今までだって数え切れないほど間違われてきたけど、好きな人から間違われるはやっぱり違うと思う。

ほんと、なんでここまで切羽詰まるまで事態を放置してたんだろう。



「クダリ、今度の週末って休みだよね」
「うん」
「ボクも休みなんだ」
「知ってるよ。シフト組んだの僕だもの」
「だからさ、もしクダリがその日暇ならデートしたいなぁ、って」
「で、でーと……?」
「といっても、特にプランは決めてないんだけどね。適当なところでご飯食べて、適当に街うろうろして、夜にどこかバーとかに飲みに行って、みたいな。あ、こないだプライズで新しいの出てたからゲーセン行きたいな!あとはー、夕方時間あったら遊園地にパレード見に行くとか、そんな感じ。どうかな?」
「まあ、特に予定もないから行けるけど。美味しい店なら前部下に教えてもらったところ案内できるよ」
「ほんと?!やった!イッシュの料理はほんとに美味しいから楽しみにしてる!――じゃあ、土曜日の12時、すぐそこの公園の噴水で待ち合わせ、でいい?」
「わかった」
「遅刻しないでよー」
「そっちこそ!」



そんなやりとりだったのを覚えている。そして「誰かと遊びにいくのなんて、いつぐらいぶりかなぁ」とぼんやり考えたところまで思い出して、はっと気づいた。
僕はどうやら「デート」ではなく「遊びに行く」と思っていたらしい。というか男二人で街をぶらぶらするんだから「遊びに行く」でも別に間違ってはいない。どうりで危機感も薄いはずだ。
だったらそこまで気負わなくてもいいじゃないか、と僕は開き直ることにした。打開できそうもない状況に匙を投げたともいう。
よし、決めた。兄さんの言うとおり、早く寝よう。


☆☆☆☆☆


待ち合わせ時間までのカウントダウンを容赦なく刻む腕時計を見ながら僕は走っていた。

予定通りの時間に起きたはいいけど、開き直ったとか言っておきながら結局クローゼットの前でウンウン唸りながら悩んで、しかも何故か「もしかしてデートって手みやげとか要るんじゃないのか?!」という発想に飛んでしまい、「昨日ケーキ焼いてみたの……よかったら食べてv」が許されるのは可愛い女の子だけだという結論に至るまで10分以上かかった結果だった。
そもそもこのクソ暑い時季に屋外で待ち合わせるのに、保存料無添加の手作りケーキとか、ちょっと怖い。

無駄に悩んでいた時間の自分の所行を自分で罵りながら駆ければ、そう遠くもない公園に着くのはすぐだった。どうにか時間には間に合ったらしく、ほっと息をつく。
待ち合わせ目印の噴水は、公園の入り口から少し奥に入った場所だったはずだ。公園の門で歩調を緩めながら探せば、目当ての人物はすぐに見つかった。の、だが。

なんだあれは。
なんだあれは。
もう一度言おう。なんだあれは。

惚れた欲目抜きにしてもエメットはかっこいいと思っていたし、実際ユノヴァでは浮いた噂も絶えなかったようだけど、それにしたってかっこよすぎやしないか。
どう表現したらいいかわからないけど、服の一枚一枚はカジュアルに見えるのに組み合わさるとやたらとスタイリッシュなのは、センスなのかイケメン補正なのか。
久しぶりに太陽の下で見るエメットは構成されているすべてのパーツがやたらときらきらしているし、いつもコートで隠れている体型は私服だと物凄くスタイルがいいのが分かる。腹が立つくらい脚が長い。
しかもよく見るとピアスも少し派手なのになってて、それがまた嫌味なくらい似合っている。
『モデルさんみたい』だとか『ファッション雑誌から抜け出てきたよう』なんて表現があるけど、そんなもんじゃあないと思う。道行く人が男女問わず振り返るし立ち止まってぽーっと見惚れる人すら居て、噴水の水飛沫すら彼を彩るアクセサリーなんじゃないかと錯覚する。
今……エメットの身体からものすごいエロオーラが!!とか阿呆なことをちょっと考えた。

その当人はといえば、頬をバラ色に染めて数十秒おきに腕時計を確認している。僕を待っているのは間違いないのだけど、僕の脚は竦んで動こうとしない。
そうでなくても、おそらく、僕は、彼に、近づいちゃ、いけない。
仮病でも使って「行けなくなった」と連絡しようかと思った矢先、公園を見渡していたエメットの蒼い瞳が僕のところで止まった。破顔した瞬間ぶあっとオーラが倍増しになったように見え、僕の脚は即座に逃走を選択した。
人ごみに紛れるように早足で、背後から名を呼ばれてからはほとんど駆けるようにして。それなのに捕まったのはやっぱりリーチの差だろうか。身長なんか僕とそれほど変わらないくせに。畜生。
追いついても足を止めない僕に焦れたのか手首を掴まれて、強制的に足が止まった。怖くて振り向けないけど、息切れしたエメットの声がすぐそばで聞こえた。こんな僕のことを、そこまで必死に追ってこなくてよかったのに。
「クダリ、どうしたの」
「……ちょっと急用が」
「急用って何」
「えーっと、お腹が痛くて」
「病気が急用?」
「あっ」
急用と仮病が混ざって口から出たのは喋った瞬間気付いて、とっさの嘘はあっさり看破された。でもそんなことはどうでもよくて、道行く人がエメットの美貌に見惚れて振り向いていくのが嫌だ。というかエメットと比較されるであろうダサい僕が嫌だ。
「ばればれな嘘つくくらい、デート嫌だった?」
「そんなことない!」
「だって、さっきからクダリ、目も合わせてくれない」
「それは……」
浮かばない言い訳を考えている隙に肩を掴まれ体が回転し、強制的に対面させられた。
表情は曇っているのに輝かんばかりの美貌が視界に広がる。悲しげに憂う美形のお手本のようだった。
このまま失神してしまえればいいのに。うぎゃあという断末魔は喉の奥で消えた。
「目が、目がつぶれる……」
「え?」
「エメットがかっこよすぎて消えたい。もしくは帰りたい」
うめきながら訴えた言葉は、エメットの解せぬと言いたげな困惑顔に弾かれた。
「ええっと……ありがとう、なのかな?でも帰っちゃだめだよ」
「うわぁん」
「ほんとどうしたの?」
「エメットのそばにいると、ださすぎる僕が恥ずか死ぬ……世の中の視線が痛くて恥ずか死ぬ……」
こてんと首をかしげる仕草すら輝いて見えた。大丈夫か僕の目。
「それは……『早くホテル行って裸で語り合おうぜ』っていう遠回しなお誘い?」
その軽口を聞いた瞬間、ダメージを受けていたはずの僕は、一瞬の思考すらせずエメットの鳩尾に黄金の拳をねじ込んでいた。
うぐぅ、と唸って膝から崩れ落ちた彼は紛れもなく、彼の兄に冗談を言って拳の制裁をしょっちゅう受けている僕の同僚兼親友と同一人物だった。そんなことに今更気付く。いつもと違う格好の彼がすっかり別人に見えて無意識に怖くなっていたのだと思い至った。
同時に、きらきらまぶしかったオーラも消え失せ、ようやくエメットを直視できるようになって、僕の目の正直っぷりと僕自身のばかばかしさに思わず吹き出してしまった。
「ぶっ、ふふ、はははっ」
「ひ、ひどい……」
「ごめん、君のこと笑ったんじゃなくて、はは、ちょっと、ふふふ、ごめん、大丈夫?」
「一応大丈夫。インゴの拳はこの3倍は重いから」
「ほんとタフだよねえ」
「おかげさまで。ボクと親しくなった人はみんなボクの腹にパンチ決めようとしてくるのはなんでなんだろうね」
「それが君を御すのに最適だって気付くからじゃないかな」
そのきれいすぎる顔に張り手をするのはなんとなくためらわれるし、とも思ったけど、エメットが調子に乗りそうだったのでやめた。
腹部をさすりさすり立ち上がったエメットは本当に大丈夫そうで内心ほっとする。
「でもクダリが笑ってくれてよかったよ。なにがあったの?」
「うーん……あとで、気が向いたら話すよ」
「わかった。――クダリはどこか行きたいとこある?」
「とりあえず服屋に。エメットがせっかくおしゃれしてきてくれたのに、こんな買い出しに行くような恰好じゃ申し訳ないし、せっかくだから見立ててもらいたいな」
「そっか。じゃあ見立てた服プレゼントさせてよ」
「へ?いいよ、自分で買うってば」
「ほら、言うじゃない。恋人に服を贈るのは脱がせたいからだって」
言い終わる前にまた僕の拳がエメットの腹を狙ったけど2度目は空を切る。むかついたので1歩後ろからふくらはぎあたりを蹴れば、見事に決まった。してやったり。
ぶつくさ言いながらも笑っているエメットに、つられるようにして僕も笑う。
僕が好きになったのは、王子様でもモデルでもなく、くだらない冗談を言う度暴力的なつっこみをうけて、それでも隣で笑って歩いてくれる、かけがえのない友達なのだ。それだけ分かっていればもう僕は取り乱すことなんてないだろう。






オタクみたいな格好のクダリちゃん・モデルみたいな格好のエメットくん・男子学生みないなじゃれあい、と基盤に据えて。
暗めなのをちょくちょく書いてるけど、うちのエメクダの基本形はこんな感じです。