BW クダエメ





※ エメットくんが女の子



サイコソーダ片手に休憩から帰ってみれば、蒼いジト目がこちらを向いていてクダリは思わず足を止めた。しばらくの沈黙の後、ユノヴァから来た彼女が先に口を開いた。
「夏、だね」
「…う、うん」
「夏、なんだよね」
「8月だからね」
「……ううう」
「何が言いたいの、エメット」
「……なんでボクは地下にこもって長袖を着てるんだろう」
「そりゃあ、夏休みで子供が増えて忙しいこんな時期に、君がイッシュに来たからじゃないかな」
「だよねぇ……はぁ」
溜息をついてエメットは机に突っ伏す。がっかりという言葉を体現したようなその様子に、クダリは申し訳なく思うが、彼女ももう少しこちらのことを調べてくればよかったのに、とも思う。
「せっかくのサマーバケーションなんだから、遠距離恋愛中の恋人のそばに居たい!どうせだから不意打ちで現れて驚かせたい」と思ってくれるのは勿論嬉しいのだけど、イッシュには『サマーバケーション』なんて習慣は存在しないし、サービス業に至っては盆休みすらない。繁忙期の真っただ中、エメットの突然の来訪に合わせて急に休みをとれるわけもなく、クダリのそば=ギアステーション=ついでに仕事を手伝う、ということになって今に至っている。
実際、エメットの手助けがあって例年の殺人的な忙しさがかなり緩和されていて、クダリとしてはとてもありがたく思っているのだけど、その功労者たるエメットは当然大いに遺憾であるようだった。
「もう絶対アポなしで来たりしない」
「うん、それが懸命だと思うよ」
「でもやっぱり、どこか行きたかったなー、海とかさー」
「海?」
「夏と言えば海でしょ」
「そうだけどさ、今の時期どこのビーチ行ってもイモ洗い状態じゃない」
「クダリ、夢、ない……」
「事実を言ったまでだよ。それに、僕日焼けすると赤くなるタイプだから、あんまり気が進まないなあ」
「あー……そういえばボクもだ」
「変なところおそろいだね」
今の今まで忘れてたという表情のエメットに、クダリがくすくすと笑う。
「僕たちみたいなのはね、大人しく地下に引きこもって楽しいバトルを提供してるのが結局一番性に合ってるんだよ」
「うぐぅ……せっかく水着かわいいの買ったのに……」
「……今、すごく聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする」
ゆるく喋っていたクダリの声がにわかに強張り真剣な眼差しがこちらを向いて、エメットは内心喜びながらも驚いた。恋人同士ではあるものの、普段はエメットの方からアプローチすることが多いから、クダリからエメットに興味を示す行動を見せるのは珍しい。
「なに、クダリ、見たいの?ボクの水着」
「そりゃあね」
「うわぁ、むっつり」
「なんとでも言いたまえ」
「水着見たいならさ、海行こうよ」
「無理。っていうか家でいいじゃん」
「なんで!家で水着来たらただのコスプレじゃん」
「僕らの制服だってコスプレみたいなもんでしょ。変わんないよ」
「うっわ、サブウェイマスターの象徴ともいえる制服をコスプレ呼ばわりするんだー、ひどーい」
「事実だもの」
「ノボリに言いつけてやろ」
「ちょっ……!!それだけはやめて!僕兄さんに消し炭にされちゃう!」
「えー?どうしよっかなぁー」
焦るクダリを横目にエメットはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていて、交渉の主導権を完全に握られてしまったことをクダリは瞬時に悟った。
「何をお望みで?」
「分からない?」
「……何度も言うけど、夏が終わるまでは連休なんてとれないよ」
「別に夏じゃなくてもいいよ」
「ええっと……この忙しさが一段落したら、1週間……5日……うーん、まあ頑張って連休とってユノヴァ行くよ。それでいい?」
「やった!約束だよ!」
「うん、約束。あーもう、兄さんのご機嫌どうやってとろうかなあ……、絶対簡単にはハンコ押してくれないよ」
「そのためにもボクがこうやってノボリにも恩を売ってるんじゃないですか」
「僕の恋人が思いのほかしたたかでちょっとこわい」
苦笑しながらクダリは自分の席に座り、手にしていたサイコソーダをエメットに差し出した。
「え、なに、これ?」
「いや、海とか縁日だとソーダって定番だし、こんな異国の地下で頑張ってくれてる君にちょっとした雰囲気を提供しようかと思って」
「あー、あのクーラーボックスに入って売ってるやたら割高なあれ?」
「そうそう」
「ふむ。ならば受け取ってしんぜよう」
エメットの口許が機嫌よく緩むのを見て、クダリはこっそりほっと息をつく。元々自分で飲むために買ってきたものだけども、なかなか会えない恋人の機嫌がそれで底上げされるなら200円(社内価格)なんて安いものだ。
にこにこ顔でソーダを飲む彼女の頭をひと撫でして、クダリは再びパソコンに向かう。帰宅後のお楽しみがあると思えばキーボードをたたく手にも気合が入った。




お題ったーからの指令は『「炭酸」「日焼け」「不意打ち」がテーマのクダエメ♀の話を作ってください。 』でした。
エメット♀ちゃんは♂ver.よりあほっぽく且つしたたかだといいなあと思っています。