BW エメクダ





「エメット、はい、あーん」
菜箸につまんだ鶏肉が差し出され、エメットはなんのためらいもなく口を開ける。ぽいと放り込まれたそれをもぐもぐと咀嚼するさまを、クダリは目を細めて見つめた。
「どう?」
「うん、おいしい!」
「味濃かったりしない?」
「酒のつまみならこんなもんじゃない」
「そっか。エメットが醤油も味噌も大丈夫で助かるよ」
「元々嫌いじゃなかったけど、クダリの料理の腕がいいから好きになったんだよ」
「この程度、普通だと思うけど」
「美味しいもの食べたかったら外食しろっていうのがボクの常識だったのに、クダリの手料理で見事に覆されちゃったもの。イケメンで仕事もできて料理も美味いって、クダリはボクをどうしたいの」
「別にどうもする気はないし、ほめても何も出ないよ。」
嘘だぁ、とエメットは心の中で呟く。どうもする気がないなら、なんでボクばっかりどんどん好きになってるんだよ。そんな思いはただの難癖でしかないのだけど。


二人の休日が被る前日、飲みに誘ったのはエメットの方で、だったら家で飲もうと提案したのはクダリの方だった。いわく、「飲み屋って結構高いじゃない」という高給取りらしからぬ理由だったが、クダリのことをもっと知りたいという理由で誘った側としては別に場所などどこでもよかったので、それで了承した。
クダリのことをもっと知って、いろんなことを聞き出して、好きになってもらおう。あわよくば酒の力を借りて告白してOKをもらってしまおう。元々はそんな下心が発端だったのに。


家飲みを繰り返すうちにそれが二人の間で習慣になって、クダリがつまみを作る様子ももう見慣れた光景だ。
ぐうう、とエメットの腹が鳴る。生まれてこの方食にほとんど興味を示さなかった胃袋が、今やすっかりクダリに掴まれてしまったのは、彼の最大の誤算だった。
「はは、エメットそんなにお腹空いてるの?」
「……まあね。」
「どこかで食べてから飲みにすればよかったかな」
「うーん、やっぱりクダリが作ったの食べたい」
「大したもの作ってないのに」
「それでもだよ」
「そこまで気に入ってもらえたら、まあ悪い気はしないね」
ふふっと小さく笑うクダリを、エメットは後ろからハグする。そして口許をクダリの肩に埋めたまま、もごもごと「クダリはボクをどうしたいの」と再び言った。
「ん?なんだって?」
「……んーん」
「そう」
邪魔とでも言われて振り払われるかと予想していたのに、そんな素振りを見せないのでそのまま甘えるようにしてくっつく。
大好きな人と二人きりで、美味しい酒と肴に舌鼓を打ちながら、楽しい時間を過ごす。それだけで十分すぎるほどに幸せなはずなのに、胸の内の獣がまだ足りないと唸っているのを感じていた。
クダリのことを知れば知るほど、己との差が見えてきてしまって落胆する。バトルの腕は年季の差の分エメットの方が未熟だし、鉄道の知識についても同様だ。優しさも強さも家事能力もクダリの方が上で、エメットの方に分があるといえる恋愛経験値や異性受けする容姿は、同性であるクダリの前では何の役にも立たない。
どうやったら好きになってもらえるのかなんて考えるだけ無駄な気がしているのに、それでも諦めきれずにこの習慣に未練がましくしがみついている自分が滑稽にすら思える。
せめてクダリに認めてもらえるくらいいい男になれるまで想いを告げるのは先延ばしにしようと心に決めながら、目の前の薄い体をぎゅっと抱いた。



☆☆☆☆☆☆☆



一番最初、エメットからの誘いを宅飲みに変更しようと言った理由は、金額の話など建前で、偏にクダリの会話の引き出しが少ないからだ。会って間もない同僚と知らない店で二人きり、という状況はすぐさま話題が尽きそうな気がした。
会話がもたず気まずい思いをするくらいなら、自分のホームグラウンドである自宅に招けば、無言でDVDやテレビを見て時間をつぶしたり、店内ではボールから出すことのできないポケモンを出して自慢したり遊んだりできるだろうという算段だった。
実際一緒に飲んでみれば、エメットの豊富な引き出しと会話スキルのおかげで気まずい思いをすることはなかったから、別にその後はバーや居酒屋にしても良かったのだけど、エメットが「クダリの家で飲みたい」と言うから最初の提案のまま今に至っている。


湯を沸かした鍋に塩味をつけた枝豆を放り込みながらクダリは思い返す。
(まさかこれがこんなに気に入られるとは思わなかった……)
最初の宅飲みのとき、「酒のつまみといったら枝豆と揚げ物かな」と短絡的に考えたチョイスは見事にエメットの心を掴んだ。
枝豆は塩ゆでしただけ、揚げ物はレンジで作るから揚げという手抜きかつシンプルなものだったのに、どうもクダリの料理の腕がいいから美味しいのだと思われたようだった。あえてその誤解を否定する気もなく、それでもエメットを騙しているような罪悪感もあり、それをきっかけにクダリは敬遠していた自炊を始めた。
もともと要領が良く凝り性で、マニュアルから外れるのを嫌う性質だったため、料理の腕が上達するのにさほど時間はかからなかった。それでもレパートリーが肉や小鉢料理に偏ったのはある意味必然といえた。エメットに喜んでもらいたいために磨いた腕だ。
宅飲み前の買い出しでエメットのリクエストを訊きながら買い物をして、そこから作れる料理をレパートリーの中から探すという思索も楽しみの一つになっていた。

そんな水面下の努力を知らせないまま、そして背中に張り付いたままのエメットもはがさないまま、出来上がった料理を盛り付けた。
「これテーブルに持ってって」
「わかった」
引っ付き虫のようだったエメットがあっさりと離れていって、クダリは少し寂しく思う。恋人"気分"でいられたほんの一瞬を自分で断ち切ったのは分かっていたけど、それでもさっきまで感じていた体温があっさりなくなってしまうのは妙な喪失感があった。
しかしそう言わなければ飲み会は始まらないのだ。
(文化の違いって怖いなあ)
クダリはそっと嘆息する。西洋ではハグという習慣があるから、エメットのあの行動に他意はないのだろう。それでも、ひそかに想いを寄せる人に密着されて動揺しないほど、クダリの精神は図太くない。
エメットに気づかれないようにそっと深呼吸をして、高鳴っていた鼓動を鎮める。密着していたときにその鼓動に気づかれやしなかったかと今更のように心配になった。

エメットから向けられている好意の色に変化があったようには見えないし、何がしかのアクションを起こそうとしているようにも見えない。ということは、胃袋を掴んでおとすという作戦は失敗だったのだろうなとクダリは思った。冗談交じりの「クダリはいいお嫁さんになるよ」といった言葉を引き出すこともできいなかったのは悔しかったが、別にそれでもよかった。元々勝算の薄い恋である上に、半分以上諦めの入った一か八かの作戦だったからだ。
今の関係に100%満足しているわけではないけれど、この距離感は決して嫌いではない。むしろ居心地がいい。自分から壊してしまうのが怖いと思ってしまうほどに。
ならば『現状維持』というのは次善策といえるだろう。

「クダリ、お酒も準備できたよ。――どうしたの?」
食卓の用意を全部終えたエメットがキッチンまでクダリを呼びにきて、思いのほか時間がたっていることに気づく。
「うん、ちょっとぼーっとしてただけ」
「仕事終わってすぐ買い出しと料理だもんね……。ボクもなにか手伝えたらいいんだけど」
「いいよ、好きでやってることだから」
「そう?――じゃあ早く乾杯しよっか」



酒の力を借りきれない二人の、何も変わらない飲み会がまたひとつ繰り返された。






『「白」「餌付け」「夜」がテーマのエメクダの話を作ってください。 』というちょろすぎるお題だったので、大好きなのに全然書いてなかった、スキンシップ過剰な両片思いエメクダで挑んでみました。
自分が飲兵衛なので酒とかつまみの話を書くのは好きです。