BW エメクダ





なかなか駅員室に帰ってこないエメットを見かねて、構内の見回りがてら探しに行こうとしていたクダリは、関係者用通路を出てすぐに彼を見つけた。
あまり人の通らないそのエリアの、少し離れた場所にある柱のすぐ向こう。背の高い白いコートの人影と、そのすぐそばに若い女の子が一人。話し声自体は聞き取れないが、二人はなにやら楽しげに喋っているようだった。
「ふぅん、ニンバサの色男の名は伊達じゃないんだね」
一人呟いたクダリの声は、どこかで丁度通ったトレインの音にかき消された。

面白い現場に遭遇したものだと思い、クダリは離れた場所から二人を観察する。
旅の途中なのかバックパッカーのような身軽な恰好をしているその女の子は、明朗快活という言葉が似合うかわいい子だった。こちらに背を向けているエメットの様子は見えないが、女の子の仕草や表情からして二人はそれなりに親しいようだった。
ここはエメットのホームグラウンドであるニンバサだ。親しい相手がバトルチューブに来ることもあるだろうと納得してクダリは観察を続ける。
しばらく見ていると女の子はデイバッグから封筒を取り出し、エメットに渡した。それを受け取ったエメットは後ろから見ていても分かるくらいに大いに喜んで、女の子の手を取ってぶんぶんと振った。それに少し驚いた様子のその子は苦笑し、ねだるような顔で自身の頬をつついた。するとエメットは一瞬狼狽え、一拍の後、その頬に口づけた。



クダリは静かに腕を組む。
足元が崩れるような絶望が、あったわけではない。地元で散々浮名を流したモテ男を恋人にするにあたって、こういうことがあるだろうと予想はしていたからだ。
ただ、思うところがない訳でも、決してない。恋人が自分以外の相手にデレデレしてキスした場面を見れば、やきもちのひとつやふたつ、やきもする。
女の子が手を振って去って、駅員室に帰ろうとしたのかこちらに体を向けたエメットは、だらしない笑みを浮かべて大切そうに封筒を抱えている。その様子を見たクダリは、怒りと諦めと納得がないまぜになった感情を抱えた結果、盗み見ていたことを隠しもせず、エメットが気づくまでその場に居ることを選んだ。

クダリを発見したエメットは形容しがたい悲鳴を上げながらさっと青ざめ、だだっとクダリのそばまで駆け寄り肩を掴んだ。
「くくくくくクダリ?!もも、もしかして、今の――」
「何を話してたかまでは聞こえなかったけど、見てたよ」
「……怒ってる?」
「怒られるようなこと、してたんだ」
「してない!!ボクは断じてやましいことなんかしてないよ!」
「そう」
「ほんとだからね」
「うん」
責める言葉など一言も発していないのに、エメットは実に居心地悪そうに視線を逸らすのが、なんとなく愉快でクダリは口許だけ笑んだままじっとエメットを見つめる。
「あの、さ、頬にキスするのは、こっちでは挨拶みたいなものだから」
「知ってるよ。インゴさんはそんなことしないけどね」
「うぐっ……、それに、お客様のご機嫌とるのはボクたちの仕事でもあるし」
「知ってるよ。インゴさんはそんなことしないけどね」
「…………ボクを捨ててインゴに乗り換える気?」
ぎらぎらとした青い瞳が、ほとんど目の前と言っていい近さで見つめてきている。一瞬だけ左右に視線をやれば、白いコートに包まれた腕で囲われていて、「これがいわゆる壁ドンか」とクダリは冷静な頭で考えた。
ここが人通りの少ない場所で良かった。こんな光景を一般客に見られでもしたら、バトルチューブの一大スキャンダルだ。
思わず片頬だけ釣り上げたように笑えば、エメットはそれをどう勘違いしたのかさらに言い募る。
「そんなこと、絶対、許さないから」
これだけの執着を見せられて、さっきのが本当に浮気だったと誤解できるほど、クダリは馬鹿ではない。こうやって揺さぶるのは、単純にエメットの反応が面白いからというのと、自分たちの関係の確認をしたくなるからだ。誰にでも愛される彼が選んだのが、本当に自分なのか、自分でいいのか。自信を持ったことなど一度もない。
しかし、優位に立ったと思われるのも癪で、最後のクダリは不敵な笑みを深くして最後の揺さぶりをかけた。
「若くてかわいい女の子の方がいいんでしょ?僕はいつでも君を手放す覚悟があるよ」
途端、ピシリとエメットが固まり、数瞬後がばっとクダリに抱き付いた。
「もーっ!ほんとに浮気とかしてないからー!でも疑われるようなことしたのは悪かったよ!ごめんなさいー!」
さっきまでの嫉妬にかられた男の顔は一瞬で消え、情けなくてかわいそうでかわいらしい、いつものエメットの顔になった。変わり身の早さにクダリは少しばかり呆れ、そして安心もする。
「はいはい、わかってるよ、わかってるって。こっちこそ試すような真似してごめん」
「ボクにはクダリだけだもん」
「うん、ありがと。僕もエメット大好きだよ」
エメットの拘束からどうにか右腕だけ解放させて頭を撫でれば、更に甘えるように頭を押し付けられる。大活躍をしたバトルの後のアーケオスの仕草にそっくりで、思わず笑みがこぼれた。



「あの子が一体誰なのか。何話してたか教えてくれる?」
「言わなきゃだめ?」
「……」
「分かったよ、言うよ。あのね、彼女はうちの常連さんだった子。ジムバッジ集めのためにニンバサに寄って、滞在中によく遊びに来てくれてたんだ。で、しばらくしてから旅を再開して、この間殿堂入りしたからまたこっち戻って来たんだってさ」
「殿堂入りか!強いんだね。――じゃあ、さっきの封筒は?」
「そこまで見てたんだ。あれはー、そのー……」
「……」
「無言の圧力やめてよ……。最近こっちでもアンデラタウンにマリンチューブできたんだ。だからその周りでいい雰囲気の店がないか、実際行ったことのあるあの子に教えてもらってたんだよ。その、今度の休み、クダリと一緒に行きたくて……」
エメットの声がだんだん尻すぼみになる。あのへらへらと脂下がった笑顔は、クダリとのデートを想像していたからだと思えば、悪い気はしない。
「これ、見ても?」
「ネタバラシしちゃったし、いいよ」
差し出された封筒の中には確かに手紙らしいものはなく、いろんな店の外観と内装の写真が入っていて、それぞれに店名・住所と、彼女の寸評のような一言メモが書いてあった。
「あーあ、スマートにエスコートしたかったのになぁ」
「いいよそんなことしなくても。君がほんとはスマートじゃないの知ってるもん」
「クダリ、ひどい」
「あ、ここいいな。行ってみたい」
「ちょっと無視しないで!で、どれ?――いいね!予約しておこうか」
「うん、よろしく。ほら、こうやって二人で計画立てた方が楽しいでしょ。エメットはこそこそしてても結局僕にはばれるんだから、妙なことかんがえないこと」
「ワカリマシタ……」
ものすごく不本意を絵にかいたような顔で了承されて、クダリはまたひとつ笑ってしまった。

「あとひとつ、ボクの名誉のために言っておきたいんだけど」
「ほっぺにちゅーのこと?」
「そうそれ!あれは情報代としてねだられたことであって、ボクの本意ではないからね!っていうか、14歳の女の子に手を出すようなリスキーなこと、ボク絶対しないから!」
「は?!14歳?!」
「そうだよ!――え?」
「17,8歳くらいだと思ってた……」
「Oh……」
「なんか、ごめん」
「うん……」




お題ったーからの指令は『「怒らないで」「独り言」「やきもち」がテーマのエメクダの話を作ってください』でした。
作中に出てきた女の子は、英語版トウコであるHilda(ヒルダ)のつもり