うちトコ 愛三重+岐阜

※ 愛知さんの性別を固定させてるつもりはありませんが、便宜上「彼」と呼んでいる箇所があります
※ 愛知さんと三重ちゃんはデキてます
※ そのわりには岐阜といちゃいちゃしてます





近畿かしまし娘と呼ばれることのある彼女たちは、まったりのんびりしたいときやおしゃべりしたいときは奈良の家へ集まる傾向がある。
それはまさに適材適所というべきもので、奈良という人物自身も彼女の家も土地のもつ空気も、そうするに向いているからであり、連絡もなしにふらっと遊びにいっても受け入れてくれるからである。
そこで交わされる会話は多岐にわたるが、たいていが特に実を結ぶこともないたわいのない会話――近年の流行や噂話、そして答えを求めない相談や愚痴だった。



この日、奈良の家に遊びに来たのは滋賀と三重で、話のメインは三重の愚痴だった。
「愛知はいっつもいっつも三重<うち>のことを自分のもの扱いするくせに、私のこと全っ然考えとらん!ダイエット中やって言ってるのに、なんで私の目の前で、900kcalもあるシロノワール完食しとんの!?しかもめっちゃ美味しそうな顔してえ!」
そう憤慨する彼女が、喋る合間に食べているのは名古屋土産の定番のひとつである、両口屋是清の饅頭だった。ダイエットはしてるんじゃなかったのかとつっこむ者は、この場にはいない。三重の怒りに油を注いでも益はないし、すぐ冷めるのを知っているからだ。
「露店で見つけたネックレス欲しいなーって思って買おうとしてたら、信じらんないくらい値切ってからよこすし!」
普通連れが詐欺同然のぼったくりに引っ掛かりそうになってたら(その場で値切るという手段をとるかは別として)助け舟くらいは出すだろう、とつっこむ者もいない。
「ボケもツッコミもわからへんし!」
それを理解できる地域の方が少ないとつっこむ者がいないのは、もちろんここが近畿だからである。
「『うちらはお金だけの関係』って言ってもツッコミもしやんで『関西人め』って言ったきり黙るし!」
その言葉に、沈黙を守っていた奈良の眉がわずかに動いた。
「……ボケツッコミ分からん相手にそうゆうこと言うたら、ただの性悪女にしか思えへんで」
ぴたりと三重の口が止まったのを見計らって、滋賀も追撃する。
「いつの時代も商売は信頼第一さかい、いっくら顔なじみで恋人同士とはいえ、上得意さんの気ぃ悪くするような言うたらあかんなぁ?」
「それこそ、うちらの関係が本当に『お金だけの関係』やない、気安いもん同士なのお互い分かっとるから言うたんやないの」
途端にしどろもどろになる三重に、滋賀からの口撃は止まない。
「ほんまにお互い分かっとる?三重は愛知からにっこり笑って『あんたはうちの財布だけに用があるんだら?』とか言われて、冗談やって受け流せるか?」
「そ、そんなこと言わへんもん」
「口にはせんだけかもしれへんやん。『三重からは海老と赤福だけもらえればええ』って思われてるかもなぁ?」
ヒュッと喉が鳴る音を、その場にいる全員が聞いた。
「わ、私、もしかして、えらいひどいこと言うてしもたんやろか……」
「さあなー?でも、信頼を築くのには長年かかっても失うのは一瞬やて、三重も知っとるはずやろ」
追い詰める彼女の口許が実に愉しそうに弧を描いているのに奈良は気付いたが、そこを指摘はしなかった。
傍目にもからかっているのが一目瞭然なのに、三重はそんなことには気づかずすっかり蒼褪めている。
「謝りに……謝りにいかんと……!」
「はいはい、行っといでー。フられたら慰めたるさかい」
「気ぃつけてなー。慌てて行って事故ったらあかんで」
二人の見送りの言葉が聞こえているのかいないのか、ろくに返事もせず三重は奈良の家を飛び出していった。

「……今日はずいぶんと意地悪かったなぁ、滋賀」
その口調は責めるでも咎めるでもなく、単に感想を口にしたようだった。
「最近の三重は好意に胡坐かきすぎてんねん。商人目線で見ても、愛知に対してだけ殿様商売過ぎるのは気になっとったしな、それに……」
「それに?」
「愚痴っちゅー名のノロケとか聞きたないやろ!ノロケるなら真正面から堂々とノロケたらええねん!」
「……」
滋賀の怒りに、奈良は肯定も否定も返さない。中身が何にせよ話を聞くのは嫌いではないからだ。
「仕事大好きで倹約家な個人主義者が、時間と金を割いて執着を表に出してくれることがどんだけ価値があるか、三重はちゃんと知らなあかん」
「驕れる者久しからず。自分の価値を知った上で謙虚でいるのはなかなか難しいことや」
ずずっと茶をすすり、三重が置いていった饅頭に手を伸ばす。
そして人心地ついたあと、今度は滋賀の愚痴が始まるのだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


小雨が降っているのを気にも留めず、勢いのまま愛知がいつも住んでいる県庁近くにあるマンションまで来た三重は、はたと気づいた。
この日は以前三重がデートしようと誘って、先約があるからと断られた日だ。そもそも奈良の家に愚痴りにいったのも、二人の休日が合わなくてなかなか会えないいらだちからだったのだ。
「まあ、そろそろ夜だし帰ってきてるかもしれんしな」
くじけそうになった心を独り言で奮い立たせながら部屋の前まで行けば、やはりもう帰宅していたのか愛知の声が聞こえた。そして、彼のものではないもう一人の声も。
愛知が女の子の名を呼び、それに応える高めの声がする。愛知自身はもう玄関まで出ているのか次の台詞ははっきりと聞こえた。

「髪乾いたら早よ帰りん。うちが送ってったるで。――え、海?今から行ったら真っ暗だがね。それはまた今度な」

瞬間、三重の顔からさっと血の気が引き、そして一瞬で真っ赤に変わった。
(家に女の子連れ込んで風呂まで入れるって!先約って、浮気相手とのデートだったん?!)
ドアの前で怒りで震える三重をよそに、そのドアの向こうではがたがたと物音がして、数秒後愛知が姿を現した。
「あれ、三重?なんでここにおんの?」
きょとんとする彼の表情がまた腹立たしくて、その場で怒りが爆発した。
「愛知の、浮気者おおおおおおお!!!」
近所迷惑必至の大音量で叫んで、三重はきびすを返した。
「どうせ私は海老と赤福だけの女なんやあああ!!」
「ちょお待ちい!何の話!」
走り始めた三重のはためく巫女服の裾をかろうじてつかむことで、彼女の逃走は阻止された。
「なんかえらい誤解しとるみたいやけど、うちは浮気なんかしとりゃーせんがね」
心の底から困惑、といった表情で弁明され、三重は彼を涙目のままぎっと睨む。
「じゃあ、さっきまで家に一緒にいたエナって誰よ!」
「エナ?それって――」

すると二人の会話を高い声が遮った。
「ぎふぎふ、ぎふー(どしたん、愛知。修羅場?)」
ひとりの岐阜が、のそのそと愛知の肩から顔を出す。
「修羅場っちゃー、修羅場かなぁ」
「ぎっふー、ぎふ(ならさっさと謝りい。女の子は怒らせたら怖いで)」
「既にだいぶ怖いことになっとるがや……うち何も悪いことしとらんのに」
「ぎふー(そりゃあ災難やな)」
突如始まった二人の会話に三重はぽかんとするしかない。
「えっと、岐阜、いつからおったん?」
「ぎふー、ぎふぎふー(最初からー。うちの名前が聞こえたから出てきたんやに)」
「名前?」
「やっぱり三重には見分けついとらんみたいやし、紹介しとくかね」
肩にいた岐阜を愛知がひょいと前に抱えると、愛知にしがみついていた分の手が空いたからか、彼女(?)はぴこぴこと三重に手を振った。つられて三重も小さく手を振る。
「この子は、岐阜の一人の"恵那"。地理的には東濃だから、うちと一緒にいるときはよく背中にはりついとる。特産品はー、何だっけ?」
「ぎふ、ぎふ、ぎふ?(恵那栗の栗きんとんと、和菓子のからすみかな。あとははちのことか?)」
「はちのこは要らん」
「ぎふ、ぎふー(はい三重、お近づきのしるしに。実はうちら何度も会っとるけどな)」
"恵那"がどこからともなく取り出して三重に渡したのは、前述の栗きんとんの箱だった。
「お気遣いなく…、でええのかな?――って、え?ええ?どういうこと?」
「だから、この子がさっき三重が言ってたエナだがや。恵那も女の子だけど、まさかこの子との浮気嫌疑かけられるとは思わんかったがね」
言いながら苦笑する愛知と"恵那"の構図は、どう見ても成人男性と喋るぬいぐるみ。贔屓目に見ても年端もいかぬ少女と、少し歳の離れた親戚である。
そのことを認識した瞬間、大騒ぎした自身の行動に恥じ入って三重は耳まで真っ赤に染まった。
「誤解解けたかもしれんけど、一応部屋入ろっか?天気悪いしここで話してたら風邪ひいてまうがね。――恵那はどうする?」
「ぎふー(邪魔やないなら入るわ)」



先程恵那からもらった茶巾型栗きんとんを茶うけにし、愛知が淹れた抹茶をすすりながら三重は話を聞いた。
(「抹茶に限定した地域ブランドは西尾茶が全国初だでね!」という愛知のアピールは華麗にスルーされた)
彼らいわく、今日は岐阜のみんなと愛知で持ち寄りパーティをしていたのだそうだ。愛知からは主に海産物を、各々の岐阜たちはそれぞれの特産物を持ち寄って。
以前の集まりで愛知は岐阜たちから「海あり県のくせに海産物よこさない甲斐性なし」といじられたために、岐阜全員を日間賀島に招待すると宣言し、内陸県である岐阜たちは大いに沸いた。
他の岐阜たちは出来るだけ大人数が集まれる日を相談する中、この恵那だけは「早く海見たい!」という衝動だけで愛知の背に張り付き車に乗り込み、名古屋まで来てしまったのだという。
駐車場についた時間名古屋は豪雨で、駐車場から部屋までの間に愛知と恵那はすっかり濡れてしまい、そのとき初めて彼女の存在に気づいた愛知は、恵那を風呂に入れて着替えさせ、送り届けようとしたところで三重と鉢合わせた、ということらしい。

「ぎふー(最後まで気づかんとは思ってなかったわ)」
「そらあ、ことあるごとにうちに複数人くっついてくるもんで、ひとりぐらい背中に乗ってても気づかんがや……」
「ぎふ、ぎふー(そっか、じゃあしゃーないな)」
「……なんか二人とも、えらい仲良うない?」
三重が少しばかり低い声で問えば、
「ぎふっ。ぎふ、ぎふっ!(東濃は岐阜市に行くより名古屋に行く方が楽で便利やしな。テレビにしろ電力にしろJRにしろ、岐阜と愛知はどうくくっても離れれん関係やに!)」
何故か自慢げに言う恵那に、愛知が軽くでこぴんした。
「これ以上修羅場もどきな展開したら、ご近所さんからひそひそされて、本気で引っ越し考慮せなかんがね」
「ぎふー(だったら名駅のそばに家買ったらええ!そしたらもっと来易くなる)」
言い募るその額にもうひとつでこぴんの追い討ちをかける。

「で、なんで三重はこっちまで来たん」
「なんかこの流れで言うのすっごい癪や」
彼らの関係に色恋が絡んでるわけではないのは分かっている。年の近い兄弟や親戚同士のような関係であって、いちゃいちゃしているわけではないのも分かっているけど、なんとなくいい気分はしない。
「なんなん……まあ言いたくないなら言わんでええけど」
「言う!言いに来たの!」
「何を?」
「……しょっちゅう『お金だけの関係』とか言うてたこと、謝ろうと思って」
ぼそっと呟くような吐露に、やや困り顔だった愛知の眉根がさらに寄った。
「は?」
それを責められてるととった三重は少し涙ぐみそうになるのをこらえて言い募る。
「ごめんなさい!これから『親しき中にも礼儀あり』というのを心に銘じます!」
勢いのまま深々と頭を下げる。すると視界には入らないが、愛知がわたわたしているのが感じ取れた。
ゆっくりと顔を挙げれば、想像通り狼狽えた表情が見えて心の中で少し笑ってしまった。しかし彼が無言のままなのが不安でもあった。
「なんか、反応とか無いん?」
「えーっと……うちは関西人じゃないし、ボケられてもどう対処したらいいか分からなかっただけで、なんも怒っとりゃーせんよ」
「ほんとに?」
「ほんとに。あ、実はボケじゃなくて嫌味だったんなら、ちょっとは怒る」
怒る、と言いながら愛知の顔は笑んでいて、つられて三重も笑った。

「ぎふー(修羅場終わった?)」
「なんとかなー」
「ただの私の勘違いやに。岐阜にも変な誤解して、堪忍な」
「ぎふぎふ(ええて、ええて)」
仲良くにこにこする女子二人をよそに、皿を片づけていた愛知は時計を睨んでむうと唸った。
「どうしたん、愛知」
「結構ええ時間だら。二人ともどうする?泊まるなら客用布団ださなかんかな」
恋仲ではあるが深い仲にまでなっていない彼の唐突な提案に、三重は顔を真っ赤にした。
「ととと、泊まるて、ええ、わ、私はほら、車あるし」
「ん?そっか。恵那は?」
「ぎふー(愛知がいいなら泊まるー)」
「え゛」
思わず低い声が出た三重に気づかず、二人は暢気に話を進める。
「ぎふー(そんで明日海みてから帰る)」
「なら布団だしてくるわ」
「ぎふぎふ(面倒やらぁ、このソファでええて)」
「一応お客だもんでそんなんさせられんわ。よかったら一緒に寝よまい」
「え゛」
再び低い声が漏れ、三重はひとつ深呼吸をする。そしてつとめて平静に、二人に問うた。
「二人は、よく一緒に泊まるん?」
「二人はていうか、岐阜たちと一緒にな。むこうがこっちに泊りがけで来ることもあるし、うちが向こうの温泉に泊まったりするし」
「ぎふぎふ、ぎふ!(愛知はもう風呂で酒飲んだらあかんよ、引き上げるの大変だった!)」
「あれは高山が悪い」
「ぎふ(責任転嫁)」
「むむ」
「一緒に温泉……」
ふいに三重は立ち上がって愛知の傍まで寄り、おもむろにその背中を思い切り叩いた。
「痛った!」
愛知は抗議しようとしたが、ばしんばしんと繰り返されるそれから伝わる痛みに口を噤んだ。
「私と、いうものが、ありながら、こそこそと、なに、しとるん!」
「いやいや、別にこそこそとなんて、痛った!何をそんなに怒って、痛ったぁ!」
「そんな、ことも、わからんの!」
「えええ……」
三重は語気を強めながらさらに叩き続け、愛知が何が悪いのかも分からず目を白黒させ、岐阜はそんな二人をよそに寝る支度を始めていた。






岐阜(恵那)が三重ちゃん煽ってるように見えますが、完全に無自覚でやってます。語彙だけはあるけど精神年齢は8〜9歳児くらいのイメージ。
冒頭のお金だけの云々ってやつは、実は前から「ひでーこと言うなこの子……」と思っていた部分だったりします。