17:生贄
封神 イロモノ





太乙がぶっ倒れた。 そんなに珍しいことではないがさすがに放っておけば、元は人間なのだから仙人と言えども死んでしまう。
元来弟子がいなければ人の出入りというものの少ない洞府で、衰弱している太乙を最初に発見したのは、よくつるんでる道徳だった。
「太乙ー!まだ生きてるかー?」
発見から数時間後、道徳が看病に来た。
「生きてますよ、お陰様で」
太乙の寝床から弱々しい声が聞こえた。
「いろいろ薬持ってきたぞ!栄養失調に加えてなんか併発してたみたいだからなっ!」
「ありがとう…げほっ…薬なら薬棚にあったのに」
「あのちらかった宝貝の山から、勝手のわからないオレに探し出せると思うか?」
「確かに。それにしても、ほんとにたくさん持ってきたね…。 あれ?この薬、初めて見る包装だね。雲中子のじゃないの?」
「ああ。これはオレの。オレ元々薬学専攻だし」
「……え?なんて?」
「だから、オレは昔薬学専攻だったって」
「ええええ!?」
乾元山に太乙の叫びが木霊した。

「太乙は知らなかったのかい?」
「あ、雲中子、おはよう。知ってたの?」
「私も似たような系統の学問だからね」
「なるほど」
「道徳が仙人になった頃、そういう縁で会ったことがあったんだよ。まさか後々こんなスポーツ馬鹿になるなんて思いもしなかったがねぇ」
「なんでまたそんな事に…」
「なんでだったっけ…?」
「『皆が健康でいられる方法を探すんだ!』って意気込んでなかったかい?あのころは君も若かったねぇ」
「そうそう!でもオレは細かい作業は苦手だし、数学も得意じゃないから、薬草を集めて練るとこから始めて」
「稀少な薬草を探してあちこちの山を走っているうちに『スポーツこそが最大の健康法だ!!』なんて言い出して。宝貝使えば一発なのに、今思えば昔から馬鹿だった」
「あ、なんかすごく想像つく気がする。それで心機一転スポーツ馬鹿に、と。…極端だね」
「二人して馬鹿馬鹿言うなぁ!」
抗議する道徳を無視して雲中子は続ける。
「でも、別に仙人が専攻を鞍替えするのは珍しいことじゃないだろう?私だって格闘が出来ない訳では、決してないし」
「へぇ!雲中子も鞍替え組?」
もともと宝貝作り専門で、機械工学一直線なのが身を助け十二仙までのぼりつめた太乙には、いささか信じられないことだった。
「私は将来持つかもしれない弟子を学者にする気はないよ。師匠が何も出来ないんじゃ話にならないじゃないか」
「ふぅん」
「それになにより、丈夫な子に育てたら実験台にできる」
「…は?」
「体が弱いと、もし実験に失敗したら今の太乙みたいに面倒なことになるだろ?」
いや、そうだけど。誰しも面倒は嫌うだろうけど、何かが違う。
厳密にいうと、弟子は実験台にするために持つものじゃない。
「そう思うとうかうかしていられないねぇ。少し人間界に行ってくるよ」
そう言うと、やや慌ただしげに雲中子は出ていった。

残った2人は、ぼけっと見送り、
「止めた方がいいかな…?」
「無理だと思うぞ」
「だよね…。世の中いろんな人がいるね」
「そうだな」
「だから面白いんだけどね」
「そうだな…」
そう言って、洞府の門の先の雲の奥の、数多の人を想う。






道徳薬学部説も雲中子ファイター説も小説版の方からの派生です。多分。
変人だらけの十二仙は「教授にマトモな人はいない」の縮図に見える。
あ、「生贄」は実験台のことです。言わなきゃわからない。