28:神
ヘタリア 日本他





日本は一つの布袋を見つめていた。
その袋には河童の絵が描かれている。
幻の秘薬『河童の妙薬』が入っていた。


イギリスが親睦を深めるために日本の家に泊まったとき、「先に風呂に入ってた奴が薬くれたんだけど」と袋を持ってきたのが1ヶ月前。
イギリスがそれを日本に渡そうとして日本が「薄気味悪いから」と口には出さず断り、しかしイギリスが帰ったあとに「やはり日本の家で渡されたものだから」と日本の家まで袋を送ってきたのがその1週間後。
「あいつは昔から何もないところに話しかける癖があるんだ。俺も気味悪いからやめろって何度も言っているんだけどね! あのモードに入ったイギリスには近づかないほうがいいよ」
イギリスと旧知の仲であるアメリカに彼のことを訊いてそんな言葉を貰ったのが10日前。
「イタリアが訓練中に少し大怪我をしてしまってな。きちんとした治療をしばらく続けていれば治るものなんだがイタリアが痛い痛いと喚いて困ってるんだ。すまないが日本、知恵を貸してくれないか。怪我に効く特効薬があれば一番早い…いや、無理を言っているのは分かっているんだが…」
ドイツからそんな電話があったのが一昨日。
人体実験をしているようで申し訳ないと心で詫びながら、イタリアの怪我に例の薬を塗ったのが昨日。
翌朝イタリアの怪我は見事に治り、「その薬について調べさせてくれ」というドイツの申し出をやんわり断って家に帰り、今に至る。


机に肘掛けて、依然袋を見つめたまま日本は呟く。
「河童なんて昔信じられてた架空の存在だと思っていたんですけど」
しかし人知を超えた能力があることをこの目で確かめた薬が今ここにある。
「天狗だって昔みんなが見たって言ってたのを聞いただけで…」
妖怪の噂が頻繁にあった昔のことを思い返して、一瞬妙な考えが浮かんだ。
<本当に「聞いただけ」だっただろうか?>
「聞いただけ、そう、聞いただけです。私は会っていな……」
言いながら日本はさらに昔のことまで遡って思い出そうとしていた。
近代化が始まって急速に風化してしまった穏やかな過去の思い出。
記憶の断片には、弟のように可愛がってくれていた中国だけのものではない、日本を見守る沢山の気配があった。
「いや、あれは国民の皆さんで……」
続いて脳裏をよぎる異形の姿。
擦れた記憶ではそれ以上思い出せないが、絵巻物ではない動いた姿を見ていたように思う。
「私は、彼らに、妖怪に、会ったことが、ある…?」
そしてまた思い出す。
日本は、八百万の神の国であること。そして同じだけかそれ以上の数の物の怪が棲む国であること。
「もしかして、『いない』ではなく『見えなくなってしまった』?」
そこまで言ったとき、日本以外の誰もいないはずの部屋で鈴の音が響いた。
その音をした方を見遣ると、昔の子供がよく遊んでいたような鴇色の鞠が転がっていた。
もちろん白い軍服に身を包み軍刀を携えるようになった日本はそんな玩具を出していない。
「ああ、ずっと貴方たちはここにいたんですね」
日本は微笑む。鞠のある方の空間に向かって。
「また貴方たちに会いたいです。また会って話ができる日がきたらそのときはよろしくおねがいしますね」
ほんの一瞬だけ、小さい女の子がこちらを見て微笑んだのが見えた気がした。






本家「イギリスと日本の妖怪文化」のその後みたいな。
河童たちがただ去ってしまうのは寂しいので、日本に存在に気づいてほしかったのです。