BW インノボ(?)
※ エメクダ前提





「どうなさいましたか、インゴさま」
何かを遠目にじっと見つめているインゴに、ノボリは声をかけた。視線の先には、つい先日恋人同士になった二人の弟たちが仲良くじゃれあっていた。
インゴの眼差しは二人を射殺さんばかりに鋭いが、それが彼の素の状態だということをノボリは知っている。
「どう、とは?」
「クダリとエメットさまのことを、ずっと注視なさってたではないですか」
「ああ、あの『女喰いのエメット』が随分と丸くなったなと思いまして」
「……それはエメットさまの異名、でしょうか?」
「ええ。10歳くらいの頃からガールフレンドを作りまくり、ミドルティーンの頃には多種多様な女性と性的な意味で喰っちゃ寝していたのでついた渾名です」
「それって食うも寝るも同じ意味ではないですか……いや、そうではなくて、あの……」
暫しノボリは言いよどむ。インゴがさらっと口にした情報は不安因子でしかないように思えた。
「なんでしょうか、ノボリさま」
「ええっと、そんな彼にクダリを任せてもよいのでしょうか。遊ばれてはいませんか」
「まあ、大丈夫でしょう」
「そんな適当な!」
「エメットが恋愛ごとにあれほどまでに真剣になって、一喜一憂しているのは初めてなので」
頭に疑問符を浮かべているノボリを余所に、インゴは弟たちから視線を逸らし煙草に火をつけ、それから続けた。
「クダリには内緒だよ!と奴が言っていたので、ノボリさまにはお教えしましょう」
「いいのですか」
「いずれ露見することです」

「――ワタクシたちには心から友達と思える相手が居ませんでした。ワタクシには一人もおらず、エメットには上辺だけの付き合いが沢山、という違いはありましたが。それは女性関係も同じで、あいつにとって恋愛とはゲーム感覚でかけひきを楽しむもの。あとは気持ちよければいいとか、そういうものだそうで。ワタクシはそういった腹芸をすることもする気もないので理解できない心理ですが。とにかく、心を許せる相手はお互いだけ居ればそれでいい、という生き方を我々はしてきました」
「……」
「そんなエメットが、クダリさまのことを『出会えたのが奇跡な、世界でたったひとりの大切な人』と言っていたのですよ。だから下手なことをして失いたくない、せめて友達としてそばにいたい、とかそんなヘタレ心を出したせいで先日までぐだぐだと悩んでいたのです。それが結局上手くまとまったなら、今後エメットから心変わりすることはないと思います」
インゴは深く煙草を吸い、長く細く煙を吐いた。表情は相変わらず厳しい。そこに何らかの感情が融けだしているように、ノボリには思えた。
「……インゴさまは、寂しいのですか?」
煙草を持つ手が一瞬止まり、ゆっくりと降りた。
「寂しい、ですか。久しく忘れていた感情です。確かにワタクシは寂しいのかもしれません。『お互いが唯一』の枠からエメットが飛び出してしまったから。我々が兄弟であり片割れであるのは変わっていないのに、不思議なものです」
あまり変わらない彼の表情に哀しさが少しだけ滲んだのを、ノボリはたしかに見出した。そして、今すぐそれをどうにかしなければいけない衝動に駆られた。何故そう思ったのか自分でも理解できないうちに、言葉が口から飛び出していた。
「だったら、わたくしと友達になりませんか?」
「友達、ですか?ワタクシと」
「今までインゴ様の視界にエメット様しかいなかったから寂しいのでしょう?わたくしたちはまだただの同業者ですけど、興味のある対象が同じなのですから仲良くなれると思うのです。どうでしょうか……?」
インゴの目がくるりと丸くなり、険しかった顔が一瞬あどけなくなる。そしてふっと表情が緩んだ。それは微笑と呼ぶにはあまりにも些細な変化だったが、確かに笑みだった。その端正な顔を目の当たりにして、彼はあのエメットと双子なのだ、とノボリは不意に理解した。
「こんなつまらない男を友人にしようと考えるなんて、随分と風変りな方だ。ですが、その申し出はとても嬉しく思います。――友達なのですから、呼び捨ててもよろしいでしょうか?」
「え、ええ」
「ではこれから宜しくお願いいたします、ノボリ」
差し出される手に手を伸ばし、握手する。その掌の温かさに、初めて見る笑顔に、ノボリの頬に熱が集まった。唐突に訪れた身体の異変に狼狽えながら、つかえつつも話を続ける。

弟たちの関係性につられるように兄同士も近いうちに恋に落ちることになるとは、彼らには知る由もなかった。






14/10/31まで拍手お礼にしていたものです。
我が家のインゴさんは目つきの悪い元不良で人間嫌い、というのを出したかったのにエメットくん語りにかき消された感。
実は『恋をしましょう』と同じネタを、切り口変えただけの話。