BW エメクダ

『臆病な二人』の後日譚





二人きりで飲むのは何度となくしてきたけど、クダリがここまで酔っているのをエメットは初めて見た。
というのも、夕方あたりからクダリはずっとイライラピリピリしていて、その勢いのまま家に着きハイペースで酒を呷っていたからだ。ヤケ酒にしか見えないその飲み方にエメットは一歩引いてしまっていて、それが二人の間の酔いの差をさらに広げていた。
ただ、ヤケ酒だったようなのにも関わらず、酔ったクダリは常通り上機嫌なのは二人にとって幸いだった。泣き上戸になったりくだをまかれたりしたらエメットにばかり負担がかかる。
となれば、夕方のイライラの理由を訊くなら今だと思った。クダリがあれほどまで機嫌を損ねた原因に単純に興味があったし、吐き出したいのであれば吐き出させて楽になってもらいたかった。

「ねえクダリ」
「んー、なぁにー?」
「なんか今日ぴりぴりしてたよね。何かあったの」
「えー、今聞いちゃうのー?」
声を間延びさせながらもクダリは眉をひそめる。
「言いたくないなら別にいいんだけどさ、気になっちゃって」
「聞いたら多分気分悪くなるかもだけど、いい?」
「クダリがそれで楽になるならね」
「へへへ、エメットは優しいねぇ」
「そ、そんなことないよ」
「みーんなエメットみたいに優しくて紳士的だったらいいのに」
「ん?誰かになんかされたの?」
「今日ね、生まれて初めてチカンされた」
とっさに結びつかない単語が出てきて、アルコールでいささか鈍ったエメットの思考回路は全速力で回転し始めた。
チカン、ちかん、置換、遅乾、痴漢。
痴漢、された。
「はぁ!!!?」
「ね、びっくりするでしょ」
「え、ちょ、なんで、だれ」
「ははは、エメット狼狽えすぎ!えっとね、チカンしてきたのは、まあどこにでもいそうなおじさん。僕が迷子の相手してて軽くかがんでたところをね、お尻をこう、ねっとり撫でまわすように触られてね、僕がびっくりして固まったのを、通り過ぎざまに見てきて、またその顔が気持ち悪いニヤァってした顔で!!」
喋ってるうちに思い出しムカつきを誘発したのか、クダリが持っていたグラスをダンと机に叩きつける。一方でエメットも怒りで目の前が真っ赤になった。
(すぐ近くにいたはずのボクが、大切な人を他の男に嬲られるのを守れなかった……!)
それは見知らぬ男に対する怒りであり、それを未然に防ぐことのできなかった己への自責でもあった。
「はは、エメットすごい顔!やっぱ男が男の尻さわるなんて変な話だよねぇ」
「や、そういうことじゃなくて」
「だいたいさー、僕の尻なんて硬くて骨ばってて何の面白味もないのになんであんな『してやったり』みたいな顔されたのかも意味わかんない!さわってみる?ほんと硬いよ?」
クダリがエメットの手をそこに誘導しようとしてるのに気付き、エメットはとっさに手をひっこめる。その様を見てクダリはくふふと笑った。
「そんな嫌がんなくてもいいじゃーん、僕と君の仲でしょーぉ」
「い、嫌って訳じゃなくて……」
下手に触ったら理性がぶっとびそう、なんて本音は当然言えずわたわたしていると、そんなエメットのことなどお構いなしにクダリはすぐ隣にまで移動し、ぴったりと身体を寄せてきた。

「僕ねぇ、エメットにだったら何されてもいいんだよ」

不意に飛び出した爆弾発言にエメットは絶句する。
「ど……う、いう、意味」
「へへへー、どういう意味でしょー」
いたずらっぽくもありながらどこか扇情的なクダリの笑顔に、エメットの理性がぐらぐらと揺れる。願望が疑惑へ、さらに期待へ膨らんでいくのを止められなかった。
「そ、それって、さ、もしかして――」
「あれ、もうつまみ無いじゃん!」
核心を突こうとした言葉はあまりにも空気を読まない言葉に遮られ、エメットは深く溜息をついた。
そして立ち上がりかけたクダリを引き寄せ、座らせる。
「なに?」
「なに、じゃないでしょ」
「エメットもまだ飲むでしょ?追加つくらないと」
「そうだけどさ、クダリ今包丁もったら絶対怪我するからね。ボクがつくるから、クダリは座って待ってて」
「じゃ、任せたぁ」

クダリの全開の笑顔に見送られキッチンに立ったエメットは、また深く深く溜息をついた。
酔っ払いに刃物を持たせたくなかったというのは確かにそうなのだけれども、一番の理由としては期待と本能で茹った頭を冷やしたいからだった。
(今のは本気で危なかった……!!流れのまま抱いちゃいそうだった!)
二人きりでの飲みを提案した当初は身体の交わりさえ出来ればいいと思っていたけれど、今は違う。唯一無二の親友という関係が出来てしまった以上軽率な行動はできない。
(でも……今の音声録音できなかったのは惜しかったなぁ。「エメットにだったら何されてもいい」って言葉だけで何十回だって抜ける。テープレコーダーだったら擦り切れるまで聴く)
今じゃ滅多に見かけないローテクを引き合いに出すほどエメットは悔やんでいた。
そして、心を落ち着けるために深呼吸し、目の前のものを見、落胆に頽れた。
(つまみってどうやってつくるの)
料理を作る習慣のなかったエメットには、野菜を切るぐらいしかできない。ここはクダリの家なのだから、勝手に野菜スティックを作っていいのかも分からなかった。
「クダリ、これ使っていい――あれ?」
居間を覗き込めば、さっきまでエメットが座っていた場所で寝息を立てているクダリの姿があった。逆に言えば、そこまで酔っていることに気づかないほど、さっきまでのエメットは混乱していた。
手にしていた包丁と野菜は元の場所に戻して、クダリを軽くゆすってみたが、すっかり寝入ってしまったクダリは起きる気配がなかった。
「クダリぃ、ここで寝たら風邪ひくよー……勝手に寝室入っていいか分かんないし、とりあえずソファに寝かせておいた方がいいのかな?」
ひとまず床に寝ているクダリをソファに移して、都合よくそこにかかっていたブランケットをクダリにかけた。
その寝顔はずいぶんと安らかで、いい夢でも見ているのか口許は緩く弧を描いている。ほんのつい数分前にエメットに向かってとんでもない爆弾を投下したとは思えないその笑みが、今は少しだけ憎たらしい。その頬をむにむにとつついてみたが、くすぐったいのかより一層笑みが深くなって、つられてエメットも笑ってしまった。
「もー、ボクばっかり期待したり狼狽えたりしてばかみたいじゃん」
酔った時の姿こそ本性、なんて極論を掲げるつもりはないが、隠していた本音が出やすくなるのは本当だとエメットは思っている。ならばさっきの発言も、きっとクダリが照れて隠していた本音だろう。
そこにはもしかしたら性的な意味は含まないかもしれないけれど、クダリからの想いを期待するに足る証言だと思った。
「『何されてもいい』なら、これくらいは許してね」
半分以上は自分への言い訳として呟いて、エメットは眠っているクダリにそっとキスをする。
おとぎ話のように姫が眠りから目覚めるなんてこともないし、アルコールの味のする浪漫のかけらもない小さなキスだったけど、今のエメットにはそれだけで十分だった。






15/10/31まで拍手お礼にしてたものです。
平行線両片思いもいいけど、その平行線が崩れた瞬間を想像するのも好き。