ヘタリア+刀剣乱舞 プロイセン+岩融

※プロイセンが祖国審神者本丸に遊びに来たよ って設定




すべらかな翡翠の玉が転がり落ちるような高い笛の音が、長く響いて本丸の屋根の上でのびやかに夜の空に溶ける。
音が溶けきったころに、後ろでゆっくり鳴らす拍手が聞こえ奏者は振り返った。昼間本丸でも会った、ここで一等大柄な男が笑みに目を細めて手を打っている。途中で聴衆の存在に気付いていた奏者は、ケセセと独特な声で笑いながら喋った。
「どうだよ、俺様の腕前は」
「いやはや、実に見事であった。いつもと違う笛の音だと思って来てみれば、奏者はご友人殿だったとはな」
ご友人殿と呼ばれた男――ギルベルトは片眉を上げ意外そうな顔をする。彼の友人たる本田菊の直近の部下である刀剣男士たちに、音楽に通ずるものがいるをは聞いていなかったからだ。もとは武器でありその精霊(菊は付喪神だと言っていたが西洋的な認識では精霊でいいだろう)である彼らに、自らの武器以外の道具に通じるものがいるという発想がなかったからでもある。
「へえ、ここにも笛をやるやつがいんのか」
「貴殿の使うものとは違う笛だがな。今剣という、貴殿と同じ銀髪に赤い瞳をもつ少年がいただろう」
「高下駄と白い着物着てたあいつか」
「左様。俺はあの子とは前の主のころからの旧知なのだがな、前の主が竜笛の名手だったせいか、今剣自身も誰に習ったでもなく竜笛を見事に使いこなしておる。そして貴殿の立つちょうどその場所でよく笛を吹いておるのだ」
「ケセセセ、やっぱ見晴らしのいいとこで近所迷惑も気にせず思いっきり鳴らす笛は気持ちいいもんだからな!」
「ははははは!俺は多少の琵琶くらいしかやらんが、今剣や貴殿の表情をみると実に楽しそうでこちらも楽しくなる。――しかし、貴殿が笛をたしなむとは少々以外だったな」
「よく言われる。俺様のフルート聴いたやつはソレ言わないといけないミッションでもあんのか?」
心外と言わんばかりに赤い瞳を眇めたギルベルトの表情が実に雄弁で、岩融は盛大に笑った。

この本丸の笛の名手よりも更に上手いぞと言わんばかりに、高速でかき鳴らすようなハイテンポの曲を吹いたギルベルトは、足りなかった息を得るように大きく息を吸って吐いた。その間にまたぱちぱちとゆっくりとした拍手が響く。
「ふへへ、どうよ」
「いやはや、実に素晴らしい。斯様に拍子の早い曲はこちらではなかなか聴くことがないから新鮮であったぞ」
「んー…ほめてほしかったとこと微妙にズレてんな」
「それに先ほどはよく見えてなかったが、笛を吹いておるときの姿勢がぴんとしていて見ていて気持ちがよい」
「そりゃあ現役退いたつっても体作ってっからな!って、そこでもねえよ。ま、いいけど」
少しだけ眉を落とした顔でそう言ったギルベルトは、フルートを下し岩融のすぐ隣に座った。

「なあ、ご友人殿」
「ん?」
「貴殿は、主達と違い依り代となるものを既に持たぬと伺った」
「ん?ああ。おかげさまで暇持て余してこんなとこに遊びにくるくらいには隠居生活してるぜ」
「貴殿自身を構成するものが存在しないことについて、どう思っておるのかお聞かせ願いたい」
「うぇ、いきなり繊細なトコぶっこんでくるなお前……まあいいけどよ。――んー、いや、俺様自身、土地も国民もぜーんぶ弟に譲って地図上からも消えて、もう200年ちょっとか。なんでまだ生きてんだ?って思わないでもねーけど。でも俺様を必要としてるやつがいるからじゃねえの?多分」
岩融は、ほう、と言いながら片眉を上げる。
「必要とされるから存在がある、と?」
「多分お前らも同じじゃねえ?人に大事にされたから魂が宿って今ひとの形もってんだろ? 俺が見送ってきたやつらが必要とされてなかったって言いたい訳じゃねえけどよ、俺様の誇るべき偉大な弟が俺様の支えを必要としてるから、こうあって形保ってまだ生きてられんじゃねえかなって思ってるぜ。それが世界の選択っていうか総意っていうか」
「自分がそう望んで存在しているのではなく、そうあれと願われて生かされていると。ふむ、ふふ、はははは、なるほどな!」
「え、ってか何で?いきなりそんな話しだしたんだよ?」
困惑の表情を全面に押し出したような顔を向けられて、岩融はくつくつと笑う。
「さきほど話した今剣という短刀がいるだろう。あの子も存在する基盤が存在しないのだ」
「はッ!?え、お前たちカタナの精霊なんだろ。それが存在しないって、紛失とか焼失したってことじゃあなくてか」
「ああ。今剣という短刀は、義経公を語り伝える物語にのみ存在する刀。そして刀剣男士としての今剣はそのことを知らんのだ」
「へえ、そういうことってあるのか……。ああ、もしかしてそいつが本当のことを知ったとき、その存在がどうなるか心配してやってたのか」
「ははは、貴殿は案外察しが良い」
「案外、は余計だっつの」
憮然として言うギルベルトに岩融はひとつ笑い、続ける。
「極め、もしくは修行という制度を知っておるか?刀剣男士が一人で元の主の元へ行き、修行して強くなって帰ってくるというものだ。次に修行に行くのは今剣なのだが、あの子が自分の目でその存在の否定を見て大丈夫なのか、ずっと気にしておったのだ」
ふっと息を漏らすように笑む岩融の顔が、昼間見た姿からは想像もつかない柔らかさでギルベルトは赤い目をくるりと丸くする。その覚えのある柔らかさににわかに親近感を覚えてケセセと笑った。
「お前も意外と苦労してんのな」
「ははは、意外か!」
「――俺の仮説が正しければ、菊がお前たちを必要としないことなんてぜってーねえんだから、存在が今更どうにかなることはねーんじゃねえの」
今剣もお前も、続く言葉は胸の中にしまった。架空の存在である今剣と『旧知』であるということは、そういうことだろうというのは文脈から察していた。だが、彼自身が直接口にしていないということは触れられたくないのだろうと(ギルベルトにしては珍しく)気を使ったのだ。
「そうだなァ……なら、安心して見送るとするか」
懐かしげに月を見上げる岩融の視線につられてギルベルトも夜空を見上げる。その表情から、架空の存在である二振りが出会った日はこんな夜だったのではないかとなんとなく思った。
煌々と照る月の色が愛すべき弟の髪色のように見えて、唐突に家に帰りたくなったが、首をぶんぶんと振ってそれを振り切る。今回の訪問は菊の見舞いもかねて、この内戦の状況を確認するように弟に頼まれたものでもあるからだ。きちんと情報を集め終えるまでは帰れない。
頬をぱんと両手で打ち鳴らして、ギルベルトはすっくと立ちあがる。
「うっし、俺様プライベートコンサートin本丸、ラストナンバーだ!心して聞け!」
期待を込めた革手袋ごしの拍手が隣から聞こえるのにやや気分をよくして、フルートを構える。

しんみりした雰囲気を打破したくて選んだ曲が『俺様の俺様による俺様のための歌・フルートアレンジ』というめちゃくちゃなものだったが、たったひとりの聴衆がたいそう楽しそうに豪快に笑っていたから、このコンサートは大盛況の末幕を閉じたと言えるだろう。




非実在刀剣と亡国に会話をさせたかった。
あと単純に一番推しな男士と二番目推しの領主様という俺得空間。

完全に蛇足な続き→『俺コン翌朝』