ヘタリア 普独

※ サンホラの『エルの絵本【魔女とラフレンツェ】』パロ
※ 最終的にはハッピーエンドになる予定です
※ ふんわり中世ヨーロッパ系ファンタジー(時代考証などない)
※ 趣味でサンホラ他アルバムのネタを盛り込んでおります




鬱蒼とした森の暗緑の樹々の合間を縫って、すっかり憔悴した一人の若者が森の奥に向かって歩いていた。

森に入っていった友人を追ってきたはいいが、友の足取りもこれまで来た道も見失ってしまった。
高かった日はずいぶんと傾いてしまって、かろうじて見えていた獣道すら見えなくなってきた。空は狭く、方角を図るにも難しい。
見知らぬ森の中で野宿は危険すぎる、と思いながらなんとか活路を見出そうとしていると、ふと遠くから高く澄んだ笛の音がかすかに聞こえた。
「こんな森に人が……?それとも疲労からの幻聴か。ああ、なんでもいい、僅かな手がかりにでもなれば……」
疲労で動かなくなってきた足を無理やり動かして笛の音に誘われるようにそちらに向かえば、次いでさらさらと水音が聞こえ、少しだけ開けた空間に川が流れているのが見えた。そしてその水辺の岩に腰かけた人影がひとつ。
銀の髪に緋色の瞳、雪のように白い肌の彼こそが笛の音の主のようだ。
すっと背筋を伸ばして銀のフルートを優雅に歌わせているその精悍な青年がそこにいた。
疲れすらすっかり忘れて彼に見惚れていると、遠慮のない視線に気づいたのかその緋色の瞳が若者の方を向いた。
「今日はずいぶん客人が多いな。お前、行商の遣いか?」
先ほどの幻想的な姿からは想像もつかない掠れた声でそう話しかけられ、若者――ルートヴィッヒは思わずずっこけそうになった。
「俺は行商の者ではない。友人を探しに森に入ったら迷ってしまって……。栗色の髪の眠そうな目をした男なんだが、見かけなかっただろうか」
「ん?もしかしてそれ、くるんってした髪が1本伸びてるカワイイ子か?」
「……!そうだ、彼を探していた」
「ああ、タイミング悪ィな。昼前くらいにここにたどり着いて、道案内を行商に頼んで森の外に連れてってもらった。行き違ったみてえだな」
「そ、そうか。あいつが無事ならそれでいい。――俺も帰り道が分からなくなったんだ、案内してもらえないだろうか」
そう言うと、銀髪の青年はやや気まずそうに眉を顰めがりがりと頭をかいた。
「そうしてやりてえのは山々だけどよ、俺あんまここから離れれねえんだ。だから迷い込んできた奴みつけたら定期的に通りがかる行商に引き渡すんだけど、ちょうど今日の昼来て、次来るの10日後なんだよ」
「10日!?」
そして銀髪の彼は少しだけ思案して、さらっと当然のことのように提案した。
「それまで俺んち泊ってくか?」
「え……その、ありがたい申し出だが、本当にいいのか?10日もだぞ?」
「いいぜ?そーゆーのも俺の仕事のうちみたいなもんだしな」
「そうか、ではお言葉に甘えるとする。俺はルートヴィッヒだ。10日間、よろしく頼む」
「俺はギルベルト。ここらの番人みたいなことしてる」
そう名乗りあって歩み寄り、二人は握手をした。
触れ合い、赤と青の視線が交じり合った瞬間、二人の間に言葉にできない予感がざわっと走った。

その晩、予備の寝床に横になりながらルートヴィッヒは世間話程度に白状した。
「初めてあなたを見たとき、街で噂になっている魔女かと思ってしまった。すぐにそうでないとはわかったんだが」
「魔女ォ!?」
「この森には血の色をした瞳に白い髪をなびかせ、亡者を従えた魔女がうろついている、と。一度見つかったら魅入られて帰れなくなる、と。そう噂になっていた」
ギルベルトは目を眇め、低く唸ってから、ひとつため息をついた。
「マジかよ……。あー、俺様がもう少しガキだった頃に髪伸ばしてた頃あったから、それ見たやつが適当なこと言ったんだな」
「そういうことにしておいて、迷いやすい森によそ者や子供を立ち入らせたくなかったんだろう」
「ったく、森の平和を守る俺様がよりによって魔女かよ!」
「だから、ギルベルトが恐ろしい魔女じゃなくて、よかったと、安心した。あなたなら、俺は――」
疲れでとろとろとしたルートヴィッヒの言葉はそこで途切れ、穏やかな顔で眠りについた。足場の不安定な森を半日も歩き回れば無理もないことだった。
「魅入る、か。そんな力があれば良かったなんて、今日初めて思ったぜ」
そう小さくつぶやいてギルベルトはルートヴィッヒのさらさらとした金の髪をそっと撫で、彼を起こさないようにそっと家を出た。



獣すらほとんど見かけないような鬱蒼としたこの森の奥に建つこの家は、案外住み心地は悪くなかった。
日はあまり差さないが家から少し歩いたところに綺麗な湖があって、開けているために光は入るし汚れればそこで身を清めることができる。
食料は10日に1回通るという行商から譲り受けているため(番人をしている報酬だそうだ)保存食が多いが十分にある。
ギルベルトは書物でしか外の世界を知らないというから、ルートヴィッヒは今まで旅してきた場所や体験したことの話をした。長い間棘の生垣に覆われていたという薔薇の城、神話の中でのみと思われていた戦争の遺跡、神の手を持つ者と呼ばれた彫像家の稀代の傑作、他にも色々とあったそれらすべてにギルベルトは興味津々で、請われるままに喋るのはとても楽しかった。
その話の中で、ルートヴィッヒの生業が吟遊詩人だということを明かすと、ギルベルトは今までで一番きらきらと目を輝かせて食いついた。
「お前、楽器できるのかよ!なあ一緒に演奏しようぜ、な!」
「いやいや、以前あなたのフルートを聴いたがとてもそれに及ぶような腕前ではないぞ」
「ハァ?それで飯食ってんだからヘタなわけねえだろ!一緒にしようぜ、楽器持ってんだろ?」
「……わかった、ついていこう」

二人が初めて会ったあの川べりはギルベルトのいっとうお気に入りの場所だということで、そこで2人は演奏することになった。
彼の気に入りだという曲は50年以上前に流行ったものだったが、運よくルートヴィッヒのレパートリーに入っていたためそれにした。
簡単に打ち合わせをしたあと、楽器に唇をつけて目くばせでタイミングを合わせ、同時に息を吹き込む。
フルートの音が滑るようにのびやかに響き、それにそっと寄り添うようにハーモニカの伴奏がやわらかに重なる。初めて合わせたとは思えないほどのぴたりと息の合ったデュオは、鬱蒼とした森のなかで木漏れ日のように穏やかにあたたかく空気を満たした。
樹々の間をさわやかにすり抜けた音色は森に住む鳥を呼び寄せ、そしてさえずりを魅惑的な音色でもって黙らせた。ゲリラ的なそのコンサートは、人間の聴衆さえいなくとも、昼間の森に住まうさまざまな生き物を魅了し聞き入らせた。
美しくどこか懐かしくささやかな寂寥を含ませた最後の一音が空に響き、融けるように消えて終わる。
長くもないたった1曲を合わせただけでルートヴィッヒはこの上なく満ち足りた気持ちになった。だが、ギルベルトはどうだっただろうかとハーモニカからそっと口を放しながら横目で見れば、同じように満ち足りたように笑んでいてほっとする。直後、彼が「あー……」とぼうっとした声を上げながらその緋色の瞳からぽろりと涙をこぼしたのを見、ひどくうろたえた。
「ギルベルト、ど、どうした!?」
「え、あ……?――ああ、これか。ちょっと死んだ親父のこと思い出してた。悲しいとかじゃなくてさ、昔、ここで同じように一緒にフルート吹いてたからよ」
「その『親父』殿もフルートを?」
「おう。俺のこれも、親父から教わったやつだからな」
彼が提示してきた曲が随分古かったのはそのためかと納得し、ルートヴィッヒはふっと笑う。
「なら、その親父殿も大層上手かったんだろうな。彼のおかげであなたの素晴らしい笛を聴けたのだから、感謝しなければ」
そう率直に伝えれば、ギルベルトは一瞬面食らったような顔をして、照れくさそうにくしゃっと笑った。
その流れでふと、ルートヴィッヒも離れ離れになった友のことを思い出した。そもそもルートヴィッヒがここに来たきっかけが彼だったのだが、結果的に街に置き去りにする形になってからもう5日も経過しているのを、本当にたった今思い出したのだった。
「……早く帰らなければな」
「え?」
「俺がここに来た時、友人を探していたと言っただろう?俺と彼がペアを組んで一緒に諸国を渡り歩いていたんだ。俺が演奏、あいつが歌と客引きをして。それで案外うまくやっていた」
「そ、そっか。そういやハーモニカで歌まではカバーできねえもんな」
「ああ。あいつが街に戻ったときに俺がいないとなったら心配するだろう……早く帰って無事だと報せないと」
そう言って街がある方角に視線を向けるルートヴィッヒを見て、ギルベルトの胸にじわりと黒い感情が灯った。澄んだ水にインクを落としたようによどんで広がるそれは、間違いなく嫉妬だった。
「なあ、今度通る行商に手紙だけ渡して、お前はここに住むってこと、できねえかな」
その提案にルートヴィッヒは目を瞠って驚いて、でも苦笑してそれをやんわりを却下した。
「手紙だけじゃあいつは納得しないだろうな。会ってハグをしてから目を見て話して交渉して、っていう過程を経なければ。だから、森の入り口で俺を待ってるだろうあいつを、早く安心させてやりたい」
「そっ……か、そうだよな。お前には帰る場所があるんだからな」
そう言ってこころなしか肩を落とすギルベルトを、少し罪悪感を抱きながらルートヴィッヒは見る。
森の手前にある街には、かの友人がずっと探していた生き別れの兄がいることがわかっていた。だから吟遊詩人としてのタッグもあの街が最後になる可能性も十分にあった。それでも彼はやさしいから、自分を追って森に入った友人である自分を心配し続けるだろう。そう思えば、ここにとどまり続ける選択肢などなかった。
でも、できることならここにずっといたいという気持ちは同じだった。

あれだけ爽やかに晴れ渡っていた昼間とは打って変わって、夜は嵐が森全体を覆いつくした。
夕方から明け方に仕事と言って家を出ているギルベルトは、さすがにその晩に外に出るつもりはないらしかった。
「こんな暴風雨の中で外に出ようなんて悪い奴はいねえよ」と言って笑う彼が夜に家にいるのを見るのは初めてで、だからギルベルトが夜に客室を訪れたことにルートヴィッヒはひどく驚いた。
「ど、どうしたんだ。何か用事か?」
「用事っつうか、その……一緒に寝ていいか?」
「えっ?!」
「あ、嫌ならいいんだけどよ、こんな晩ってさ、昔親父が慌てて屋根の補修しようとして大怪我したの思い出しちまって、なんか怖くなんだよ」
恥ずかし気にそう言うギルベルトにひとつ苦笑して、ルートヴィッヒは首肯した。
いつも一人で生きていけるような風に振舞っていて、そして実際そうであろう彼がこういうことで自分を頼ってくれるのが嬉しかった。
「いいぞ、狭くてよければ。――ああ、この寝床もあなたが用意してくれたのだからこう言うのは失礼だな」
「なんでだ?このベッドが一人用なのは知ってるぜ」
「まあ、そうなのだが。――ちょうど寝ようと思っていたところだ、どうぞ」
ルートヴィッヒが先にベッドに入り、毛布を持ち上げてギルベルトを招く。そこにギルベルトがするりと入り込めば、一人用のベッドに立派な体格の男が二人入る形になり、ぎゅうと密着する。お互いを抱きしめるくらいの近さでないと収まらないくらいに。
「わ、悪いな……」
「大丈夫だ。寝床を共にするくらい、あなたからうけた大きな恩に比べたら些細なことだ。遠慮などいらない」
「そうか、じゃあ。おやすみ」
「おやすみ。良い夢を」
そう言って二人は目を閉じる。体温を分け合うだけの共寝は体も心も安らぐ。が、二人ともがその安らぎの中でじわりと嫉妬心に火をともしてなかなか眠りにつけずにいた。
ルートヴィッヒの方は、「彼は以前にも嵐の夜にこうやって誰かのベッドに入ったことにあるのだろうか」という危惧によって。
ギルベルトの方は「こいつはきっと寝床に誰かを招き入れるのに慣れているんだろうな」という確信によって。
まんじりともしない夜に動いたのはギルベルトだけだった。
そっと目を開けば目と鼻の先にある耐性な顔立ちのルートヴィッヒが視界に入りどきりとする。そしてそっと身体を起こし、その頬と唇の境目あたりに、ふわりと触れるだけのキスを落とした。本当は唇にしたかったけど、少しだけ意気地がなくてできなかった。
それだけでも「こいつは俺のものだ」という証が残せたような気がして、ギルベルトは満足気に笑い、元居た場所にゆっくりと戻って目を閉じ眠った。
目を閉じたまま実は起きていたルートヴィッヒは、もちろんそれを認識していた。そして、ギルベルトと寝床を共にしキスを受けたであろう誰か、本当は実在はしない空想上の誰かにじくじくと嫉妬したまま、愛する人を腕の中に抱えたまま眠れず、明け方の少し前に浅い眠りについた。

故に、ルートヴィッヒが起きた時間はいつもより早い明け方で、もうその時にはギルベルトはその腕の中にいなかった。
窓から外を見れば、昨夜の嵐はなんだったのかと思うほどに森は穏やかだった。つまりギルベルトは晴れたことに気付いて仕事に出かけたようだ。
「なんとも仕事熱心なことだ。――そうだ、たまには朝食を作ってから迎えにいってみようか」
客人とはいえ、毎度起きたころには朝食ができていて、ルートヴィッヒが食べるのを見届けてから眠そうな顔で自室に寝に行くギルベルトを見送っていることに罪悪感はあったのだ。
とはいえ、勝手に食糧庫を漁るのも不躾な気がして、卵を焼いてチーズとパンを切り分けてテーブルに置くくらいしかできなかったのだが。

そして家を出て、ギルベルトを呼びに行く。
あまり遠くに行くとまた迷うかも、という危惧はすぐに消えた。
二人が初めて出会ったあの川べりに彼がいたからだ。動く2体の骸骨の傍に立って。
その光景に魔女の逸話を再び思い出して硬直するルートヴィッヒにギルベルトも気づき、目が合った瞬間一瞬時が止まったような錯覚を起こした。
だがその一瞬後にギルベルトは持っていた大剣をぶうんと大きく振り回して骸骨の首を跳ね飛ばし、直後その剣をルートヴィッヒに向かって投げた。
――正確にはルートヴィッヒの背後にいた骸骨に向かって。
大剣が頭蓋骨に突き刺さったて砕けた骸骨はもう動けず、駆け寄ったギルベルトによって大剣は引き抜かれた。そして腰が抜けてへたりこんだルートヴィッヒを抱きかかえるようにして守り、大剣を四方に向けて威嚇した。
数秒かけて周囲に脅威はないと確認したギルベルトは、「はああああ……」と大きく息をついてルートヴィッヒにかぶさるように座り込む。
「もおおおおお、寿命縮んだぜ。夜は危ないから出歩くなって言ったろ――あ、もう朝か」
ため息が首にかかってくすぐったいと思いながら、そして想い人に抱きしめられていることにくらくらしながら、それても見逃せなかった目の前にあった光景にルートヴィッヒは問う。
「今のは一体……?」
あっやべ、と呟いたギルベルトは少し思案してから、白状した。
「森の番人っていってたけどよ、実は俺、アレの番人なんだよ」
そう言ってギルベルトは川の向こうにある小さな洞窟を持っていた剣で指し示した。
「あの洞窟、彼岸からの抜け道?通り穴?みたいな感じでさ、毎日黄泉の国から亡者が生者の世界を求めて彷徨ってくるんだ。それを食い止めて街まで行かせないようにすんのが俺様の役目」
急激に唐突に非現実なことを白状されて、ルートヴィッヒはぽかんとするしかない。
「あ、信じてねえな?お前の傍にいたあの骸骨がそうだぜ?死者とか亡者ってのはあんなふうに骸骨になってるか、それか中途半端に肉が残ったゾンビみたいになってるかどっちかだ」
言われてルートヴィッヒが後ろを見れば、確かにそこには骸骨は倒れ伏していて、ギルベルトはそれを話しながら剣でぐしゃぐしゃにたたきつけて砕いていた。
「だから死んだ親族に会って話がしたいっつっても話せねえ。でも生者が亡者に会えると聞いたらそうしたがる奴は増えるし、亡者が生者に出たらパニックになる。それを防いで守るのが俺の役目。ここから離れられない理由だ」
哀しげな笑みでそう言うギルベルトを、ルートヴィッヒはぎゅっとだきしめて引き寄せた。
「親父殿が亡くなった後、ずっとひとりでそれを担っていたんだな。大変だっただろう。お疲れ様」
一度死んだものを再び殺すような役割をしている自分をそういう風にねぎらってもらえるなんて思ってもいなくて、ギルベルトはぽかんとした後、またぽろりと涙をこぼした。親父が亡くなったときに大泣きして以来泣くことなどなかったのに、ルートヴィッヒが来てから随分と涙腺が緩くなった気がする。
「この洞窟から亡者が出てこなくなければ、あなたをここに縛り付ける制約はなくなる。そうだろう?」
「ん、ああ、そういうことになる、かな?」
「なら俺がどうにかしてここを封じよう。そうしたら、急で過ぎた願いかもしれないが、その、俺と一緒に街に出て、俺の伴侶になってくれないだろうか」
ぽぽぽっと顔を赤くして俯きながらそう言うルートヴィッヒがあまりにも可愛くて、ギルベルトはその唇に唇を重ねた。
「いつか俺から言おうと思ってたのに!嬉しいぜ、ありがとなルッツ!」
肯定を受けたのにまだ俯くルートヴィッヒにギルベルトはキスの雨を降らせ、たまりかねたルートヴィッヒがアイアンクローを決めるまでそれは続いた。



とはいえ、黄泉の穴を封じるなど、流しの吟遊詩人にどうにかできる問題でなかった。
参考にする資料はギルベルトの家の書庫しかなく、つまりギルベルトはその中身を把握していて、彼ができる内容ならとうの昔に実行していたはずだからだ。
それに気づいたときには、啖呵をきったあの明け方からもう2日も経っていた。
「ルーンも古代文字も魔法陣も無効、もしくは永続的ではない、か……難儀なものだな」
「だろ?簡単に封鎖出来たら俺様だって勝手にこんなとこから出てるって」
「だろうな。――、そういえば、貴方をここに縛る条件をちゃんと聞いてはいなかったな。教えてくれ」
そう言って、ギルベルトが親父から聞いた約定が以下のものである。
・洞窟は黄泉から空いた穴で、亡者がそこから出てくるのを止めなければならない
・現世の死者は裁きを受ける場に向かうため、この穴から黄泉に向かうことはない
・美しい音色を聴けば亡者は多少なりとも慰められる
・亡者は日の光を浴びたり雨風や雷などをくらうと力を失い、丸一日後には骨ごと消える
・だが森は木陰が多すぎて亡者が夜が明けた後も生き延び(?)街に出る可能性があるのでそれを止めなければならない
加えてギルベルトが言うには、この家から森を抜けるには最低でも半日以上かかるため、朝に森を出て夕方までに戻ることは不可能ということだった。
「なかなかに難しい条件だな」
「だろ?」
「いや、まて――そうだ、非現実的な事柄過ぎて忘れていた。亡者は雨風でも力を失う脆弱な存在だと言ったな?」
「ああ、そうだぜ」
「つまりあなたがやったような剣や、もしくは拳で殴れば同じということでいいか」
「おう!あんときみたいに離れた亡者を剣ブン投げて倒した後に、俺様がこの拳で亡者を物理的に黙らせたことなんか沢山あるぜ」
「ということは、死者といえど生者と同じく物理的な制約が効くってことだな」
「そうだろうな」
「ふむ、ならやはり俺にも何かできることがあるはずだ」
そう言って家を飛び出したルートヴィッヒを、ギルベルトは「あんま遠く行くなよー」とだけ言って見送った。

その戦果は案外すぐにもたらされた。
「ギルベルト、こっちに来てくれ!ちょうどいいのが見つかったんだ!」
今まで見たこともないくらい明るい顔の彼に面食らいながら、連れられて行った先は、家から少し離れたところにある、前の嵐の夜にひどく崩れた崖だった。
「ここがどうかしたか?」
「見てくれ、この岩!あの洞窟をふさぐにはちょうどいいと思わないか!」
きらきらと輝く青い瞳につられて見た先には、確かに崖の上から落ちてきたのであろう大岩がでんと腰を下ろしていた。
「確かにサイズはちょうどよさそうだな。けどよ、これをどうやってあの洞窟まで持ってくんだよ」
「どうやってもなにも、『押して』だが?」
「はッ!?」
「いや、本当は俺だけで成し遂げたかったのだけど、そうは簡単にいかないらしくてな」
そう言いながらルートヴィッヒは岩の傍に立ち手をついて、「ふんっっっ!!!」と力みながら押す。すると足元の土がずるりと少しずり下がり、岩はそれと同じかそれ以上の距離でもって動いた。つまりこの雄々しく居座る岩は人の力で動かせるのだ。
「一人では耐えきれない重さでも、二人でなら大丈夫だと思う。だから、手伝ってもらえないだろうか」
ルートヴィッヒの思った以上の馬鹿力に少々驚きながらも、助けを請われたらそうしないわけにはいかないギルベルトは意気揚々と手を貸した。

「せーの、おりゃああああああ!!!――、はあ、いけそうだな、もっかい、せーの、どりゃああああああああ!!!!」
あまりにも大きすぎるように見えた岩は、二人の立派な筋肉とぬかるんだ土の助けによって、2日かけてあの洞窟まで移動することができ、そのくぼみにガコンと音をたてて嵌った。

汗と泥で汚れた身を清めてから、二人は家で一服していた。
「あー、まじでこんな単純な形で封鎖できるなんて思ってなかったぜ……」
「油断は禁物だ。亡者がなにか超常的な力でもって這い出してくるようなら、俺にもうできることはない。あなたは黄泉の番人をし続ければならない」
「わーってるって、そんくらい。俺は覚悟を決めた。お前は?」
「覚悟、といえるかは、わからない。だけど、あなた以上に心惹かれる存在に出会える気はしないという確信はある。それを誓いの代わりとしてくれ」
アイスブルーの瞳にまっすぐみつめられたじろいたギルベルトは、動揺したままフルートだけ持って大剣を忘れたまま家を飛び出していった。
しかし問題はなかった。大きな岩でふさがれたあの洞窟から亡者が這い出てくることなどなかったからだ。

長年の習慣から解放されたことを受け止め切れてないギルベルトがぼうっとしながら帰宅し、待っていたルートヴィッヒはそれを見て全てがうまくいったことを確信した。
ぼうっとしてる彼をハグでぎゅうっと迎えながら、よかったと呟く。
本当によかった。あんなに好奇心旺盛なこのひとが、縛られた掟のためにここから動けないなんてあるべき姿ではないとずっと思っていた。でも時々ふざけているように見えて真面目な男だから、こんな契機がなければ別の場所に住むなんてこと考えることすらしなかったはずだ。
その転機をもたらすことができた、それだけでもうルートヴィッヒは心から満ち足りた気持ちになっていた。
「俺、ここから離れていいのか?」
「ああ、もちろん」
「お前が話してた景色、一緒に見ていいのか?」
「そうだ。一緒に行こう。あなたが実際に見た感想を、俺はこの耳で聞きたい」
「そう、か、そうだよな、うん、ありがとうな。ルッツがいなきゃずっとこのままだった」
「俺は俺のために行動したにすぎない」
「へへへ、そういうことにしておくぜ。――ああ、これで俺はお前のもの、そしてお前は俺のものだ。ずっと。絶対離さねえ」
そう言ってギルベルトはルートヴィッヒの頭を抱えるように引き寄せ、唇に唇を重ねた。
キスを受けたルートヴィッヒは赤面し、俺だって離す気はないとぼそぼそと言った。



鬱蒼とした森の暗緑の樹々の合間を縫って、行商と二人の若者が街へと向かう。
もうこの森に住む者はいない。だがもう脅威はないだろう。

時折フルートとハーモニカの奏者が森に入っていく姿が何度もみられたが、それを引き留めるような無粋な者は一人もいなかった。






お題箱より「『魔女とラフレンツェ』パロのギルッツ」「mkmkパワーでハッピーエンド」というお題で書かせてもらいました。
頂いた瞬間ローラン魂が燃え上がったので、この文章量にしてはすぐに書きあがりました。サンホラたのしい。
リクありがとうございました!
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