ヘタリア 普独

※ 現パロ
※ 悲恋
※ 死ネタ



あるときギルベルトは、いきつけの公園の端のベンチにいつも同じ人が座ってることに気が付いた。
少しの遊具と小さな砂場と、さほさほど広くもない空間(とは言え5歳のギルベルトにはとても大きく見える空間)があるだけのこぢんまりとした公園。そこに子供もつれていないその大人は、あまり似つかわしくないように思えた。
鞄を腰の横に置いてじっと本を読んでいる。それ以外はなにもしていない。それもまた不思議だった。ギルベルトにとっては公園は遊ぶ場所だったから。
だから、そのひとに駆け寄った。一緒に遊ぼうと言いに。
すぐそばまで近づいてみると、その大人は思った以上に大きかった。相手は座っているのに、見上げてさらに高い位置に顔がある。そのことにびっくりして暫しぽかんと見つめてしまった。すると、それに気づいたのか本に落としていた視線がギルベルトに移る。
「……え?」
たった一音。それだけで身がすくんでしまった。父親よりもずっと低い声が怖かった。険しく寄った眉間のしわも。
結局その怖い大人から逃げるように立ち去ってしまった。そしてそのことが、家に帰った後になってどうにも悔しくなってしまった。このおれが、あんなへんなやつをこわがっちまうなんて!
けどたったひとつ、見上げた青い空の下できらめく太陽みたいな綺麗な金をまた近くで見たい、と強く思っていた。あんなにおっかなかったのに。



ギルベルトがベンチの彼に声をかけることができたのは、7歳のときだ。一人でお使いができるようになって、少しだけ大人になった気がしたある日、ふとあの青年のことを思い出したからだった。
もうあいつなんか怖くないぜ!なんて根拠のない自信を抱えて、ギルベルトはあの公園に駆けだしていった。
放課後も学校で遊ぶことが多かったからあの公園に行くこと自体が久しぶりだったけども、例の青年は前と同じようにそこにいた。1mmも動いていないかのように、同じ場所で同じ服を着て同じ姿勢で本を読んでいる。少し変わったかな?と思ったのは、その青年が記憶にあるよりも若く見えたことだったが(前は父と同じくらいの歳だと思っていた)、それはギルベルトが成長して人の年齢の見分けがつくようになってきたからだった。
あまり人気のない公園の端、あのベンチの傍に立てば、西日を受けて彼の本にギルベルトの影が落ちる。それに気付いた金髪の彼は何も言わず、じっと少年を見つめ返した。
数秒の沈黙の後、先に口を開いたのはギルベルトだった。
「あんた、ここで何してんの?」
まだ少し怖がっている自分を内心で叱咤して、ずっと気になっていたことを訊く。声がちょっとだけ震えたのが少し情けなくなった。
そんな少年の葛藤は露知らず、青年は緩く眉根を寄せた。
「何、か……『待っている』かな」
「待ってる?誰を?」
「……秘密だ」
「いつも待ってんの?」
「見ていたのか。――まあ、そうだな」
要領を得ないぼんやりした返事は、ギルベルトには理解しがたかった。そもそもせっかちなきらいのある彼は待つのが嫌いで、毎日毎日誰かを待ち続けるなんてうんざりするどころの話ではなかった。
「飽きねえ?諦めてどっか行こうとか思わねえの」
「待つと決めたからなあ」
低くあたたかな声音で言う青年の、空色の瞳は柔らかく細められていて、ギルベルトは不意にどきりとした。初めて近くで見たときのあの怖さは、その柔らかさで全て払拭されていた。
「あんた、すげえな」
「別にすごいことは何もない。気が長いだけだ。それと、『あんた』はやめろ。俺にはルートヴィッヒという名前がある」
ルートヴィッヒ、とギルベルトは口の中で呟く。どこかで聞いたことのある名のような気がしたが、気のせいかもしれないとも思った。
「ルッツって呼んでいい?」
「別に構わないが」
「じゃあルッツ、俺そろそろ帰る。またな!」
「ああ。……また?」
青年が少し驚いたような顔をするのが可笑しくて、ギルベルトは家に向かって走りながら口元を緩ませていた。
仏頂面に見えて案外表情の出やすいあの不思議な青年を、ギルベルトは一気に気に入ってしまったのだった。



それからギルベルトは、暇を見つけてはあの公園に足しげく通った。ルートヴィッヒに会うために。
これといって用事があるわけではないが、ルートヴィッヒは聞き上手だった。元々喋りたがりで自慢したがりのギルベルトのおしゃべりに文句も言わず付き合ってくれるし、的確な相槌も売ってくれる。周りの人たちからはうるさいと言われがちな彼のおしゃべり欲を満たしてくれるこの青年の傍はとても心地よかった。

あるとき、ルートヴィッヒがいつも本を読んでいることがふと気になって、何を読んでいるのか尋ねてみたことがある。表紙を見ても文庫カバーで覆われていてタイトルが見えなかったので。
「これか?……まだ君には難しい内容だから、見ても意味がないだろう」
確かに無理やりに覗き込んだ本の中身は、よく分からない単語がたくさん並んでいた。しかし「意味がない」なんて言われたことがギルベルトの負けん気に火をつけた。
そしてその翌日からギルベルトは図書館から本を借りるようになった。ルートヴィッヒが読んでる本をいつか理解できるように。今まで読書の習慣のなかった少年には、文字だらけの本の中を追うのは少々退屈で、ルートヴィッヒの隣で本を読みながら何度もあくびを噛み殺していた。
「別に俺に付き合って君まで読書しなくても……」
「いーの!俺もルッツみたいに頭良くなりたいし!でもよ……ふぁあ……」
「……分からないことがあるなら教えてやれるが」
「え、なんでわかんねーことあるって分かったんだ!?」
素で驚いてそう言えば、ルートヴィッヒはおかしそうにははっと小さく笑った。
「それだけ眠そうにしてればな」
その言葉はギルベルトの耳には入らなかった。幼い日怖くて逃げ出した大人の、再会してからも固い表情を崩さなかった青年の、不意にほころんだような笑顔に意識全てを奪われてしまっていたから。
「……ギルベルト?」
「……うぇ、あ、なに?」
「なに、と訊きたいのはこちらなんだが。どうかしたか?」
「べ、べつにどうもしてねえぜ?――あ、あのさ、じゃあ本とか宿題とか、わかんねえとこ教えてくれよ」
「俺は構わないぞ。まあ、人に何かを教えるのは得意な方ではないんだが」
「気にしねえよ」
「君がそういうなら」
そういって穏やかに笑う青年の笑顔に、ギルベルトはまた心臓がどきどきするのを感じた。それが何といういう感情なのかはそのときは分からないまま。

ルートヴィッヒのそばにいたいような、それでいて心臓が痛くなってあまり近くには居たくないような、そんな心を抱えながらギルベルトは公園に通い詰めて彼とよく喋った。本の中で知らない単語、授業で分からなかったこと、宿題のことなんかを。教えるのは得意ではないと言いながらも、様々なことをルートヴィッヒは根気よく教えてくれて、学校のどの教員よりも尊敬できる師であった。
そうするとギルベルトの成績は瞬く間に上がっていって、元から運動のできた彼は文武両道を体現するような生徒として、生徒にも教師にも人気のあるひとになっていった。
両親からの評価も「いつも遊びに出掛けているのに優秀な子」となり、私立の良い学校へ進学を勧められるようになった。ギルベルトはあまり家から遠い学校に行くのには難色を示していたが、周りの大人にもルートヴィッヒにも「お前ならきっと賢く偉い大人になれる」と太鼓判を押されてしまえば、それを拒否する理由もなくてその勧めに従ったのだった。

進学して部活も始め、あの公園の青年との時間は減っていった。
それでも偶に会いに行けば相変わらず彼はそこにいたし、その時々の悩みを相談すれば的確なアドバイスをくれた。そもそも相談するだけで気分が晴れたりすっきりすることも少なくはなかった。そういったことをぶつけても許してくれるルートヴィッヒの存在は何物にも代えがたかった。
しかし彼がただの青年ではないことにも、だんだんと大人になっていくギルベルトは気づかざるをえなかった。そしてその不気味さを感じる度に、なんとなく足はその公園から遠のいていった。それでも胸の内にある熾り火はずっと彼の胸の内に灯ったまま消える気配はなかったのだった。



更に進学したある日、部活のチームメイトが練習中の怪我で入院するということになって、その病院が家の近所にあったギルベルトは部活が休みの日に学校の帰りに見舞いに行くことになった。ずっとどこか気まずくて近寄れなかったあの公園の、すぐそばにある病院へ。
そのチームメイトは試合に出られないことを嘆いてはいたけど十分ぴんぴんしていて、テスト前にノート貸すだの貸さないだのなんて軽口をたたいて見舞いは終わった。
そして病院を後にして大通りに出る。ちら、と公園の方を見れば昔から変わらず子供が遊んでいるのが見えた。建物の隙間にぽかりと小さく空いた空間につくられたような公園は、子供が遊ぶくらいにすることはない。
なのにまだ、ベンチに座って本を読んでいるあの広い背中が見えた。
10年ほど前、彼は「待っている」と言っていた。何を待っているのかは教えてくれなかった。でも彼は10年以上何かを待ち続けているのだ。そこに縛られたように。誰だかわからないけど、早く彼を開放してあげれくれと思う気持ちと、俺がその寂しさに寄り添えたらいいのにと思う気持ちが、じわじわと胸を苛む。そのせいで彼を見るのが耐えられなくて、唇をかみしめながら不自然に視線を逸らした。

すると逸らした視線の先、公園の入り口から、ぽてぽてと歩く小さな子供が出てきた。 4,5歳くらいに見えるのに、近くに親の姿はない。そのまま視線で追っていくと、青信号を示す横断歩道を一人で渡っていくのが見えた。
公園と大通りとが近いせいでこのあたりは危ないことでも有名だ。おいおい大丈夫か、と心配になって横断歩道の近くまで駆け寄ると、不意にとてつもなく嫌な予感がし、さっとあたりを見渡す。するとスピードを落とす気配もなくまっすぐこちらに近づくトラックが見えた。再び横断歩道を見れば、子供の小さい足で大通りを渡り切れているはずもなくちょうどトラックの進行方向をまだ歩いていた。
さっと血の気が引いた次の瞬間、ギルベルトの身体は何も考えず動き出していた。

あぶない!と思わず大声を出すと、それに驚いた子供がこちらを見て道路の真ん中で動きを止める。
ギルベルトは駆け寄り子供の身体を抱えたが、急に見知らぬ大人に攫われたような形になった子供は反射的に抵抗した。そのせいですぐ歩道に引き返すはずだったギルベルトの足は一瞬止まる。
慌てて車道を見れば、眼前にはスピードを緩めないままのトラックがすぐ傍にまできていた。
思わず目をつぶった瞬間。襲い掛かるはずの衝撃と痛みはなく、代わりに背中を強い力でぐんと引っ張られる浮遊感が襲った。

数秒後、どんと背中に衝撃が走り、少し遠いところで激しい衝撃音がするのが聞こえた。
おそるおそるギルベルトは目を開く。目の前の大通りでは、不自然なほど急激に方向を変えたトラックが電柱にぶつかって止まっていた。腕の中に抱えた子供にけがはなく、自分にも尻もちをついた程度の腰の痛みがある程度だ。
何が起こったのかわからず混乱していると、耳元で「馬鹿者!」と怒声がした。驚いてそちらを見れば、血相を変えたルートヴィッヒがすぐ傍にいた。ずっとあのベンチから動くことのなかったあの青年が。
「"また"轢かれたいのか!!」
低い大声で怒鳴られても、恐れたり怯んだりはしなかった。ルートヴィッヒの言ったたった一言が気になっていた。
「"また"……?」
そう口の中で繰り返した瞬間、ギルベルトの頭にぴりっとした痛みが走る。そして目の前がちかちかとして、頭の中に断片的な映像が次々と浮かんだ。

低い視点からみる青信号。
背後から聞こえた大声。
抱えられていきなり上がった視線。
眼前に迫るトラックと、劈くように響く甲高いブレーキ音。
どん、という大きく鈍い音。
嫌な浮遊感、そして衝撃。
呆然とした視界にじわじわと広がっていく暗い赤は自分のものではなく、たった今まで自分を抱えて助けようとしてくれた、倒れ伏す青年の頭から流れる血だった。
今ならわかる。その青年が着ているのは、今のギルベルトと同じ高校の制服で、倒れ伏しているのはルートヴィッヒであることに。
そして今のフラッシュバックはすべて、幼かった日のギルベルトがショックで封印してしまった記憶であることにも。

短距離を全速力で駆け抜けたような動悸がばくばくと全身を駆け抜ける。はっはっと息が荒くなる。無理に息を呑みこんで、そっと視線を上げれば、十年以上前から変わらない姿の青年が険しい顔でこちらを見ていた。
彼がただの人ではないことには随分前からうっすらと感づいていた。彼がいつも変わらず着ている服が学生服であることを知った時にそれは確信に変わった。
10年以上前から幽霊としてそこに居たルートヴィッヒが、何に執着してずっとこの世にとどまっているのか、ずっと気になっていた。でもそれを訊いてしまったら、それがきっかけで未練がなくなってしまったら、彼はここからいなくなってしまうかもしれないと思っていた。
「なあ、ルッツ……お前が『待ってた』のって、もしかして……」
ゆっくりとひとつひとつ確かめるように言えば、ルートヴィッヒははっとした顔になり、ゆっくりと穏やかな笑みに変わっていった。そして。
「よかった」
たった一言、それだけを言い残して、ルートヴィッヒの身体はすうっと空気に溶けるように透けていき、光の粒となって散っていった。

呆然とそれを見送って数秒、ギルベルトの世界に音が戻った。いや、聞こえていなかったことにすら気づいていなかった。
衝撃音に驚いて出てきた近隣住民のざわつく声。サイレンの音。子供の泣き声。その子供を探す親の悲鳴。うるさいくらいのそれらはすべて耳に入っていなかった。
聞こえるようになってからも、どうでもいい雑音にしか聞こえなかった。消えていったルートヴィッヒを探しに行きたいのに、腰が抜けて立てないもどかしさで泣きたいくらいだった。



事故の処理やら事情聴取やらの諸々が嵐のように過ぎ去って、再び公園に一人で行く時間が取れたのはあの日から2日後だった。
覚悟はしていたが、10年以上前から一度たりとも見なかったことのなかったあのブレザー姿の青年の姿はなかった。何の障害もなく奥が見渡せるベンチの背もたれの向こうは、元からそんなものがなかったかのようにどこか寒々としていて、心臓が氷で掴まれたかのようなぎゅうとした痛みが胸に走る。
ベンチの近くに行けば姿が見えるかもという一縷の望みは、あっさりと裏切られた。周りを見渡してみても、いつか座っていた彼の隣に当たる場所に腰かけてみても、ルートヴィッヒの姿は現れなかった。
しかし、彼がずっと座っていた場所に一冊の本が置かれていた。彼がずっと読んでいたあの本が。
彼の残した唯一の痕跡であるそれに手を伸ばす。触れた瞬間消えてしまわないか一瞬不安になったが、ちゃんとそれは触れることも持つこともできた。そしてそれを手に取ると、表紙と本文の間にルーズリーフが一枚、折り畳んではさまれているのが見えた。
それを取り出すと、折りたたまれた山側に「L to G」と書かれているのが真っ先に目に入って、ひゅっと息を呑む。LudwigからGilbertへ、という意味でとらえてよいのだろうか。
震える手でルーズリーフを開く。そこには表側と同じ几帳面そうな筆跡で手紙が綴られていた。



『俺が去ったあとこれが残るかどうかは分からないが、君にこれが渡ることを祈って綴る

親愛なるギルベルトへ

君がこれを読んでいるということは、俺が『待って』いたものを迎えることができた、つまり、君にあの事故の記憶が戻ったということなのだろう。君にはつらい記憶だったかもしれないが、それを俺は嬉しく思う。

俺がここで『待つ』ようになったのは、あの事故で死んだ後、この公園を漂っていたとき、何かの拍子に……確か君の母親が言っていたのだったか、君が事故の記憶をなくしていることを知ってしまったのが始まりだった。
君を助けようとしたのは完全に俺の判断だったけども、俺にもそれなりに当たり前に来るはずだった「明日」にしたいことがあったわけだ。なのにそれが失われたきっかけである当事者の記憶からなかったことにされてしまったのが残念というか悔しいというか、要するに未練になってしまったんだ。
だからといって無理に君の記憶を呼び起こすような超常的な力はもっているはずもないし、あの場所から動くこともできずにずっとこのベンチにとどまることになってしまった。
こう書くと君は罪悪感を覚えるかもしれないが、気にしないでほしい。することもなく一人で過ごすはずだったはずの年月で、君と交流することができたのは俺の大きな喜びだったから。

ああ、今思えば、君が俺を見ることができて、あまつさえ興味津々に話しかけてくるなんてまったくの予想外だった。ここで初めて会ったときはあんなに怖がらせてしまったのに。(言っておくが、あのときは威嚇したのではなく素の反応だったんだ。今の君なら分かると思うが)
最初こそ君に忘れられた悔しさという未練でここに留まっていたのだけど、君と話すうちにそういった気持ちはほとんど忘れてしまっていた。代わりに君がいきいきと成長していくのを見るのが楽しみになっていった。
君が楽しそうに話す日常の話を聞けば俺も楽しかったし、君の悩みの解決の糸口になれればそれが嬉しかった。そうやって君が築いていく思い出の中のひとかけらにでも俺が存在していることが喜びだった。
だから、未練というものがほとんどなくなった今、君に望むことはたったひとつだ。
健やかに幸せにこれからの人生を過ごしてほしい。俺が生きられなかった分まで。

ギルベルト、今までありがとう。そしてさようなら。俺は君と出会えて幸せだった。

姿なき君の友人 ルートヴィッヒ』



その手紙を最後まで読んで、何度も何度も繰り返し読んだ。ぼろぼろととめどなくあふれる涙は視界をにじませ、落ちた涙は徐々に透明になっていく手紙をすり抜けて膝に置いた本にぼとぼとと落ちて濡らした。
何が「思い出のひとかけら」だ。胸の内をこんなにも深く大きく占めて大切に想うひとなんて、ルートヴィッヒしかいないのに。失ったことでこんなにも埋めようがない空虚が襲うのに。
何が「ありがとう」だ。二度も命を救ってくれて、何度も悩みを聞いてくれて、数えきれないくらい頼ったこちらこそがずっとずっと感謝するべきなのに。なのに、一番大切なときにたったひとことのありがとうさえ言わせてくれなかった。
いつか彼に見合うくらいに立派になったら告げたいと思っていた「好きだ」の言葉さえ、伝える機会を失ってしまった。
彼がずっと読んでいた、取り替えることすらできなかっただろうその本は、日常的に読書する人なら1日で読み切れるような文章量の詩集だった。そんなものを毎日毎日何年も読みながら、ひたすらに待ち続けたルートヴィッヒの時間を思うとまた涙があふれて止まらなかった。




それから数年。ギルベルトは時間をみつけてはあの本を持って公園のベンチに座っている。
彼の恩人であり唯一愛したひとが「本を持っていくのを忘れてしまった」なんて言って、いつかきっとこの場所に戻ってくると信じながら。






お題箱より「他人設定で悲恋」というのをいただいたので。
悲恋は好きだけど書くとやっぱ結構しんどいですね!幸せになってくれ……って思ってしまうハピエン厨です。
なので蛇足的な救済短文はこちら あくまで蛇足だし悲恋のままのがきれいに終わってる気がしますが。