鬼滅 さねげん
※鎌鼬×牛鬼





「それは、お前が彼に名を与え縛ったからだろうな」
実弥が玄弥を河童の隠れ里にどうにか運び込んだあと、偶々近くに来ていたダイダラボッチの悲鳴嶼に事の顛末を説明したところ、暫しの沈黙の後に彼が発したのがその言葉だった。
「名を与えて、縛った?」
「気づかずにやったのか? 我ら妖<あやかし>にとって名を縛られるというのは強い意味をもつ。自分の存在意義を譲渡するのと同じだからだ。お前は玄弥に名を与えて『玄弥は俺のものだ』と宣言した。それは弱い妖怪にとってはお前の支配下にくだるに十分だ。つまり、大雑把に言えば、お前が使い魔としている鼬と玄弥はほとんど同じになったと言って差し支えない」
「嘘だろ、俺、そんなつもりじゃ……。そんな簡単に妖怪が誰かのもんになるなるとか、聞いたことがねえ」
「あやかし同士では滅多にしないし、できない。あやかし同士なら、殴り合って優劣を決めるほうがよほど単純でわかりやすいからな。だがお前は元々神の遣いだろう。お前がいくら妖怪を名乗ったって生まれ持った素質は消えない。元からそういった力を持っていたのだ」
あんなに嫌っていた神の力をそうとしらずに使っていたことが癪で仕方ないし俄かには信じ難い。だが、そんな理由でなければ重すぎる玄弥をこんなに離れたところまで運び出せた説明がつかない。
「して、玄弥をここに置いておくつもりか」
「いや、そのつもりはねえよ。ここはちょっと賑やかすぎるし人里が近すぎる。ここは水が必要だっていう玄弥のための一時しのぎだ」
「ならば、私がもっと山奥に住みよい場所をつくってやろうとおもうが、どうか」
「え、いいのかよ。それができるなら是非とも頼みてえけどよ」
「お安い御用だ。水がたっぷりと確保できて風通しの良い場所、ついでに人払いのまじないもかけておこう」
ダイダラボッチは山をつくりかえたり湖や沼をつくったりができる巨大で力の強い妖怪だ。それくらいは本当に「お安い御用」なのだろう。
「なに、気にしなくていい。池が枯れるのを予期しておきながらその前に助け出せず寂しい思いをさせた、私の罪滅ぼしだ」
「え、何の話だよ」
悲鳴嶼は答えず、口元でにっこりと笑う。涙もろい彼が一筋流した涙は、玄弥のものとよく似た首飾りにぽとりと落ちた。

悲鳴嶼が解説したそのままを玄弥に伝えると、大きな瞳を丸くしてから、玄弥はへらりと笑った。
「そっか、俺、実弥の家族になったんだなあ」
鼬の使い魔を撫でながらのその言葉に、実弥は虚を突かれた思いだった。二匹の鼬を『家族』だなんて思ったことはない。使い魔は使い魔だ。
けれども、あの宣言によって玄弥が自分の家族になったのだとしたらこんなに嬉しいことはない。
「そうだな、俺たちは家族になったんだから、これからずっと、ずぅっと一緒だ」
心がいっぱいになった衝動そのままに玄弥を力いっぱい抱きしめる。間に挟まれた鼬がきゅうっと不満の声をあげて、それが一層笑いを誘った。


それから。
河童の里の上流に綺麗で開けた湖を作ってもらい、その湖畔に実弥と玄弥は居を構えた。
距離の近さから河童の頭領の宇髄が賑やかに訪れては家を荒らしていったり。
悲鳴嶼が訪れては涙で湖を塩湖にしてしまったり。
蜘蛛仲間とききつけて絡新婦のしのぶが訪問してきた際、玄弥が真っ赤に顔を染めて動けなくなったり。しのぶが連れて来た雪女のカナヲが湖面を凍らせてしまって玄弥が干からびかけたり。
実弥と玄弥がちょっといい雰囲気になったところに、悪意はないが空気の読めない天狗と小豆洗いが祝言祝いだと言って赤飯を持ってきて、実弥をたいそう怒らせたり。

そんな愉快な妖怪たちに囲まれて、神の遣いくずれの妖怪と神様の肩代わりをしていた妖怪のふたりはいつまでも賑やかに幸せに暮らしましたとさ。どっとはらい。





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