鬼滅 さねげん
※鎌鼬×牛鬼





金属製の道具がぶつかる耳障りな音がガチガチとうるさく鳴る。その合間にパチパチと松明が爆ぜる音がする。足場の悪さと山の暗さにガヤガヤ文句をいう声が聞こえる。
「なんで我らがこんなとこまで……ご利益がない神社なら放っておけばよかろうに」
「それじゃあ殿様の気が収まらんのだろうさ。なんでも三度目の参拝のときに姫様が道半ばでお怪我をされて、更に疲労がたたって更に病状が悪化したとか」
「ああ、成程。それはお怒りになるのも道理だ。健康な侍すら難儀する山道を、ろくに屋敷からも出られなかった箱入りのお嬢様が登れるはずもない」
「我らも話には聞いていたがここまでとはな……道も狭くてこんな人数じゃまともに進めやしない」
「しかし本当に神社など壊してよいのか? 里の者たちは随分と反対していたが」
「殿様の命なんだからしょうがないだろう」
「おい、ここ崖になってるぞ! 踏み外さないよう注意して進め! 後ろにも伝えろ!」

じっと息をひそめて話し声を聞けば、例の噂はほとんど真実と大差なかったことがわかる。そして危惧した通り、武装した大人数が狭い参道を踏みしめるせいで、ころころがらがらと小石が転がり落ちてくる。そのうち崖が大きく欠けて誰かが足を踏み外しかねない。
玄弥を抱きかかえるようにして淵の端にかがみこみ、極力声量を落として訊ねる。
「玄弥、お前木は登れるか?こういう奴らは足元ばかり見るから上は見ねえ。木の高いところに登れりゃあいつらが行って帰ってくるくらいまでの間ならやりすごせるはずだ」
「わ、わかんない……やったことねえもん。脚の爪がうまく木の肌に刺さればいけるかもしれねえけど、あんまり細いと木が折れちまうよ」
「そりゃあまずいな、その音で気づかれる」
結局ここでやりすごすのが一番だと判断し、そのまま身を隠す。
どうか何事もなく終わってくれ、と誰にあてるでもなく祈っていた。
そういった切実な祈りこそ裏切られるものだと、知っていたのに。

一際大きなガラッという音と同時に大きな叫び声が崖の上から響く。
「危ない!」
玄弥が叫んで実弥の腕の中から飛び出す。あっという間に壁面を登り、実弥がそれを目で追い切ったときには、片腕に一人の侍を抱えていた。
実弥が危惧していた通り一人が足を踏み外し落ちかけたところを、玄弥が咄嗟に助け出したようだった。
「何してやがる、馬ッ鹿野郎!!」
その怒号は、更に大きな絶叫でかき消される。
「うわあああああああ!! ば、ばけものおおおおおお!!!!!」
玄弥の腕に抱えられた侍の叫びは辺り一帯を震わせるほどで、武士の一行は一斉にそちらを見る。近くにいた侍の一人が腰を抜かし、持っていた松明を取り落とした。それを避けようと玄弥が近くに生えていた木に蜘蛛の脚でしがみつくと、松明から燃え移った火が枯草と木の根元を燃やし更にくっきりと玄弥を人の目に晒す。
一行の目に映るのは、ヒトの体に蜘蛛の脚が生え頭に角と獣の耳が生えた異形。それが恐怖で気を失った人を抱え木に登り一行をじっと見下ろしている。それは間違いなくバケモノと呼ぶに相応しい姿だった。その当人が何を思い何のために人の前に姿を現したかなどは、関係なく。
人の眼差しが玄弥を怯ませて動けない。助けた侍を道に戻そうとしても、それは人に近づくことにもなるしその経路に火がある。この火は渡っても大丈夫だろうか、人に近づいても大丈夫だろうか。そんなことを考えている間に、一行の頭は正気を取り戻した。
「あれは牛鬼、病を撒き人を喰う化物ぞ! 姫様の病も奴のせいに違いない! 討て、討てえええい!!」
その檄に一行は皆はっとして、各々刀や弓を取りそれぞれ振りかぶる。刀を持ったものは玄弥に届かなかったが、弓を持つ者は震える手でそれぞれに矢を飛ばす。木の上から動けずにいる玄弥の傍をいくつもの矢がが通り抜け、そのうちのひとつが玄弥の頬を掠め血を飛ばす。
瞬間、実弥のこめかみでブチっと血管が切れる音がするのを実弥だけが聞いていた。

ごうっとその場に竜巻が吹きあがる。砂を飛ばし石を巻き上げ木々を切り裂く暴風。その勢いに人間たちが悲鳴をあげているのに、風の中心にいる実弥は聞こえていないし気にもとめていない。
風の勢いに、玄弥の腕の中にいた侍は吹き飛ばされ参道に叩きつけられた。
「玄弥は俺のもんだ! 傷つけた奴はどいつだ! 絶対許さねえぞ!!」
その怒号は山全体を震わせ人間を強張らせる。何も言わなくなった彼らに実弥は一層怒りを募らせ、風圧の鎌で刀も弓も人間の腕の腱も残らず切り裂く。
それと同時に、やわらかな風が玄弥を包みふわりと持ち上げ実弥の腕の中に収めた。
怒りで血が上っていた実弥もその思わぬ事態に流石に動揺し沈黙する。実弥の力では玄弥の重さは持ち上がらないはずなのに。そして、玄弥も自分が空中にいることに驚き狼狽している。
何が起こったのかは分からないが、この機を逃す手はない。人間たちがこれ以上何かをしてくる前に玄弥を逃がさなければ。今すぐに、北へ、北へ!





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