鬼滅 さねげん ※鎌鼬×牛鬼 鎌鼬である実弥は当然風の性質を強くもっていて、それはつまり『流動』のある場所と相性がいい。それはつまり空気を遮るものがなく、人や物が常に行き交う場所だ。だから彼はずっと宿場町を根城にしていた。 それは逆に言えば、滅多に人が来ず空気も水も留まり濁り凝るような玄弥の住処とは致命的に相性が悪い。長くとどまれば体調を崩しかねないくらいに。 それでも実弥は玄弥の元に出来る限り長く共にいようと毎日通いつめた。 その大きな理由として「自論を裏付けてくれる妖怪」として気に入ったというのがある。だが、それだけではない。こんな昼夜もわからないような静かな暗い場所で、人間をこっそり助けることだけをささやかな趣味にしてる寂しい妖怪を放ってはおけなかったからだ。こんなに人の好い妖怪をひとりぼっちにしておくには忍びなかったからだ。 玄弥はずっとひとりで暮らしていたからか、実弥が何を話しても楽しそうにした。人間の間では今こんなことが流行っているだとか、世の中にはこんな妖怪がいるだとか、実弥が見聞きしたいろんな出来事だとか、それら全てをにこにこと心底愉快そうに聞いてくれた。 特に、この山から離れた場所にいる妖怪に起こった面白可笑しい出来事を話せば、玄弥はけらけらと声をあげて笑うものだから実弥はたくさんその話をするようになった。長い年月を生きていて風に乗ってあちこちに行き見聞きした実弥にとって、妖怪の話題は事欠かない。 あるときは、雷小僧の太鼓叩きをいたく気に入った河童の頭領がその太鼓をひっきりなしにねだって演奏させたせいで、それによって起こった豪雨があわや河童の里をまるっと流しかけたことを話した。 あるときは、女嫌いで有名な大蛇がのっぺらぼうの少女に一目惚れをしたのだが、のっぺらぼうなものだから人相書きも作れずもう一度会うのに大層苦労したことを話した。 あるときは、涙もろいダイダラボッチが何を見たのか思い出したのか一日中泣き続けていたせいで、その山に棲む小豆洗いの小豆畑を涙の塩分ですっかりだめにしてしまったことを話した。 夜通したっぷりと楽しい話をして、東の空がしらじらと明けて来たころに実弥の体力が尽きてねぐらに帰る。そんなことを繰り返していると、玄弥は寂しさを態度で表すようになった。実弥の上着の裾を掴んで離さなかったり、使い魔の鼬を撫でて腕の中で寝かそうとしたり。 「もっと一緒にいて」とは口にしないいじらしさがどうしようもなく可愛くて可哀そうで、こいつの望むことならなんだって叶えてやりたいと何度も思った。 しかし性質と場所の相性としてこれ以上ここにとどまる訳にはいかないから、うしろ髪を引かれる思いで宿場町に帰る。しかし、寝床で眠っていても頭の中を占めるのは、寂しそうな顔をした玄弥のことばかりだった。 どうやったら玄弥に長く寄り添っていられるだろうか。 どうにかしてこのやりきれない状況を打開できないかと、実弥は行動範囲を広げ普段あまり会わない妖怪の元に行って話を聞いてみたり相談してみたりした。しかし生まれ持った性質を変えるのは並大抵の術ではできないだろうというということばかり聞かされた。神の力を使えばあるいは、とも聞いたがこの件にそれを持ち出すのも癪で、実弥は苛立ちを募らせていた。 そうやって遠くの山ですごく事が増えすっかり人の噂から疎くなった頃、久しぶりに棲家の宿場街に戻ると、どうにも不穏な噂が広まっていた。 どうも、例の『病魔退散の神社』の話がここらの殿様の耳にも入ったらしい。というのも、殿様の愛娘が病弱で医者も匙を投げたからだということだった。 最初は姫の名代としてお付きの武士に参拝させたのだが、姫の病魔が去ることはなかった。 二度目は、姫を武士に負ぶわせて護衛もつけて総勢十名以上の大所帯で参拝した。それでも御利益はなかった。 三度目、参拝によって病が治った者は皆自分の脚で参拝したという話だったので、姫は自分の脚で参道を登った。すると今度はしつこい参拝のせいで祟られたのか逆に病状は悪化した。 三度に及ぶ失敗と大事な娘が害されたことに殿様は大層怒った。「病魔退散など大嘘だったではないか! 今後このような流言に無辜の民が振り回されないよう即刻かの神社を取り壊すべし」と言い出した。 そんな噂が立っていた。 それを聞いた実弥は嫌な予感がした。 祠が取り壊しになること自体はどうでもいい。あそこには神も妖怪もいないただの空っぽの祠しかない。 ただ、それが殿様の命令でなされることがまずい。それはつまり、大人数があの山に入るかもしれないということだ。玄弥の棲家が人目に触れる可能性が上がる。誰かが崖から転がり落ちて叫び声でも上げれば、すぐに見つかってしまうだろう。 昔人間に追い立てられたくせに人間を助けようとする玄弥が、刀を振るわれてやり返すとは思えない。 あの神様なんかよりも優しい哀れな牛鬼を、早く助けてやらなければ。 実弥が風圧で竜巻さえ起こしながらできうる限り最速の飛行で玄弥の棲家に降り立つと、当人たる玄弥はいつも通り水辺でぼうっとしていて、息を切らせてやってきた物凄い形相の来客にただただびっくりしていた。 「さ、さねみ……? どうしたの? なんか異変でもあった?」 平素と変わらぬ様子に実弥は深く深く安堵の息をつく。間に合って良かった。否、噂そのものが尾ひれ背びれのつきまくったでたらめだった可能性もある。そのことに今更気づきフッと笑いながら、玄弥に確認をとった。 「いきなり悪かったなァ。変な噂を聞いちまったもんだから、お前が心配になったんだよ。なあ、お前はここで変な目に……人間に追われたり傷つけられたりとか、してねえか」 「え? そういうのは全然。何も変わんないよ。――あ、この間やたら身なりのいい女の人がたくさんのお付きの人連れて来てて、見つかったらまずいと思って通り過ぎるの待ってたってことはあったけど。それだけ。あの人、随分大きな病魔背負ってたから取ってあげたかったんだけどなあ」 その言葉に実弥は目を瞠る。それはおそらく噂に出てきた『姫様』だ。噂はまったくのでたらめではないらしい。となると、殿様の命令とやらももしかしたら事実かもしれない。 ここにきて実弥は人里の様子を探ってこなかったことを後悔した。玄弥のことで頭がいっぱいでひとっとびに来てしまった。 「どうもな、ここらの偉い人が山頂の祠を壊すって言ってるって噂が立ってんだよ。そしたら『この間』のときよりもっと大勢が来るかもしれねェ」 「え、そんなの困るよ、俺気配隠すの得意じゃねえのに」 「だろ? だから、もっと奥に隠れるか引っ越すかしとけ、って忠告にしに来た」 すると元からハの字に下がり気味だった玄弥の眉がさらに下がる。 「最初に言っただろ? 俺人が来なくて水があるとこにしか棲めねえんだよ……ここを離れたら干からびちまう」 「そうは言ってもよォ……」 ここらはこの山以外きれいに平たく、水があって平たいところには人が好んで住み着く。牛鬼が棲める場所というのは案外狭い。 実弥がどこかに連れて行こうにも、鼬と牛では重量が違いすぎて運べそうにない。だから実弥はずっとこの淀んだ場所に居られる方法はないかと探しまわっていた。どうせ聞きまわるなら、先に人除けのまじないでも張る方法を先に聞いておけばよかった。 どうしようもできずに考え込んでいると、大人数の人間がこちらに近づいてくる気配がした。 「クソッ、本当に来やがった……!!」 |