刀剣乱舞 たぬさにたぬ

※ 創作男審神者注意
※ 『満月の夜』の後日譚です(『噛み癖』との前後関係はありません)





遠征を終えて報告しに審神者の部屋に向かった同田貫は、そこに部屋の主がいないことに気付いた。
外出するという書置きもないということは本丸のどこかにいるはずだ。しかし、ここに来るまでに馬小屋や道場にも立ち寄ったが、彼の姿は見つからなかった。
あとは心当たりがあるとすれば鍛刀部屋か厨だが、そこまで探しに行くのも億劫だ。ここで待っていればそのうち帰ってくるだろうが、面倒なことはさっさと済ませておきたい気持ちもある。
「……ったく、どこほっつき歩いてんだか」
そう独り言をもらすと、少ししてから隣の部屋で何かが動く気配と物音がした。
かなりの間空き部屋だったその部屋は、数日前太刀棟から越してきた同田貫の居室になっている。同田貫自身が今そこに居ないということは、闖入者がそこにいるということだ。
もしやと思い自室の部屋の障子を開ければ、はたして目的の人物はそこにいた。

二つにたたんだ座布団を枕にし、同田貫の戦羽織を掛け布団のようにして、細い長身をゆるく丸めるようにして彼はそこに寝転がっていた。
枕元に転がっていた眼鏡を机の上に避難させ、同田貫はその場所にどかりと腰を下ろす。
「こんなとこで、何やってんだ」
呆れたようにそう問えば、ごろりと寝返りをうって眠たげな目をこちらに寄越して、おかえりー、と答えになってない声が返ってきた。
「ああ、帰ったぞ。――眠いなら布団使えよ。風邪ひくだろうが」
掛布団代わりにしている羽織はもともとそこまで長いものではない上に、顔の半分まで引き上げているために足がまるまる出ていて、見るからに寒々しい。
「最初はそうしてたんだけど、なんか上手く眠れなくてさー、正国の匂い感じてたら眠れるかと思って」
何故そんな発想に至ったのかとつっこみたい気持ちはこらえて、頭痛がしたような心持になって眉間に手を当てる。この男が理解不能な行動を起こすのは今に始まったことではない。
「でも駄目だった。部屋も服もお前の匂いしないもん」
「そりゃあそうだ。俺ァこっちに越したばっかだし、洗ったあとの服が臭ったらおかしいだろ」
「そうなんだけどさー」
言いながら彼は座布団をわきに除けて、ずりずりと匍匐前進で同田貫に近づき、胡坐をかいた腿に頭を乗せた。
「おいっ、汚れるぞ」
「これでいい。いや、これが、いい」
膝枕だけじゃ足りないのか、そのまま更にずり上がり頭を同田貫の腹にぐりぐり押しあてた。腕はがっちり腰に回っていて逃がすつもりはないと言わんばかりだった。
本人がいいというなら、と引きはがそうとするのは止め、されるがままになってみる。この構図は何かに似ているなと同田貫は思い、すぐにその既視感に思い当たった。
非番の日などに庭をうろついていると、甘えたがる虎達に膝を占拠されて身動きがとれなくなっている五虎退をよく見かける。今のこれはその構図にかなり近い。
かつてあの虎達に迂闊に手を伸ばして噛まれ軽傷にさせられたことがあったが、この男にそこまでの攻撃力があるとは思えない。だったらさながら猫、だろうか。自分の身の丈よりもでかい猫なんていてたまるかとは思うけど、肉食獣の牙を持っているようにも見えない。
でかい猫だと思ってしまえばこの行動もどこか愛嬌があるように思えて、五虎退が虎にやっていたようにその頭を撫でてみれば、満足気な声が漏れ聞こえる。
思いの外指通りのいい髪を気が済むまでわしゃわしゃとやってから、なんとなくあごの下をくすぐると、さすがにそれはくすぐったいとむずがるように逃げられた。その様子さえ気まぐれな猫のようで、今度こそ思ったことが口からぽろりとこぼれた。
「……かわいいな」
直後妙な間がその場に落ちて、同田貫はすこしまずかったかと少々後悔した。いくらなんでも、若いとはいえ成人した男に対して可愛いはないだろう。でも言ってしまったのはしょうがない。思ったことをぽろっと言ってしまうようになったのはこの男に似てきたからという気がしている。
しかし彼から返ってきた台詞は思いがけないものだった。
「お前まで、可愛いとか言うのかよ」
少しばかり拗ねたような口調だったからやはりその評価は不満であったようだが、それよりも驚くべき事実をさらりと明かされたことに同田貫の意識は向かっていた。
彼を可愛いと評する第三者がどこかにいる。
それは、自分以外の誰かにまでこんな無防備な姿を見せているということだろうか。
そう考えた瞬間、胸に黒い感情が一瞬にして湧き上がるのを感じる。彼がどこでどんな風に振る舞おうと彼の勝手だ。だが、その「可愛い」姿を見た他人の記憶を消して回りたい衝動にかられた。
ただ、その執着を口に出すのはあまりにもみっともないような気がして、口はつぐんだまま眉根をぐっと寄せて感情の発露をこらえるだけにとどめた。
しかし妙に敏いところのある彼は、同田貫の機嫌が急降下したことに気付いたようだった。同田貫の膝を枕にしたままごろりと寝返ってその顔を見上げる。
「正国、どうかしたか」
「……どうもしてねーよ」
「どうもしてねーって顔じゃねーじゃん」
「うっせ、見んな」
まっすぐ見上げてくる視線が痛くてその眼を手で被う。
抵抗されて覆った手をはがされるかと思ったが、眠かったからかその力は弱く、「あっ、寝そう」と小さくつぶやくのが聞こえた数秒後、膝に乗った頭の重みがかくんと増した。

審神者が寝入ったのを確認してから、同田貫はふうと息をつく。
さきほどは、ともすれば何かに八つ当たりしたくなるような激情にかられたが、よく考えればこの男が誰かの膝に懐いてあまつさえそのまま寝るような相手がほかにいるはずもない。いないと信じたい。
遠征の疲れと膝の上に乗った体温に誘われて、ふありとあくびが出た。今更のようにここに来た用事を思い出したが、なんだかもう面倒くさくなってしまった。
面倒事を後回しにするのは性分ではないが、この体温も手放しがたくて、膝の上の男を追うようにして瞳を閉じ、彼が目覚めるのを待つことにした。






ネタ元氏がたぬきの羽織にくるまりたいとか膝枕してもらいたいとか言ってたので。
くっそ甘い…