刀剣乱舞 ぬしこぎ ※ 創作男審神者注意 ※ 一期一振だけが女性として召還された本丸(『二振り目の一期一振の憂鬱』参照) ※ ただし彼女に恋愛感情はありません ※ ぬしこぎが既に成立している設定です 審神者の部屋で彼女が調べものをしていると、足音が近づくのが聞こえ、それが部屋の前で止まったことに気づいた。 「ぬしさま、失礼します」 そう聞こえるや否や、彼は今いないと応える間もなく障子が開けられる。すると予想通り、小狐丸が跪座をしてそこにいた。 「おや、『二振』殿。ぬしさまはどちらへ?」 「今丁度席を外されています」 「さようですか」 そう言ったきり小狐丸は黙り、跪座のまま身ひとつ分だけ部屋に入って、柘榴色の瞳で彼女を上から下まで怪訝な眼差しで見つめた。敵意ともとれるその眼差しに晒されると、何も悪いことなどしていないのに逃げ出したくなるような衝動にかられる。 先ほどの呼び方にしたってそうだ。『二振』というのは彼女の呼び名のひとつだが、『いちねえ』と呼ばれることの方が圧倒的に多い。ましてや小狐丸は仲間に対してとても友好的に接するのに、彼女に対してだけは何歩も距離をおいた振る舞いをして、時折睨むようにじろりと見つめるのだ。 自分が何をしたのだか全く心当たりはないが、何か彼の心証を悪くするような何かがあったのは容易に想像できた。 そんな相手と部屋に二人きりというのはなんとも居心地が悪く、重い沈黙は耐え難かった。 「何か」 主殿に御用でしょうか、と続ける前に小狐丸に遮られる。 「その機械、ぬしさまの仕事道具のはず。何故貴女が使っているのです」 その機械、というのはパソコンのことだ。戦に出ることのない彼女は暇をもて余すことがあり、近侍としての仕事がもっとできるようにとパソコンの使い方を審神者から教わっていた。 「少し、私用の調べものを」 「調べもの」 「え、ええ」 今探していたものを小狐丸に明かすのは少し躊躇われたのだが、柘榴色の瞳が続きを促していた。 「毛染めの薬を探していたのです」 「は?」 小狐丸の目がくるりと丸くなり、表情が少しあどけなくなる。髪(彼は毛並と言うが)の話になると興味をひかれるようだ。ずいっとこちらに近寄って続きを促すような視線を向けてくる。 彼女はもうこのまま全部喋ってもいいかと、諦観の念でもって全て話すことにした。 「主殿が白い髪色の者を特に好まれていることはご存知ですよね?」 「それは、勿論。この小狐丸もその一人」 「なので私も髪色を変えたら、戦に出してもらえるのでは、ないかと……」 言っているうちに、己の浅慮が恥ずかしくなって、彼女はすっかり俯いてしまった。 そこから暫しの沈黙が落ち、彼女の姿勢の傾斜はどんどん深くなっていく。それを止めようとしたのか否か、先に沈黙を破ったのは小狐丸の方だった。 「貴女は、ぬしさまの側仕えという今の立場を捨て、戦に出たいと、そう思っているのですか」 小狐丸のその言葉に彼女は顔をあげ、やや困惑した表情で首を傾げた。 「刀剣の付喪神としてここに呼ばれたからには、戦で武功を立てたいと思うのが普通、ですよね?」 存在自体がイレギュラーな彼女は「普通」に自信が持てないところが少々ある。 所在なさげなその表情に小狐はぽかんとし、数瞬後毒気を抜かれたようにふっと笑った。 「何かおかしかったでしょうか」 「いえ、なにも。私は少々貴女を誤解していたようです」 「誤解?」 「詳しくは聞いてくださいますな。小狐の恥ずかしい思い込みなので」 「はぁ……」 「戦の件については私からもぬしさまに進言しておきましょう。だから髪色を変えるなんておっしゃいますな。『いちねえ』殿には今の空色の髪が一番よくお似合いだ」 言って小狐丸は彼女の髪を一房手にとり、さらさらとこぼした。手触りが気に入ったのか、良い毛並みじゃなどと呟きながら満足そうな笑顔まで見せられたものだから、先刻までの悪意と今の好意の温度差に彼女は狼狽えてしまった。 そこに、たたたっと軽い足音が聞こえ、障子の向こうから蛍丸が顔をのぞかせた。 「いちねえ――あ、やっぱここだった。あれ、小狐丸もいるじゃん。いちねえ、いじめられてない?大丈夫?」 「な、私がいじめるなど!」 いじめられてなどないですよ、と言う前に、蛍丸が驚くべき発言を投下した。 「ほんとにいじめてないって言いきれる?だって小狐丸、いちねえにすっごい嫉妬してたじゃん」 「あっこら!!言うでない!」 「嫉妬、ですか……?」 小狐丸が慌てて制止するのを気にしないどころか、少し面白そうに笑んだ蛍丸は、小狐丸が意図的に言わなかった事実をあっさりと明かす。 「こいつね、『ぬしさま』の一番じゃないと嫌なんだってさ。俺が前近侍ずっとやってたときあったんだけど、そのときも小狐丸にすっごく嫉妬されてつっかかられたんだよね。だからいちねえにも同じことしてるんじゃないかなって。ね?」 さいごの一語だけ小狐丸に向けて問いかければ、彼はそっぽを向いたまま沈黙を返した。その頬はほんのり赤く染まっていて、暗に肯定しているのだと分かる。 ずっと少し怖く思っていた小狐丸の存外可愛らしいそのさまに、彼女はこらえきれず笑ってしまった。 「ふ、ふふ、そうでしたか」 「……」 「心配なさらなくとも、主殿をあなたからとろうなんて思ってませんよ」 「わ、分かっております!」 そこでふと、蛍丸がはっとしたように彼女の方を見た。 「あっそうだ、小狐丸はどうでもいいんだよ。俺、いちねえ探しに来たんだ」 「おや、私になにかご用ですか?」 「広間の方で乱たちが呼んでる。さっきの遠征の帰りに髪飾りいっぱい買い込んで、いちねえに一番似合うやつがどれだか決めたいんだって」 「あっ…!もう弟たちが帰ってきてたんですね。出迎えようと思っていたのに膝枕の件ですっかり忘れておりました。わざわざありがとうございます、蛍丸殿」 「「膝枕?」」 蛍丸と小狐丸が異口同音に復唱する。蛍丸の方はなになに?と言いたげな視線を向けてきたが、小狐丸の瞳がにわかにすっと冷えたのを彼女は確かに見た。その剣呑な光にせっつかれ、おずおずとさっきまでのできごとを説明する。 □ □ □ それはちょうど休憩時間にさしかかった頃だった。 もうそろそろ弟たちが遠征から帰ってくるということで、審神者の部屋から離れ出迎えにいこうと立ち上がりかけたとき、彼女は審神者に呼び止められた。 「いちねえ」 「はい、なんでしょう」 「膝枕してくれない?」 「膝枕…ですか…」 「そんな長い時間じゃなくていいよ。20分…いや、15分でいいから。俺そろそろ癒しが欲しい!おねがい!」 両手を合わせて懇願されてしまい、彼女は逡巡した。遠征部隊を出迎えなければいけない訳ではないが、そうすると弟たちは喜ぶのを知っている。しかし、審神者にお願いされてしまっては断りづらい。 しばし迷った結果、後者に傾くことにした。 「…わかりました。15分でいいんですね?」 「やったぁ!ありがとう、いちねえ!」 露骨に喜ぶ主の態度にひとつ苦笑して、彼女は机から離れ人が寝転がれるだけのスペースがある場所まで移動し、正座した。 「どうぞ?」 「へへへ、いちねえは優しいなあ!じゃ、お借りしまーす」 にこにこの笑顔でその膝に頭を乗せた彼は、調子に乗ってその腿をさわさわとひとつふたつ撫でてから瞳を閉じた。 たった15分のことだが、何もすることもなくひたすらじっと黙っていると、どうしても最近思い悩んでいることを考えてしまう。そのせいで彼女は出迎えのことをすっかり忘れてしまったのだった。 □ □ □ 「――ということがありまして…」 「あの人の唐突なワガママにも困ったもんだよね」 「ほう、そんなことが」 呆れたような表情の蛍丸に対して、小狐丸の表情は一段と厳しくなっている。 「もしかして、私はなにかまずいことをしてしまいましたか……?」 「いえ、いちねえ殿は何も。ただし、ぬしさまにはよぉーく言って聞かせねばなりませんな」 小狐丸はにこりと笑いかけるが、目元の険しさがとれていない。蛍丸は、あーあ、と気の抜けた声を漏らした。 「ここに雷が落ちるから、早くいこう」 「雷?」 「そう。危ないよ」 そう言って蛍丸は彼女の手を引く。開いた障子から外を窺い見るが、空はからりと晴れ渡っていて雷どころが雨が降る気配すらない。 丁度そのとき、昼寝の後に顔をすすぎに行っていた審神者が部屋に戻ってきた。 「あれ、蛍に小狐?どうした、なんか俺に用事?」 「……俺はいちねえ呼びに来ただけ。連れてっていい?」 「良いよ。いっておいで」 「は、はい」 「で、小狐は?」 「…………ぬしさまに、お話ししたきことが」 小狐丸が口を開いて、ようやく審神者は何か様子がおかしいことに気づいた。 「え、ちょ、何かあった?って言うか何かしたっけ、俺」 「はい」 迷い無い即答に、一瞬空気が固まる。 自分の発言がきっかけでこうなったという自覚のある彼女はおろおろとしていたが、手を引く蛍丸に急かされてそこから退室した。 部屋に残してきた二人のことが気にかかって、後ろをちらちら見ていると、蛍丸がひとつため息をついて口を開いた。 「何度も言うけど、いちねえのせいじゃないからね。あのひとがすぐあちこちふらふらするのと、小狐丸がいちいちそれを気にするのが、ぜーんぶ悪い」 「しかし、今のことでお二人の仲が悪くなってしまったら……」 「ははっ、そんなの絶対ならないよ。だって――」 審神者の部屋から退室して少ししたそのとき、本丸中をびりびり震わせるような小狐丸の怒声が響き渡った。それは初めて聞く彼女ですら、なるほどこれは雷だと認識するには十分な迫力で、なのにはっきり聞こえたその内容があまりにもかわいらしいものだったことに、一瞬呆けた。 そしてそのすぐ後、内容は聞き取れないもののわたわたと謝るような声が聞こえた。声色から察するに、こちらは審神者のものだろう。 もしかすると、これは犬も食わないという類のものではないだろうか。ほどなくしてその考えに思い至った彼女は、心配していたのが馬鹿らしくなってしまって、思わず笑い声をこぼした。 「ね?言ったでしょ」 「ふ、ふふふ。心配して損しました」 「だからあんなの放っといて早く行こ。いっぱい髪飾り用意して待ってるからさ。俺も選ぶの手伝ったんだ」 「それはそれは、ありがとうございます」 「へへっ、選んだやつ、似合うといいな」 言いながら早足で去る二人の背後では、まだまだ雷の鳴り止む気配は訪れなかった。 元ネタくれた審神者のとこでは小狐丸は嫉妬しいのラムちゃんだそうなので。 |