刀剣乱舞 大典太+前田
『鳥止まらずの太刀の憂鬱』




無事審神者に外出の許可をとった二人は、万屋のある通りに来ていた。
前田の右手には審神者から「ついでに買ってきて」と頼まれたおつかいメモを2枚持ち、左手には大典太の右手をつかんでいる。傍目には保護者と子供だが立場的には逆が近い。大人の姿をした大典太はここに来るのが初めてで、子供の姿をした前田が道案内をしている形なので。
その大通りをしばらく歩いて、先導していた前田がある建物の前で止まる。
「ここです。この一帯で一番品揃えのいい本屋さんですよ。複合施設じゃなくて、フロア全部が本屋さんなんです」
「ここが」
和風の建物が多い中でひときわ目立つそれを大典太はふりあおぐ。5階以上はあるだろうこの建物全部に本が詰まっているかと思うと気が遠くなった。
「どこにどんな本があるかは案内看板や地図を見れば分かると思います。店員さん――青いエプロンをしてる人に聞いてみるというのも手ですよ。買うかどうか迷ったら立ち読みをして中身を確認した方がいいですけど、カバーや紐がかかってるものは開けちゃだめです。あと、本を買うときはその本があった階でお会計してくださいね」
ぱぱぱっと前田が注意点を述べると大典太は目を白黒させた。
「ちょっと待て。一緒に入るんじゃないのか」
「そうしたいのは山々なんですが……」
前田はすまなさそうな顔をしながら手元の紙を見せる。
「閉店時間が近い店の買い物を主君に頼まれてしまっていて、そっちに行かなきゃいけないんです。早く終わったらこっちで大典太さんを探して合流しますよ」
「そうか」
「一応、待ち合わせも決めておきますか。そうですね……2時間後にここ、本屋の入口で、でどうでしょう」
「それで構わない」
頷いた拍子に大典太の胸元でちりんと音が鳴る。鈴がついたポップなピンク色のがま口財布が紐で首からぶら下がってそこに鎮座していた。財布を持っていない大典太のために審神者が貸したものだ。他にちょうどいいのがなかったからしょうがないのだが、それにしたってこれはない、と前田は思う。大典太のアンニュイな佇まいにその女児じみた財布は余りにも不似合いだった。本人は全く気にしていないが。
逆に言えば、刀剣男士も多く来るこの場所ではうちの本丸の大典太だと分かる良い目印だ、と思い直して前田はひとつ頷き、ついでにと2枚あったメモの片方を大典太に渡す。
「買うもののいくつかは本なので、これも探しておいてくれますか?」
「わかった」
「それでは、また2時間後に」
「…………ああ、また」
前田の方を不安げな眼差しでたっぷり見つめたあと、大典太は本屋の扉の奥に消えた。
それを見送って、前田はうーんと唸る。見送る側・見送られる側の不安感、手書きの買い物メモ、そしてピンクのがま口財布。どうにも『はじめてのおつかい』というフレーズが頭をちらついて仕方がなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


自動ドアをくぐると、そこには数多の本と客があった。しばらく圧倒されたあと、入口近くにあるフロア案内と地図を見る。ありきたりな各種雑誌から小説、漫画、ホビー書籍から、図鑑や専門書、更には海外書籍まで色々とあるようだ。審神者や刀剣男士が訪れる場所だからか、兵法書や茶道華道などの指南書が多いように見受けられる。
大典太は地図は読める方なので、案内看板の情報だけでどこに何があるかは把握できた。
「そうだ、先に頼まれごとを済ませておくか」
前田に渡されたメモを見、首を傾げた。
「……ん?なんだこれは」
文字が読めないわけでもない。単語の意味が分からないわけでもない。手持ちの金が足りないわけでもない。きちんと書籍名と何巻が書いてある。だが、それがどんな本なのかさっぱりわからなかった。雑誌なのか小説なのか漫画なのか専門書籍なのか、全く。
これだけ数多の本の中でこれを探せ、と。
そう思うと目まいがする思いだった。


「心配、しすぎでしょうか」
ひとり呟きながら前田は大通りをやや駆け足で歩く。審神者が気に入っている茶菓子を売っている店は閉店時間が早いため、真っ先に買わなければいけない。大典太の行動を見守っている時間はなかった。
幸い目的の和菓子はは閉店時間直前でも売り切れることなく手に入れることができた。
「あとは、本は任せたとして、富士札と鳩と酒と――」
メモ帳を確認していると、後ろの方でからんからんと鐘が鳴る音が聞こえた。
「タイムセール、タイムセールです!今ならほぼ全品半額!今より2時間限定タイムセール、お買い得ですどうぞお越しくださいませーーー!!」
客寄せの口上が拡声器であたりに響き渡る。その方を見るが、メモにある品物のある店ではなさそうだった。
「僕には関係なさそうですね―――うわっぷ」
しかし興味ないのは前田だけだったようで、人波がざっとそちらに押し寄せる。半額だってよ、2時間だって早く、おいはぐれるなよ、お一人様いくつまでとかあるかな、という声がざわざわと聞こえるその波に、小柄な前田は一気に飲み込まれてしまった。
「ちょっと、通してください、僕はこっちには」
そう言えども半額の目がくらんだ人々には聞こえるはずもなく、そのまま前田は人波に飲み込まれたまま進行方向とは逆方向に流されてしまった。



きちんと注意事項を教えてくれた前田に大典太は心から感謝していた。この本の海の中で特定の本をひとりで探すなど、待ち合わせ時間までには到底できそうになかった。
聞いていた通りに青いエプロンをしている人に話しかけることで(忙しそうな彼らの邪魔をするようで気が引けてたっぷり20分も声をかけるのをためらっていたのは別の話だ)、案内してもらった先であっさりと目的の書籍をみつけることができた。
メモにあったタイトルの本を手に取り会計をし、店舗特典なるものもきちんと手に入れて、やっと大典太はほっと息をつく。
「さて、俺はどんな本を探せばいいんだ?」
霊力に関する内容というとどんな本だろうか。薬研が薬を作ってくれると言っていたから、それの助けになるような専門書が良いのだろうか。しかしもう持っているのかもしれないし。
そんなことを考えながら図鑑エリアをなんとなしにぶらつく。
そしてふと一点に目がひきつけられ、大典太は足を止めた。



「やっと出られました……」
人の波に逆らいながら店を出るだけで相当な体力を消耗し、前田は大きく息をつく。偶々その店にも目的の酒があったからそれだけは良かったが、かかった時間とまだ買い物が残ってると思うと気が重い。
「ここから近いというと、富士札の方ですか」
現在地から該当の店までのルートを頭に描きながら、足を進めると。
からんからんからん!
「今よりタイムセールを開始します!200名様限定!7割引きでのご提供!どうぞお立ち寄りくださいませーーーー!!」
途端にあふれる人の波に飲まれ、前田は進行方向と逆方向に流された。

というのをあと2回繰り返した。



立ち読みに耽っていてふと視線を上げると、店内にある時計が前田との約束のある「2時間後」が迫っていることに気付いた。
あわてて大典太は持っていた本を裏返し、手持ちの金で買えるかどうかを確認する。がま口の中にたっぷり札束は詰めていたので予算をオーバーすることなどなく、さっさと会計を済ませて待ち合わせ場所の本屋入口へと向かった。

結局前田と合流することはできなかったな、と思いながら待ち合わせ場所に立つ。
あれだけ広い本屋だからきっと特定のひとりを見つけ出すのも一苦労なのかもしれない、と思うと待ち合わせ場所を決めておいた前田の英断に感銘を受けた。同じ建物に居ても人がみつけられないなど、蔵暮らしの長かった大典太には想像もつかなかった。
大通りの中の丁度本屋の前にある時計を見る。カチカチカチと針が進んでいき、指定された時刻を指す。が、前田はまだここには来ない。
時間を間違えたかと思って確認したが確かに件の「2時間後」であることは間違いなく、本屋の入口なるものもこの1カ所しかない。
審神者から渡されていたもう一枚のメモは見せてもらってないが、依頼された買い物が多くて時間内に済まなかったのかもしれない、と思い大典太は待つことにした。



むぎゅうと人波に飲まれながら、前田は「これは時間内に待ち合わせ場所にいけそうもないな」と早々に分かっていた。
そしてポケットから連絡端末をとりだし、大典太に連絡しようとして、はたと止まった。前田は大典太の連絡先を知らなかったのだ。
人間でも霊感のある人は傍に置いた電子機器が壊れやすくなることがあるという。霊刀である大典太も例外ではなく、彼に連絡端末を持たせても無意識下の霊力によるノイズが発生して、通話が出来ない状態になるのだ。(石切丸や太郎太刀も同様である。が、ソハヤや青江はそうではないので、電子機器の判定はいまだに闇に包まれている)
そんなことがあって大典太が端末を持っていないことを思い出した前田はさっと青ざめる。そして買い物を終わらせるまでに何か問題をおこしていませんように、と心から願った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


道行く人の視線が自分の方を向いてはさっと逸らされ足早に過ぎ去っていく、というのに気づくのにそう時間はかからなかった。
本丸の面々にもよく「顔が怖い」とか「目つきが悪い」とか「もう少し愛想よくならないか」と言われることがあるので、もしかしたらそのせいかもしれないと思い、せめて罪もない人々を睨まないようにと目をつむる。そのまま壁に背をもたれさせて、腕を組んでできるだけ道行く人の邪魔にならないようにすれば、こちらに向く視線は大分減った。
人々の視線の原因が強烈な違和感を発するピンクのがま口だったことにも、腕を組んだことによってそれが隠れて人目をひかなくなったことにも、勿論大典太は気付かなかった。

そうしたままじっと立つ。目をつむっているためどれだけ時間が経っているかは分からないが、長い間蔵の中で暮らしていたためか待つのは別に苦ではない。しかし前田が何か大きなトラブルに巻き込まれているのではないかと心配にはなった。

ふと、足元を小突く何かがあるのに気づいた。
何事かと薄く目を開いて見下ろすと、見たことのない何かが大典太のブーツをつついていた。
「!?」
見た目は鳥、だろうか。くちばしがあって羽根らしきものもあるが、まるまるとしていて飛べそうにはない。体型は雀に近いが、もっと大きいし白くて隈取があるあたり、少なくとも自然界の鳥ではないだろう。鈴がついているということが誰かに飼われているのだろうか。
「なんだお前は。どこから来た」
話しかけてみたが、当然返事は帰ってこない。かがんで視線を近づけてみても逃げる様子がなかったので、ついでに触れてみる。するとその鳥らしき何かは頭を押し付けて目を細めくるくると喉を鳴らすように鳴いた。
予想外の反応にしばらく固まっていると、ずっと待っていた声が聞こえた。
「見つけた!こんなところに……。あああ、大典太さん!お待たせして申し訳ありません!」
息を切らして走ってきた前田は重そうな瓶と紙袋を抱え、空の鳥籠を提げていた。この白い鳥っぽい何かはその鳥籠から逃げ出したものらしい。
「いや、気にしなくていい。前田こそ、何かに巻き込まれたりしてなかったか」
「ええっと、まあ、一応大丈夫です。いい本は見つかりましたか?」
「興味深いものならあった。霊力とかの参考になるものはなかったが……」
「気に入ったものが見つけられたのなら良かったです。あ、頼んだ本の確認だけ今してもいいですか」
「ああ」
大典太から袋とメモを受け取って本のタイトルと巻数を確認する。どちらも間違えることなくあって一安心し、メモになかったひとつの本を袋の中に見つけた。
(『野鳥観察ハンドブック』ですか。いつか写真越しじゃなく自分の目で見られるようになるといいですね)
前田はそっと微笑んで、本を袋に戻して大典太に渡す。
「そういえばこの白いのは何だ?」
「それはですね、修行呼び戻し鳩です」
「鳩?やはり鳥なのか」
「どちらかといえば道具に近いですね。遠征呼び戻し鳩、見たことありませんか?あれの仲間です」
「ああ、あれか。そういえば遠征の方の鳩も報酬とやらでちらっと見たきり本丸で見かけないな」
「いつもは蔵にしまってあるからですね」
「蔵!?」
「はい。弁当とか団子とか、あと最近ですと余った楽器なんかをしまってあるあの蔵です」
「あれか。そういえば入ったことはないな」
「本丸に戻ったらこの鳩もしまいに行くので、一緒に行きますか?」
「そうだな。道具のひとつとはいえ、自分から俺に近づいてきた鳥は初めてだ。――いや、手入れが先か」
そう言って大典太は前田の脚に視線を向ける。血は止まってはいるが痛々しい擦り傷が膝にあった。
「ばれちゃいましたか。途中でちょっと転んじゃいまして……おはずかしい」
「痛くはないか」
「大丈夫ですよ。戦場ではこれくらい軽傷にすら入りません」
「ここは戦場じゃないぞ……。では荷物くらいは俺が持とう」
「ふふ、そうですね。じゃあお願いしちゃいます」
渡された酒瓶を脇に抱え、同じ手に本の入った紙袋を持つ。空いたもう片方の手を差し出せば、前田はちょっと驚いてから空いた手を差し出した。その手をきゅっとつかんで、二人は歩き出す。
「前田」
「はい」
「次も一緒に来てくれるか。やはり本屋は広すぎて、一人じゃよくわからなかった」
「じゃあ次は頼まれごとのないときに来ましょう。あと、お財布も買いましょうね」
「そういえばこれは借り物だったな」
ぽつぽつと会話する二人の位置は、来た時とは違いきちんと隣同士だった。






でんちゃんの初めてのおつかい話見たいと言われたのでしれっと続いた話。この二人がなかよくしてる構図が好きです。
腐ったものを作ってるのと同じラインで制作してますが腐ってるつもりはありません。……ありませんったら。