刀剣乱舞 歌仙他7名

『皐月の晦日に』の1年後





満を持して、といった気持ちで歌仙は日めくりカレンダーを一枚ぺらりとめくる。めくった下にはぐるりと花丸が打ってあって、歌仙はひとつ確認するようにうなずいた。
去年の失態を反省しこの部屋には月めくりのカレンダーもあるのだが、やはり毎日決まった何かをするのは良い習慣だと思っているのでこの部屋には日めくりもまだ現役だ。
この大きく丸をうった日は本丸全員で宴を催すと決めているし、その準備も万端だ。同じ失敗を再びするのは雅じゃない、というのは歌仙の持論である。
手帳を見ながらあれこれと漏れがないことを確認してから、歌仙は近侍部屋の文机の前に腰を下ろした。
審神者の誕生日であるとはいえ、盆や正月でもない平日だ。今日もいつも通りの一日が始まる。



近侍部屋に最初に訪れたのは蜻蛉切だった。
合図してから障子をするりと開けて、片膝を折って座り歌仙に報告する。
「出陣隊全員集合いたしました。これより江戸享保に出陣いたします」
「うん、了解したよ。武運を」
ぺこりと頭を下げてから蜻蛉切は部屋の一点に目を止める。歌仙が先ほどめくった日めくりカレンダーだ。
「そういえば今晩は宴でしたな」
「ああ、そうだね。せっかくなんだから今日はみんな休みにしてしまえばいいのに、と僕は思うけど、日課分くらいの出陣くらいはしておくべきだって主は考えてるみたいでね」
「成程。ならば日課分をさっさと済ませて、宴までには是が非とも帰ってこなければなりませんな」
華やかな席に一片の興味のなさそうな顔をした武人が真面目な顔でそういうものだから、歌仙はくすくすと笑って頷いた。
「敵の殲滅も勿論重要事項だけど、できればこちらを優先で頼むよ」
「承知いたしました」
もうひとつぺこりと礼をした蜻蛉切の口元も少し笑っていた。



手元にある書類をぱらりと捲ると、それは少し前に本丸内で議論が起こりつつも結論が後回しになっていた案件の議事録が目に入った。戦局を左右するような内容ではないが、審神者か本丸の皆の意見は仰いだ方がいい案件だ。歌仙はむうっと唸りながらそれを脇に置き、次の書類を手にとった。
すると、本日二度目のノックの音が鳴った。
どうぞ、と言えば無言で障子が開き、さっと無言で書類を渡された。棚卸を頼んでいた大倶利伽羅だ。
一人が好きだという彼には一人でする作業を渡すと文句なく効率的に仕事を進めてくれる、ということを知ったのは案外最近だ。というのも、「慣れあうつもりはない」「勝手にしろ」「放っておいてくれ」のたった三語しか言わない彼の意図を燭台切が通訳できるということが判明したのが、ついこの間だったので。
通訳いわく、彼は戦う方が好きだけど黙々と人気のない場所でこなす仕事も嫌いじゃないらしい。ならばと最近は、蔵の管理状況は初期メンバーである大倶利伽羅に任せている。
「計算お疲れ様。特に異変はなかったかい」
そう問えば、いつもはひとつこくりと頷いてさっさと立ち去るのだが、今回は眉間の皺をひとつ深くして歌仙の持った書類をぺらぺらとまくった。
「な、なんだい」
ひとつの項目を大倶利伽羅が指差す。
「資材も小判も問題ない。が、笛の数が明らかにおかしい」
なるほど言われてみれば、先日の里以来、楽器と楽譜を交換した記憶はないのに笛だけごっそりと消えている。本丸の運営に明確に影響するものではないし余っているほどのものとはいえ、これは不可思議な現象である。
「笛の行き場、探さないといけないね。聞き込みをしなければ」
そう言えば、他人を関わるのを嫌う大倶利伽羅の眉間の皺が一層深くなった。

こういった失くし物や探し物のときは、粟田口に聞くのが一番手っ取り早い。
そもそもの人数が多いため集まる情報が多く、かつ兄弟間でも会話のやりとりをするため何かの在りかを訊けば兄弟のだれかがその話をしていた、という答えが返ってくるのだ。
そんな訳で渋る大倶利伽羅を引き連れて近侍部屋を出れば、丁度こちらに向かっていた前田と行きあった。
「あ、歌仙さん、さっき獅子王さんが夕方買いだしに出かけるから、なにかついでに買うものがあれば教えてほしいって言ってました」
「そうかい、伝言ありがとう、あとで何か探しておくよ。こちらからも聞きたいことがあってね」
「はい、なんでしょう」
「秘宝の里で集めた笛の在庫が大量になくなっているのだけど、行方を知らないかい」
「えっ……鯰尾兄さんから聞いてませんか?」
「鯰尾?特に何も聞いてないけども」
数日の記憶をさらってみたが彼から何か報告を聞いた覚えは歌仙にはなかった。
「え、ええっと……そうですか……。歌仙さんたちの探しているものはこちらで使っていると思いますので、確認お願いします」
露骨に苦笑といった風の前田に、粟田口の合奏会でもやっているのかと思いながら後をついていけば、足取りは短刀棟からどんどん遠ざかっていった。
「ほ、本当にこっちにあるのかい?」
「ええ。畑でお借りしてますので」
「畑!?」
歌仙の鬼門ともいえるそこに辿り着いてしまえば、たしかに探し求めていたものはそこにあった。ざくざくとプランターに刺さった状態で。
そしてそれをにこにことしゃがんで眺めている鯰尾も。
「こ、これはなんだい……?」
若干青ざめて歌仙が問えば、鯰尾はマイペースにこちらを見、あれ言ってませんでしたっけ、と言いながら立ち上がった。
「今年の春、グリーンカーテンを本丸に設置しようという話が出てましたよね。あれ、結局どこに設置するか決まらなかったじゃないですか」
「ああ、そうだったね」
先ほど歌仙が先送りにした書類もその件のことである。
短刀たちがそれを作ろうと言い出した件に関しては満場一致で可が出たのだが、それをどこに設置するのかで揉めていたのだ。短刀たちが言い出して育てるのなら短刀棟に置くべきだと言うものもあれば、この本丸で一番大事な場所である審神者の部屋に設置するべきだという意見もあり、人が一番集まるのは大広間なのだからそこにするべきだという意見もあった。
結局決着がつかなかったのだが。
「でも結論を待つのを待っていたら種を植える時期を過ぎちゃうじゃないですか。
で、プランター買って植えて、ひとまず日当りのいいここに置いてたら、そりゃあもうすくすく育って、支柱が要るようになったんですよ」
本来ならグリーンカーテンには支柱は必要ない。荒い網の壁が支柱になるからだ。だがそれが決まってないツル性植物は、支柱が無ければ上ではなく地面に伸びていく。
「土に根を張られちゃ困るなって思って、丁度棒状のが蔵に余ってたしいいかなって。歌仙さんに言ってたつもりだったんですけど、忘れちゃってたみたいですね、あはは」
あと雅じゃないって言われたら面倒だなって、というもそもそした独り言をしっかり聞き届け、歌仙は鯰尾の後頭部をぽかりと殴った。(ぽかりなんていう擬音じゃすまなかったというのはその場にいた誰かの後の言である)
「大倶利伽羅、この刺さっている笛で、在庫の数は充分かい」
「……ああ」
ひとつ頷いて帳面にプランターに刺さっている笛の数を書きつけ歌仙に見せれば、計算ごとの得意でない彼にもきちんと分かるように正確に見やすく記されていた。
「うん、これで数は合うね。ありがとう大倶利伽羅。――さて、はあ……どこに設置するかはまた再考するとして、グリーンカーテン用の網を買わないと」



大倶利伽羅に仕事の完了を言い渡した後、受け取った書面をぺらぺらをまくりながら歌仙は近侍部屋に戻る。
その道すがら、歌仙を呼び止める声が聞こえた。
「すいません、ちょっと聞きたいのですが」
「どうにも今日はよく声をかけられるね……。なんだい、太郎太刀」
振り返れば、大柄な体をやや小さく丸めて言いづらそうに彼は言った。
「宴用の酒は充分用意していると聞いていたのですが、それはほんとうに『充分』なのでしょうか」
「ん?ううん……?どういうことかな。いつも宴で使う量に多少の色を付けた程度には備蓄しておいてあるよ」
その言葉を聞いて、太郎太刀はきゅっと眉を寄せる。
「先ほど遠征から帰って部屋に戻ると、次郎が『次郎用』と書かれた空の樽を脇に置いて酔いつぶれて寝ていたのですが……」
それを聞いて歌仙の喉がひゅっと鳴る。次郎用と書いた樽は勿論彼用に用意した酒であるが、宴で飲む為に用意されたものであってそれ以前に空にされたら、本丸2大酒飲みの一角である次郎太刀が宴で呑む分には足りなくなる。そして酔っ払いには「もう酒の備蓄がない」と言っても聞かないだろう。
「それは……非常にまずいね」
「なら今の内に次郎が呑んだ分の酒を買っておこうと思うのですが」
「ああ、君がそうしてくれるならありがたい。次郎太刀が寝てるなら財布から酒代をかっぱらって倉庫に足しておいてくれないか」
3割ほど冗談で言ったそれを、真に受けたのか知らないが太郎太刀は神妙に頷いた。
「分かりました。兄として私の財布からも出しておきましょう」
「君が責任取る必要はないのだけどね。ああそうだ、丁度獅子王がそろそろ買い出しに出掛けるからそれについていくといい。君はあまり街には詳しくないだろうし、案内してもらってくれ」
店に行くと目立つ上に鴨居によく頭をぶつける太郎太刀は基本的に本丸を出ないため、買い出しに不慣れだ。一緒についていく者が必要だろう。
そんな折、丁度良く獅子王が通りがかった。
「うん?俺の話か?」
「ああそうだ獅子王、買い物に出かけると聞いたから頼みたいことがいくつかあってね」
足りなくなった分の酒を買う太郎太刀の付き添いをすること、そしてグリーンカーテン用の網を買うことを伝え、獅子王がそれを手帳に書き留めるまでを確認した。
「この網ってのは大きさの指示はあるか?」
「ううむ、どこに設置するかまだきまってないからね……一番大きいものでいいんじゃないか。余ったら切ってしまえばいいんだし」
当然の結論、というように歌仙がそう言えば、獅子王はしばしぽかんとしたあと、くくっと笑った。
「どうかしたかい」
「いや、しっかりしたように見えて、そういうとこ変わんねえなあって思って。――いや悪い意味じゃなくてな?じゃ、他にないなら行ってくるぜ」
「……?今日は宴があるから夕飯までに帰ってこれるようにね。では、頼んだよ。」
「おう、任されたぜ!」
メモを片手にゲートへ向かう獅子王に、太郎太刀はおっかなびっくりそれについていくのを、歌仙は見送った。



「今日は随分と妙なことがいろいろあった……」
部屋に戻った歌仙は、やれやれと頭をゆるく振りながら腰を下ろす。
「グリーンカーテンのことは宴開始前に決をとるか。また意見が割れたら主と僕の権限で決めてしまおうそうしよう」
半ばヤケでそう呟きながら常備している付箋にそんなことを書きつけていると、ため息とともに途中で頭がぼうっとしてきて握ったペンが意図しない方向に滑っていくのを感じた。
そういえば昨夜は、宴の音頭をとらないといけない緊張感と、贈り物の選択を間違えていないかという不安感でなかなか寝付けなかったのだった。
厨も見に行かなきゃいけないのにと思いながら、歌仙の意識は落ちていった。



「おーい、そろそろ起きろー?」
肩をゆすられて歌仙の意識は浮上する。ゆるゆると顔を起こすと派手な赤髪が視界に入った。
「ん……あれ、愛染……?出陣してたはずじゃ」
「とっくに帰ってきたっての!手入れ完了が宴に間に合わなさそうだったから手伝い札持ってったぜ」
「ああ、分かった。使用記録に書いておいてくれ」
「おう。そろそろ時間だから大広間集まれってさ」
「厨と酒の貯蔵を確認しておきたかったんだけど……まあ仕方ない。行くとしよう」
「主さんに渡すプレゼント持ったか?」
「持ったよ。あ、音頭の台本も持っていかなくてはね」
「はぁ?そんなん書いてたのかよ」
「そんなんって……」
愛染は本丸のチュートリアル短刀なだけあって、歌仙と一番付き合いが長く一番容赦ない。
そんな彼に思いっきり顔をしかめてそう言われると少々傷つく。
「あんたのことだから、なんか長ったらしい天候やら時節のナントカとかの文面入れてんだろ?そいういうのって結構どーでもいいんだよ、みんなさっさとぱーっと祭り始めちまいたいんだからさ」
愛染の予測が図星過ぎて歌仙は口を噤む。
「だからさ、主さんにおめでとうって気持ちとありがとうって気持ちをみんなを代表してしゃべって、あとは乾杯でいーんだって」
「なんとも風流じゃない。……が、まあそれも一理あるね」
「だろ?じゃ、行こうぜ」
袖をぐいぐい引っ張る愛染に半ば引きずられるように歌仙は大広間へ向かう。
不眠の原因だった大半は今の言葉でほとんど払拭されたけども、胸の鼓動は大広間が近づくにつれて大きくなる。皆と相談して決めたこの贈り物は気に入ってもらえるだろうか、という不安はまだあるからだ。しかし、同時に抱える気に入ってもらえるだろうという期待も半分ある。
その渡す瞬間のこと、主の反応、楽しくなるであろう宴のことを考えると、口角がゆるく上がっていくのを歌仙は自覚していた。






歌仙推し審神者さんの誕生日に押し付けたもの。
お題は「歌仙+太郎さん、獅子王、鯰尾、倶利伽羅、蜻蛉切、前田、愛染」でした。
朝顔の支柱に笛使うってネタはニキ推し審神者のネタ絵から拝借