刀剣乱舞 なんひぜ





「先生の自業自得じゃ、諦めとぉせ」
頼れる初期刀様の無慈悲な宣告に、南海太郎朝尊は少なからず衝撃を受け言葉を失った。


事の始まりは、南海の興味の対象が「感情」に移ったことだった。
刀剣男士は刀でありながらヒトの形をとっているが、ヒトとは違う生命維持機構をもっている。ならば思考や感情はどこまでヒトに似るのだろうか。それが知りたくて様々な書物を読み映像資料を観、本丸で唯一のヒトである審神者に聞き取りをした。
特に気になったのが恋愛感情というものだ。生殖を行わないが生殖器をもつ刀剣男士はヒトと同じような恋愛感情を持ちうるのだろうか。
結論から言えば、是だった。それは南海が名前のつかない感情として以前から持っていたものであるからだ。
出陣や遠征から帰った時に真っ先に見たい顔がある。一人で本を読んでいて顔を上げたとき、ふと「今彼は何をしているだろうか」と思い浮かべる姿がある。出かけた先で目に留まったものを一緒に見たくなったり、傍に居れば触れたくなったり、他の誰かと仲良くしているのを見て妙に苛立ったりする相手がいる。
それらはすべて肥前忠広というたったひとりの脇差に集約されていた。もうひとりの旧知である陸奥守吉行に抱く親愛とはまったく別のいろをしていたことに、そのとき初めて気が付いた。

なるほど、これが恋。
ならばやることはひとつ。肥前を恋人にしなければならない。
幸い彼から南海に向けられる感情は明らかに特別な好意だ。飯で釣らなければ内番すら億劫がる肥前は、南海が頼みごとをするときに限り断ったことは一度もない。むしろ頼むことすらしなくてもなにくれと世話を焼いてくれる。これを特別な好意と呼ばずなんとする。
たとえそのいろが「親愛」のうちであろうとも、「恋愛」とはそう遠くない距離にあるだろう。恋仲になりたいと頼めば断られないはずだ。

──という予測は大きく裏切られた。
「それ、なんかの実験か?」
肥前からの返答に、一瞬南海は思考が止まる。話が噛み合わない。
「僕は、君を好いているから恋仲になってくれないかと言ったのだけど」
「ちゃんと聞こえてるよ、先生。『感情』の実験がしたいなら俺を巻き込むんじゃねえ」
これは遠回しに断られている? こころの機微に疎いところのある南海にもそれくらいは察せられた。
そして、もしかしたら照れ隠しかもしれない、と直ぐに考えが至った。思い立ったが吉日とばかりに肥前の姿を見かけて一直線に駆け寄って先程の提案をしたのだが、よく考えればここは本丸の廊下だし普通に人目もある。通りがかった何人かが突然の告白劇に驚いて足を止めているのが見えた。
「……わかった、ここは一度引こう。突然すまなかったね」

しかし場所を変えて二人の居室で同じことを告げてみても、肥前の反応は芳しいものではなかった。
「こころや感情に興味を持つのは悪いことじゃねえと思う。けどな、それを実験の道具やオモチャにするのはだめだ。わかるか」
「オモチャだなんて」
「思ってなくてもそう見えるんだ。先生の中でどんなに理屈が通っててもな。──もういいか? おれ明日内番なんだ」
そう言って肥前はさっさと布団に潜り込んで眠ってしまった。
その次の、その更に次の日も、もっと次の日も、どれだけ告白を繰り返しても色よい返事はもらえなかった。恋仲になんてなりたくないとはっきり言ってくれれば多少はおさまりがついたかもしれないが、一貫して「実験の道具にするつもりなんだろう」と誤解されたままなのが納得できなくてどうにかそれを解きたくて、しかしさっぱり解けなくて南海はほとほと困り果ててしまった。

そういうときに頼れるのが、旧知でありこの本丸の初期刀である陸奥守だった。南海が事情を説明して、何故そこまで頑ななのか聞きだしてくれないかと頼むと、二つ返事で引き受けてくれた。
「わしも、肥前のは先生の頼みなら断らん、最初は嫌がっちょってもさいさい頼めば受け入れてくれると思っちょったがよ」
「やはり君からみてもそうだったんだね」
南海が覚えていた違和感は、共通の旧知である陸奥守も同様に感じていたらしい。





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