刀剣乱舞 なんひぜ





陸奥守がとった手段はシンプルに酒盛りだった。
「肥前のー! えい酒が手に入ったき一緒に飲まんかえ! つまみもたんとあるぜよ」
安直かもしれないが、肥前は飯さえ用意すれば大抵のことには付き合ってくれる。酒もつけば猶更だ。そしてこの手段は下戸の南海にはできない手段でもあった。
果たして、肥前はちょっと上機嫌に陸奥守の部屋にやってきた。酒のアテになる手土産をもって。そういうところが案外真面目で律儀で、肥前の好ましいところだと陸奥守は笑んだ。
「なんでわざわざおれとサシ飲みなんだよ」
「土佐の銘酒やきのう。これがまたタタキに合ううんまい酒で!宴に出してしもうたら、他の大酒飲みに取られてじきなくなってしまうろう」
「ふぅん」
口ではそっけなく返事しておきながら表情に機嫌の良さが隠しきれていない。実のところ陸奥守も、南海からの依頼がなくとも肥前とゆっくり飲んでみたいと思っていたので、このサシ飲みは楽しみにしていたのだった。

軽快に乾杯して、本丸内のこと仕事のこと外で見たことなど色々なことをのんびりと話しているとあっという間に夜が更ける。肥前の口から「先生」の言葉が聞こえるたびに陸奥守は酔い過ぎないように自分の盃に水を注ぎ、肥前の盃に酒を注いだ。南海の話をする肥前の表情はいつも通りだ。いつも通りに、ぶっきらぼうな中に好意が滲み出ている。南海の度重なる告白については話さないが、嫌悪の色は見えない。肥前の方からそれを話題に出さないかとしばらく待ってみたが、肥前の頬が赤くなり頭がふらついてきたのを見、陸奥守は自分から切り出してみることにした。
「先生と言えばのう、肥前。随分熱心に告白されゆうな」
「ん、あー、あれか」
「どういてほがぁに頑なに断るんじゃ。先生がかわいそうぜよ」
「先生の実験台になるのは御免ってだけだ」
「実験台……わしにゃあ先生は真剣におまんを愛しちゅうように見えるぜよ」
「お前はあのひとがどんだけ飽き性で執着が薄いか間近で見てねえからそう言えるんだ」
そこから肥前はつらつらと、南海の興味の変遷について喋りだした。あるものについて面白いと言ったのに翌日にはもう興味を失っている、あの本が欲しいと言ったくせに一週間後にはもう別の本を追いかけている。資料なんて集めるだけ集めて全部読まないまま部屋の片隅に積んで、二人の部屋のかなりの床面積を占領している。などなど。
とある絶版本が読みたいと言っていたから、肥前が暇を見つけては古書店を巡り何週間もかけてやっと見つけた一冊は、南海がとっくに興味を失っていたために部屋を占拠している本の山の一部になった。口先で「たまたま見つけた」と言ったがためだろう。本を読まない肥前が希少書を「たまたま見つける」ことなんてないことには思いも至らず。それに似たようなことが複数あった。
それらのエピソードを肥前はひどく平坦な顔で並べていく。それが彼らの日常だからだ。随分なことを聞かされている陸奥守はどんどんと渋い顔になってく。齧るあたりめがだんだん苦く感じた。
そんな中、肥前はさらりと爆弾を落とした。
「おれな、先生に櫛贈ったことあんだよ」
陸奥守の口からあたりめがぽろりと落ちる。櫛を贈るという行為は江戸時代の習慣で求婚の意味をもつ。もちろん本来なら男から女へ、ではあるが。
「どがな櫛じゃ」
「別にお高い鼈甲簪みたいんじゃねえよ。●●屋の本柘植で、模様指定できるサービスあるっつーから、柿の花掘ってもらった」
「それ相当ええ値段するやつじゃろ」
「それなりにな」
「で、先生はなんて」
「『ありがとう、大切に使うよ』って受け取って、二日で失くした」
うわあ、といよいよ呆れた言葉が漏れた。

本を読む手を止め、櫛を受け取り、ありがとうと言って懐にしまうのを肥前ははっきり見た。
想いが伝わってほしいのか、気づかないままでいてほしいのか、自分でもよくわからないまま押し付けたプレゼントだったから、受け取ってもらえてひどくほっとしたのをよく覚えている。
その晩から肥前は夜戦と遠征が続き、南海を再びまともに顔を合わせたのは三日後の朝だった。
南海はどこかで見たようなヘアブラシを使っていた。
「先生、おれがあげた櫛は」
そう訊くと、南海はハの字に眉を下げて苦笑した。
「すまない、失くしてしまったよ」
曰く、櫛をもらった翌々日が近侍当番の日で、せっかくだから使おうと思ったら見当たらなかった、と。しばらく探して見つからなかったためボサボサの頭のまま審神者のもとへ向かうと、さすがに見かねたのか、以前二重注文してしまったブラシを譲られたとのことだった。
そこまで聞いて肥前は思い出した。この本丸の南海は、収集癖と散らかし癖と切り替えの早い飽き性が合わさった結果生まれた、失くし物の名人だということに。
以来、南海が櫛をもう一度探したという話は聞かないし、ブラシは今も部屋の片隅に鎮座して毎日南海の髪を整えている。

本来刀剣男士といういきものは物を大事にする性質がある。自分たちがそうやって大事にされてきて、物語を得たからこそ生まれ人の形を得たからだ。粗末に扱われた経験をもつ者はその経験が為人に大きく影響を及ぼす。ひらたく言えば、とても根に持つ。
そういういきものであるので、気持ちのこもった高価な貰い物をろくに使わず失くすというのは、信頼をなくすに十分足る、ともすると軽蔑に値する愚行なのだった。
「別に、先生を責める気はねえよ。先生が散らかすならおれが片付けてやりゃあいい。探し物があるなら一緒に探してやるし、欲しいものがあるならおれのできる範囲で調達してやる。今までもそうしてきたし、これからも変わらねえ」
肥前はぐいと酒を呷る。
「でもな、この心だけはくれてやる気はねえんだよ。受け取るだけ受け取っておいて興味を無くしたらさっぱり忘れちまうようなおひとに、一等大事なもんまではくれてやらねえ」
そこまでされておいて、南海を想う心を『一等大事なもん』とまで言えるのか。すっかり酔いが醒めてしまった陸奥守はため息をつく。
「おんしゃ、まっこと優しい男じゃ」


「そんで、おんしゃまっこと酷い男じゃ」
きっぱりとそう告げられ、南海はただでさえ青白い顔を更に青白くして唇を引き結んだ。
「先生、おんしに悪気がないのはようわかっちょる。肥前もじゃ。けんど、それは免罪符にゃならん。無くした信頼を取り戻すのは無くすのの何倍も時間が必要じゃ。わかるろう」
「……ああ。手間をかけさせて、すまなかったね」
これくらい構わないとはさすがに陸奥守も言えず、ふらふらと退室する背中を黙って見送った。




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