お題:静寂 広い本丸の中で、話し声ひとつ聞こえない。 始まったばかりの本丸には戦力が少なく、今剣1人が留守番を任されていた。 審神者は仕事の合間の休憩といって昼寝をしているために、静かにしているよう言われたから遊んでもらうことすらできない。 この世にひとり取り残されてしまったような錯覚さえ起こすのは、部屋にこもりきりでいて静かすぎるからだろう。 そっと障子を開けて庭に出てみれば、風のひとつも吹いていない。干してある洗濯ものも、庭の木もぴくりとも動かない。 奥の間へ行けば審神者がいるのは頭では知ってはいるけれど、それでもひとり取り残されたような錯覚がやまない。出陣していった者たちを心配する気持ちもあいまって、瞳を閉じれば嫌なことばかり考えてしまう。 例えば、これは前の主の最期を看取って、自分も消える合間に見る、幸せなうたかたの夢なのではないかと。 再び瞳を開ければ夢が覚めてしまって、血の海と前の主の亡骸をまた見てしまうのではないかと。 考えれば考えるほど嫌な考えは収まらない。だんだんと瞳を開くことが怖くなって、強く強く目を瞑る。 そのまま、どれだけの時間がたっただろうか。 不意に、突風がびゅうと吹いた。 布がはためく音が聞こえる。木々のざわめく音が聞こえる。飛んできた葉っぱが頬に当って思わず目を開ければ、そこには目を閉じる前と寸分違わぬ庭の風景があった。 それをぼうっと見ていると、門の方からざわめく声が聞こえた。出陣していた者たちが帰って来たのだ。 ここはうたかたの夢ではない。きちんとここにある、現実だ。そのことを再確認して、今剣はほうっと息をつき、笑んだ。 ばっと立ち上がり、門の方へ駆け出す。怪我人がいたなら審神者にも目を覚ましてもらわなければならない。だから審神者を起こす勢いで、声をはりあげた。 「おかえりなさい!!」 いまつるちゃんの抱える闇が好きです。 |
お題:アイス くじ引きで決まる買い出し当番、今日は奇しくも同じように弟を持つ一期と江雪だった。 厨当番や総務担当のメモ書き通りに食材や雑貨を買い込んで帰路についている途中、ふととある場所で江雪が足を止めたのに一期は気付いた。 「どうなされましたか、江雪どの」 「……いえ、これを、小夜が前食べていたのを、思い出しまして」 江雪が見ているのは、駄菓子屋の店先においてある大きな箱、そしてその中にあるアイスの山だった。 「ああ、『あいす』というものですな。弟たちも先日食べていました。暑いさかりに食べるととても涼しくなるとか」 「はい。……?一期どのは、食べていないのですか」 伝聞のような語尾が気になってそう問えば、一期はひとつ首肯する。 「主どのが全員分は買っていなかったとかで、早いもの勝ちだったそうです。私が気付いたときにはすべてなくなっておりました。先に食べきってしまった弟たちが申し訳なさそうな顔をしていて、こちらも申し訳なくなりました」 「そうですか……。私は、小夜が私の分も持って来てくれて、一緒に食べました。暑さに弱い私を気遣ってくれたのでしょう」 「それはそれは。よい弟御をもちましたな」 「はい。……」 何かもの言いたげな江雪の表情を読み、一期はひとつ提案をする。 「土産に買っていきましょうか」 「そう、思ったのですが、今の荷物では」 江雪の言うとおり、二人の手にはいっぱいの荷物があり、とても本丸全員分のアイスを買って帰ることはできそうにない。 しかし江雪は先日食べたアイスの味が忘れられないのか、じっとアイスの箱を見つめている。 「ならこうしましょう。このことは二人だけの秘密にして、ここでこっそり自分の分だけ買って食べてしまうのです」 「それは、よいのでしょうか」 「秘密にしていれば誰にもばれません。たまには兄だけで何かをしてみるのもいいでしょう?私もアイスというものを食べてみたかったのです」 いたずらっぽく笑った一期は兄というよりもひとりの青年に見えて、江雪はその意外な表情に一瞬驚いてから、つられてそっと笑った。 「では、そのように」 何気にお題:江雪の後日談だったりします。保護者組すきだー |
お題:雅じゃない歌仙 歌仙兼定は、風流だの雅だのと口にするわりには、案外戦好きの刀である。号の命名自体が血なまぐさい由来だからかもしれないし、刀本来の使い方を忘れてないからかもしれない。それは本人にもわからない。 だが、戦自体は好きでも、戦帰りには非常に不機嫌になる厄介な性格をしていた。 何度も行った京都市中。賽の目に振り回されて、今日もついぞ本陣を叩くことはできず、いくばくかの怪我と疲労と汚れだけが戦果、というありさまだった。 ずっと夜だった戦場を抜けて、本丸に帰ると丁度日が昇りきったころで、闇に慣れた目に朝日がまぶしい。 そして朝日に照らされた自身の姿を見て、歌仙は盛大に舌打ちをした。 「これだから!!」 髪を触ればぼさぼさで、裾は乱れほつれ破れている。お気に入りの外套は返り血にまみれていて、袴は砂埃と血と泥で派手に汚れていた。 戦は好きだ。だが戦汚れは歌仙は嫌いだった。理由はもちろん、雅ではないからだ。 「おい、何かついてるぞ」 後ろから同田貫の声が聞こえ、肩に手が触れる感触がする。 「ああ、取ってくれたのか。ありがとう」 「なんだこりゃ……、ああ敵のかけらか」 同田貫が手にしているのは、血にまみれた黒髪が一房。敵脇差の髪だった。それを目にして歌仙は、ぎゃあ、と雅ではない叫び声をあげる。 「これだから嫌なんだ!」 「髪がか?汚れがか?」 「どっちもだよ!」 ぷりぷりと憤慨した様子の歌仙に、同田貫はフンと笑う。 「そんなに怒んなよ。戦汚れってのは、そんだけ刀の本分を全うしてきた証拠だ。それが返り血ばっかってんならむしろ上々じゃねえか」 「……」 そんな解釈のしかたもあるか、と歌仙は思う。 だがそれを雅とは真逆な位置にある男に諭されたのがなんとなく癪で、歌仙はまた「雅じゃない」と呟いた。 お互い地元近い彼らに夢をみてます。 |
お題:買い物 この日の買い出し当番は歌仙と蜂須賀だった……のだが、くじ引きで決まったその2人の顔を見て青い顔をした審神者は、急遽蜂須賀の代わりに小夜を買い出しに行かせると言い出した。 揃いのような紫の頭を二人して傾げたが、別にそれに異論は無い。持てる荷物が減るくらいなものだ。蜂須賀は大人しく当番を外され、歌仙は昔なじみの小夜と共に買い出しに行くことになった。 「ええっと、今日買うものはっと……ああ、先日割れた食器の追加がほとんどかな」 「あとは消耗雑貨がいくつか、かな。食材はまだ備蓄があるみたい」 「別に本丸は飢饉に陥ったりしない。君が気にしなくてもいいところだよ、小夜」 「……そう」 2人で話しながら店に入る。買い物篭を持つのは、もちろん歌仙だ。手持無沙汰にしていた小夜が落ち着かなさげだったので、空いた片方の手を小夜とつないで店内を歩いた。 「茶碗が5つ、大皿が1つ、小皿が10、だったかな」 「小皿は11だよ歌仙」 「おっと、そうかい。計算事は苦手でね。――大皿!この大皿なんて絵柄が雅で良いじゃないか。これにしよう」 棚の上にあった大きな皿は、確かにきれいな図柄が書かれている。が、それを小夜は見止めて、歌仙の裾を引いた。 「これ、棚に戻して」 「何故だい。割ってしまったものよりずっと風流だろう、いいじゃないか」 「それは認めるよ。でも、これ、絶対高い」 細川の家にいたのは小夜も同じだ。目利きはある程度できる。それ故に、値段を見ずに籠にいれた皿が、とても普段使いできるものではないとすぐに知れた。 「これに料理を載せるのが楽しみなんだけど」 「戻して」 「良いものは高いものだよ」 「戻して」 「でも――」 「博多と長谷部にちくちく怒られたくないでしょ?戻して」 「……分かったよ」 しぶしぶ、といった表情の歌仙を見上げて、小夜はそっと息をつく。審神者が蜂須賀の代わりに自分を寄越した理由は、やっぱりこれだったかと思いながら。 歌仙さんは値段見ずに買い物する子だと思っている。 |
お題:和泉守兼定 その日の和泉守はいつもよりずっと疲れていた。 昨夜は明け方近くまで京都に出陣していて、ひと眠りしてからは畑当番をやらされていたからだ。嫌味なくらいにかんかんと照る太陽をいまいましく思いながら体力を削られ、ようやく終わって風呂で汗を流して、本丸にいくつかあるソファに体を預ければ、あっという間に意識は眠りの底に落ちていった。 そこからいくらかの時間が経って。 和泉守の意識が浮上したとき、夕暮れだった庭の景色はとっぷりと暮れていた。 「んあ…今何時……やっべ!夕飯食いっぱぐれたか!?」 がばっとソファから体を起こすと、ぐいっと髪が引かれて痛みが走る。 「い゛っでえええええ!!」 「ああっ、いきなり起きちゃだめだよ、和泉守」 いくらか高い声が後ろからする。声音から察するに乱だろうか。 「……何やってんだ、お前」 「なんか面白……いや、素敵なものがあったから、ちょっと遊ばせてもらってただけ」 「今面白いつったろ!俺の髪に何してやがる」 「変なことはしてないよ?ちょっとヘアアレンジの練習に、ね?」 「ヘアアレンジ?」 ひっぱられたところを触ってみれば、なにやら複雑な編み込みがされているのがわかる。そのまま下に辿って行けば、残りの下の髪がくるっと結われている。固い棒状のものが触れるのはかんざしだろう。 黒く豊かな髪は自分を構成するアイデンティティのひとつだが、ここまで何かやってみる気は起きなかったからなんか不思議な気分だ。そもそも短気なきらいのある和泉守は、髪の手入れを堀川に一任してるところがある。こまめなケアは向かない性格なのだ。 「勝手に使ってごめんね?でも楽しかった! ボクここまできれいに髪伸びないから羨ましいよ」 「そうか?」 「うんうん。綺麗な髪、かっこいいよ!」 「お?おお……そうだろうそうだろう、俺はかっこよくてつよーい和泉守兼定だからな!」 一気に得意げに笑う和泉守に、勝手にいじったことを怒られずによかったと乱は内心ほっとして笑った。 自分のなかで兼さんがあほのこ枠なのがばれる。 |