BW 下上+インエメ ※ ノボリとエメットエメットが女の子です ギリギリの体力のオノノクスから放たれたドラゴンテールが、もう一体のオノノクスの胴に見事に決まる。 どう、と音を立てて倒れたのは黒のサブウェイボスの手持ち最後の一体だった。 「勝者、サブウェイマスター・ノボリ!」 アナウンスが入ってから、暫しの静寂。それを破ったのは一つの拍手だった。 「ブラボー!スーパーブラボー!!流石はサブウェイボス・シングル担当のインゴ様!ここまで追いつめられたのは久しぶり……いや、おそらく、わたくしがサブウェイマスターに就任して以来初めてです。素晴らしいバトルをありがとうございました!」 バトルサブウェイとしてはイレギュラーなバトルだったからか、ノボリはいつもの口上を忘れ、相手を褒め称える表情はこれ以上なく明るい。 賞賛を受けてなお表情をゆるめることのないインゴは、帽子を脱いで恭しく頭を垂れた。 「身に余るお言葉ありがとうございます、レディー。これでもバトルの腕は十分磨いてきたつもりなのですが、バトルの聖地を統べる貴女には適いませんでした。素晴らしいバトルができて嬉しくもありますが、やはり悔しい気持ちが勝ります」 「もしそれぞれの特性が違っていたら、あの一撃を外していたら、素早さが足りず後手に回っていたら、バトルの流れは完全に変わっていました。それにインゴ様はまだお若い。経験を積むことでの伸び代もあるでしょう。ユノヴァのバトルチューブは安泰ですね。――それでは改めて、ようこそバトルサブウェイへ!廃人の終着駅を存分に堪能していってくださいまし」 駆け寄ったノボリがインゴに握手を求め、インゴも少しだけ表情を弛めてそれに堪える。その暖かな空間は、二匹のオノノクスが不満げに唸るまで続いた。 二人の様子を映像越しに見ていた鉄道員もバトルの雰囲気に完全に飲まれ、終了のアナウンスと同時に歓声をあげていた。 「うおおおおおお!!今の見たか!」 「バトルビデオ間違っても消すんじゃねえぞ!」 「すでに観賞用・上映用・他にバックアップ5つとりました!」 「でかした!」 「あとでコピーこっちに回せ」 「こっちにも!」 バトルビデオを各々の端末に配布しながら一番大きなディスプレイで早速再生し、技のタイミングや特性の活かし方などを銘々に賑やかに喋る。最終的には「やっぱりノボリさんはすげえ!」「ユノヴァのボスも強い!」という意見に終着した。 しかしそれに水を差すように、誰かがぽつりと言う。 「ってことは、ノボリさん、インゴさんと付き合うのかな」 その一言で場は一気に静まりかえった。そう思わざるを得ない根拠を鉄道員の誰もが知っているからだ。 そして、皆が示し合わせたように、白いコートの上司を見る。その表情からは、いつもの笑みは一切無くなっていた。 クダリは双子の姉であるノボリが好きだった。家族愛という垣根を越えて、恋愛だとか性愛だという意味で、ノボリを密かに愛していた。 勿論それが世間に認められないことであることは理解している。理解することで感情までコントロールできるほどクダリは器用ではなく、バトル施設の長を務めるほどには負けず嫌いでもあった。それ故に、せめてもの悪あがきとして普通の姉弟以上にスキンシップをとり、それを周囲に見せることでささやかに独占欲を満たしていた。 幸か不幸か、他人に好きな異性のタイプなどを訊かれたノボリは「わたくしと互角以上にバトルできる方がいいです」と答えていた為に、周囲からはすっかり高嶺の花と認識されていた。それでもどこからかその情報が広まったらしく「スーパーシングルを49連勝すれば黒いサブウェイマスターと付き合える」などという噂が広まり、美しく淑やかな彼女を手に入れんとする男性客でシングルは常に賑わっていた。 そして、今日までスーパーシングルが破られたことは無い。本気を出したノボリがぎりぎりまで追い詰められたことすらなかった。 だがしかし、その高嶺の花に手を伸ばすことができる男がユノヴァから現れた。その事実はノボリを知る者の注目を集め、クダリの心から一切の余裕を消しとばした。 □□□□□ 「あー、もう!ほんと悔しい!」 「ははっ、勝負が僅差であればあるほど悔しいの、分かるよ」 エメットと共に歩くクダリの表情は柔らかく、笑顔が戻っている。嫉妬と恋情で動揺した心もフィールドに立てば切り替わるし、白熱したバトルの楽しさと勝利を得た高揚はいつだって変わることは無い。 平常心を取り戻させてくれた彼女に心からの礼を言えば、勝者の余裕ととられたのか硬いパンプスの爪先でふくらはぎを思い切り蹴飛ばされた。 「い゙ったあ……!八つ当たり、良くない!!」 「ふん!――あっインゴだ!」 廊下の先でシングルの二人が何か話していたらしく、並んで立っていた。兄を見つけたエメットは真っ直ぐインゴの方に向かって走って行き、勢いのままインゴの胸に飛び込んでいった。 それを当たり前のように抱き留めるインゴも意外だったが、 「いんごー!負けちゃったー慰めてぇ!ちゅーして、ちゅー」 エメットの衝撃的な発言に何より驚いて、クダリはユノヴァから来た二人をまじまじ見つめてしまった。 ノボリとクダリだって姉弟にしては随分と距離の近い方だけど、キスなんてとんでもないし、抱きしめることだってミドルティーンの頃からした覚えがない。ハグもキスも挨拶のうちであるユノヴァでは当たり前なのだろうか。それとも彼らが兄妹だからだろうか。 似た立場の彼らのスキンシップをクダリは羨ましいと思わずにはいられなかった。ノボリが『姉』だから『弟』を甘やかす今の状況があることは分かっているのだけど。 クダリの無言の思案を他所に、エメットはインゴの身体に腕を巻き付けたまま頭をインゴに押し付け、インゴはその頭を撫でていた。撫でながらも憮然とした顔で言う。 「エメット、外でこういうことはやめなさい。お二人が驚いてらっしゃる」 「あ、ごめんね、見つめちゃって。ブシツケだったかな」 「いえ、驚かれるのももっともです。こいつがお転婆にすぎるだけですので」 「なにその言い方、ひどい!――でも、ノボリはしないの?」 エメットの言葉に、三人の視線がノボリに集まった。当のノボリ自身の視線はクダリに向けられて、姉弟の視線がばちりと合う。すると、ノボリの身体がびくりと揺れた。 「し、しません!絶対しませんったら!」 険しい顔で強く否定し、書類を持ってきますと言い残してノボリは執務室に消えた。 その剣幕に皆一様にぽかんとしてその後ろ姿を見つめた後、クダリはぽつりと呟いた。 「たしかにしないけど、そこまで言われるとちょっと……かなり……傷つく」 蹲ってしまいたいくらいだったが、研修に来ている二人が居る手前、なんとかひどく肩を落とすのみに止めた。 「なんか……ごめんね?流れ弾、みたいになっちゃって」 「ほんとだよ。エメットのこと、うらむから」 ゼロ距離なスキンシップこそないが、バトルの後はいつもノボリに労いの言葉をかけてもらって、頭を撫でるくらいはしてもらっていた。異国の二人のインパクトに持っていかれて今回はそのどちらもなかったことを思い出して、クダリはさらにひとつ溜め息をついた。 □□□□□ ユノヴァからの二人をとびきりのバトルでもてなして後は、イッシュのバトルサブウェイの資料を二人に渡して、予定通り黒組と白組に分かれて行動し各々の担当部署の説明に終始していた。 「ノボリが……足りない……」 バトル後の一件から、クダリは『エメットの研修の相手をする』という仕事はこなしているものの、著しくテンションは低かった。 「そういう予定なんだからしょうがないじゃん。それに朝のことは謝ったでしょ」 「うらむって言った」 「しつこい!」 「ノボリに褒めてもらうのがぼくの一番幸せなときなの。それを奪ったエメットの罪は重いよ」 「悪かったって……」 クダリは研修の合間、遠目に見たノボリの様子を思い返した更に鬱々とした気分になった。 「ノボリの様子、なんかおかしい。いつもは知らない人に慣れるのに1カ月はかかるノボリがインゴにはもう笑顔見せてるし」 「言われなきゃ気付かないくらいの微かな笑顔だったね」 「インゴはインゴでノボリと内緒話でもしてるのかってくらい顔近いし、ノボリも顔赤くしてるし」 「インゴも人見知りのくせに、ノボリにだけはジェントルな距離じゃなかったね」 「しかも、気が付くと二人してこっち睨んでくるし」 「ボクがいないときの彼ってあれくらい凶悪な顔だけど、ノボリは一体なんなんだろうね?――クダリ、大丈夫?お腹痛い?」 「お腹は痛くないけど胸は痛い。もうつかれた。かえりたい。かえってシャワーあびながら泣いて、泥のようにねむりたい」 歩いていた廊下の端に蹲ったクダリに、軽口を叩いていたエメットはやや焦って声をかけた。 「え、ちょっと、ほんと大丈夫、っていうか大丈夫じゃないよね?!どどどどうしようノボリ呼んだ方がいいかな?それとも医務室?ボクじゃ支えれないし、あっ手持ちの子に人運べる子いたかな」 クダリに合わせてしゃがみ本気で慌てだしたエメットに、「君がそこまで心配することじゃないよ」と言おうとしたその言葉は、低い声に遮られて引っ込んだ。 「どうなさいましたか、クダリさま」 反射的に振り向いたクダリは、インゴのナイフのような視線に貫かれて石になった。口にされた言葉こそ慇懃だが、その視線の言わんとするところは「俺の妹困らせてんじゃねえよクソ野郎」だろうと推察するのが容易なほど鋭かった。 インゴとは殆ど会話もしてないのに、ここまで敵意を向けられる意味がクダリには分からない。さっきまでノボリとべたべたしてたくせに、という嫉妬まで混ざって更に泣きたくなった。「お前の姉貴掻っ攫ってやるから覚悟しとけ」くらいの宣戦布告のようにすら思えた。 「なんかクダリが動けないみたいで――」 「そんなこと言ってない。大丈夫。ちょっとしたら動ける。だから、ふたりは先行ってて」 蒼い二対の視線が突き刺さるのを感じながら、クダリはゆっくり言い切った。声が震えそうになるのは必死で誤魔化した。 「そうですか。ではエメットと執務室で待ってます」 「無理しないでね?本当に辛かったら医務室行ってよ」 「うん」 エメットに気苦労をかけてしまったことに罪悪感を抱きながら、クダリは蹲ったまま手を振った。 数歩の足音がして、二人の会話がクダリの耳に入る。 「インゴ早いね。ノボリは?」 「お客様に呼び出されたそうです」 「え、今日トレインって運休でしょ」 「ノボリ様を指名しての呼び出しだそうなので、まあ、あれでしょう」 「告白?」 「おそらくは。呼び出されてからそれなりに時間が経っているので、断るのに難儀しているようですね」 「フリーなのかな?恋人居れば結構簡単に諦めてくれるのに、ね?インゴ」 「まあ、そうですね」 「助けに行ってあげたら?」 「……あと5分待って帰ってこなかったら迎えに行きましょう」 そこから先の会話は聞こえなかったが、情報はそれだけで充分だった。 クダリは廊下で蹲ったまま少しだけ涙を零した。 後編(化合反応)はこちら 今までで一番長いので(9000字前後)分割してみました。 短文ばっか書いてたので正直何字程度でページ変えするべきなのかよくわかりません。 |