携帯獣BW インエメイン
※ これの蛇足的続き
※ 前回に引き続き「ぼくのかんがえたさいきょうのサブボス」だしインゴさんの口調は敬語じゃなくなってます





とろりとした温度を感じながら目が覚める。
真っ先に視界に入ったのはテーブルの上に乗った瓶とグラス。寝起きのぼんやりした頭で数秒考えて、昨日酒を飲みながら寝ちゃったってことを思い出した。何か喋ってた気がするけど、変なこと喋ってないかな。あんまり覚えてないや。
足元は寒いのに、どうやらインゴに寄り掛かって寝てたみたいで肩のあたりがぽかぽかしてた。インゴの方を向くと、その近すぎる距離に心臓がうるさく鳴る。一緒に暮らして同じ職場で働いて、随分と気持ちの処理の仕方は慣れたけど、それでもどきどきすることはいつまでやっても止められない。ざわつく心臓を抑えようととりあえず傾いでた体を起こす。
僕の片割れ。双子の兄。世界で一番大切なひと。僕の初恋のひと。
インゴを表す言葉は溢れるようにぽろぽろ浮かぶけど、それを口にすることはない。少しでも言葉にして出してしまったら、想いを一生懸命隠している箱の蓋がはじけ飛んで壊れそうだから。そうなったらきっと一番大事なものまで壊れて、取り返しがつかなくなる。
だから僕は心を騙して毎日鍵をかけ直している。

「あんまりまじまじ見るんじゃねえ。穴があいちまうだろうが」
眠っていたはずのインゴがぼそりと喋って、僕の心拍数がまた一気に跳ね上がった。驚きと、ときめきと。だってそれは久しぶりに聞く、『素』のインゴだったから。
金糸に縁どられた瞼が持ち上がって、大好きな蒼が見えた。一卵性双生児なんだから僕の眼だって同じ色のはずなのに、インゴの瞳の方がずっとずっと綺麗だと僕は思う。
「……いつから起きてたの」
「お前が体起こしたときだ。ブランケット持っていきやがって、寒いんだよ」
「あっ、ごめん。まだ寝る?」
「いい。目ぇ覚めちまった。エメットこそ寝ないでいいのか。昨日結構酔ってたろ」
「頭痛くはないから、多分大丈夫。えっと、インゴ……?」
ミネラルウォーターを注いでいたインゴは、手を止めて僕を睨む。僕の言葉にしなかった問いには気付いてくれたようだった。
「てめーが敬語イヤつったんだろーが。覚えてねえとは思ってたけどよ」
はぁ、と苦々しげにインゴは溜め息をつく。
「あれ嘘だったつったらブン殴るぞクソエメット。この『仮面』被るの面倒くせえんだから」
「いや、嘘じゃ、ない、けど…」
僕何言ったんだろ。言いたくて言えなかったことの一つを知らないうちに伝えてたっていう事実が、なんかすごい怖い。
「ならいい。おい、水飲んどけ」
「ん、ありがと。インゴって口悪いけど、優しいよね」
「お前にだけな」
うわぁ。なにそれ勘違いしちゃいそう。僕の心にタイプ一致4倍弱点。ぼくはめのまえがまっくらになった!って出来たら楽だったかもしれないけど、耐久に振った僕の表情筋は感情を隠すことに成功した、と、思う。
にやつきそうになる顔をどうにか抑えてちらりとインゴの方を窺えば、好んで飲んでいる蒼い瓶をグラスに傾けていた。
「迎え酒?体に悪いよ」
「そういう訳じゃねえよ」
「……?」
グラスにジンをちょっとだけ注いで、口に含んでいる。何してるんだろう、と思った矢先頭をぐいと引かれて僕は体勢を崩し、気が付けば焦点も結べないくらい近くにインゴの顔があった。
次に感じたのは、痺れるようなアルコールの味とハーブの匂い。それがべろりと口の中を乱暴に廻って、ようやく僕はインゴにキスされてることに気付いた。
うわぁうわぁうわぁ。なにこれ。僕まだ夢見てるの?夢なら醒めないでほしいけど、馬鹿みたいな握力で掴まれてる後頭部はぎりぎりと痛む。
何の技巧も色気もない、口の中を荒らしただけのキスはあっという間に終わって、ハーブの匂いがまた鼻腔をくすぐって。燃えるような蒼い瞳に照らされて。僕は。
「うああああああああ!」
「思い出したか」
「…………」
「てめーが何したか、何言ったか一から十まで覚えてるか」
「…………」
今度こそ僕はめのまえがまっくらになった。残念ながら失神は出来なかったけど、後悔に押しつぶされて僕は床にうずくまった。このまま消えてしまいたい。
「じゃあどういう意味で言ったか聞いていいか」
「やだ」
そこだけは即答して、また僕は後悔に浸る。そうだ、イッシュ行こう。誰も知ってる人のいない場所で傷心旅行して、それでどこか適当な場所見つけて、死のう。僕、生まれ変わったらインゴの手持ちになりたいな……。頑張って性格一致高個体値になるから……。
「おいクソエメット、トんでねえで帰ってこい」
言いながらインゴが僕の髪を後ろに引っ張って、顔を強制的に上げさせる。あ、ぶちぶちって音が聞こえた。普通に痛い。無理矢理上向かされた視界に、インゴの顔が入る。随分長いこと一緒にいたはずなのに、なんだか初めて見る表情をしていた。
美味しくないものを飲み込めず口の中で転がしてるような、どこか困っているような、何か言い淀んでいるような、変な顔。あれ、君って言葉を探すより先に口か手が出るタイプじゃなかったっけ。
「どうしたのインゴ。僕落ち込むのに忙しいんだけど」
「真顔で訳わかんねえこと言うんじゃねえ」
「だって僕本気。すっごく本気。すっごく本気で現実からの逃避行考えてる」
「お前がどんだけ昨夜の『やらかし』にへこんでるのかは知らんが、俺はお前に好きって言われるのもキスされるのも嫌じゃなかったぞ」
「……まじ?」
「大マジだ」
眉間に皺を限界まで寄せたインゴは、そのままツイと視線を逸らした。人一人殺してきたような凶悪な顔だけど、僕は知ってる。これは照れたときの顔だ。だって目元がちょっと赤いもん。
僕にばれてることに気付いたのか、髪を引っ張ってた手を僕の眼の上に被せて視界を被った。叩かれるかと思ったけど、その手のひらは予想以上に優しく温かかった。
「っつーか、俺自身無意識だった気持ちに気付かせたのテメエだからな。責任とりやがれ」
消えそうな音量で吐き捨てられた声は、しっかり僕の耳に届いて、脳内にリフレインする。とろとろと僕の心の鍵を溶かして壊して、垂れ流すみたいに感情があふれて止まらない。
「ねえ、インゴ」
「なんだ」
「好き。大好き。世界の誰より、愛してる」
ずっとずっと伝えたかった言葉を初めてきちんと口にした。本当はもっとたくさん伝えたかった気持ちがいっぱいあったはずなのに、涙声になって出てこなかった。その代りにぼろぼろと両目から雫になって流れ落ち、インゴの手のひらを濡らした。
「ありがとうな」
インゴの声は、融けるように甘い音で響いた。
言えなかった言葉が言えただけで満足だったはずなのに、貪欲な僕の心はインゴからの言葉も欲しがって、でも小さい嗚咽しか出てこない無能な喉は上手く言葉を紡がない。
不意に暗かった視界が開け、あの愛しいサファイアからぽたりと雫が滴るのが見えた。
そして、また柔らかい感触が唇に落とされる。さっきとはうってかわった、全てを浚い飲み込まれるような、キス。
愛する人とのキスは、アルコールと涙の味がした。






どうにもSKYは登場人物を酒を飲ませるのと泣かせるのが大好きみたいです。書いてる時は無意識なんだけど。
作中に出てくるジンはボンベイ・サファイアです。瓶が綺麗。