BW エメクダ
※ 『臆病なふたり』の前日譚(宅飲み初日)




どうせ飲むなら家にしない?とクダリに言われて、エメットは特に反対する理由もなく頷いた。
それがイコール好きな人の家にお邪魔することであり、『内側』に入れてもらうということだと気付いたのはそのやり取りからしばらくした後で、その瞬間エメットは真っ赤になる。勿論、クダリの言葉に深い意味などないとは分かっているけども。
その動揺を作り慣れたスマイルの下に隠して、エメットは就業時間の終わりを待った。



社宅にほど近いマーケットの、酒コーナーを二人して歩く。
「クダリはいつもどういうの飲んでるの?」
「いつも、っていうほど頻繁に飲み歩いてはいないけど、好んで飲むのは日本酒かな」
「ニホンシュ……ああ、sakeのことか。ボク飲んだことないんだよね。美味しい?」
「ものにもよるけど、良いのはやっぱり美味しいよ。エメットも飲む?」
「いいの?じゃあお言葉に甘えて少しもらおうかな」
「じゃあ初心者にも飲みやすいのを選ぶね」
日本酒の棚に並んだラベルを見分し始めたクダリを尻目に、エメットも飲みなれた酒を選ぶ。
幸運にもいつも見かける銘柄の瓶を見つけて、それを手にして戻って来たころにはクダリも選び終わっていた。
「終わったー?」
「うん。飲みやすそうな純米大吟醸があったから奮発して買うことにしたんだ」
嬉しそうに見せる瓶のラベルの漢字は難しくては読めなかったし、ジュンマイダイギンジョーなるものが何なのかも分からなかったが、奮発したと言うからにはきっと高いのだろうとエメットは推測した。
宅飲みの方が安いと言ったのはクダリの方なのに、と思えばおかしくてエメットはくすりと笑う。しかし、上機嫌な想い人の様子に水を差すほど彼は野暮ではなかった。
「エメットは何持って来たの」
「ウォッカだよ」
「ロックで飲むの?」
「まさか!いつもオレンジジュースで割ってるよ」
もう片方の手で持ったペットボトルも掲げてみせると、クダリはこらえきれなかったようにぶはっと吹き出した。
「はははっ、君って本当に期待を裏切らないね」
「あ、ばれた?」
「そりゃあね。スクリュードライバーなんてレディーキラーの代名詞みたいなものじゃない。いつもそれで女の子口説いてるの」
さほど付き合いが長い訳ではないのに女たらしの悪名がクダリにも伝わっている事実に、エメットは苦く笑う。
「うーん……否定はしないけど、単純に飲み口が好きなのもあるよ」
「へえ。口当たりが良くて甘いの好きなの?」
「うん。インゴは『甘ったるくて飲めたもんじゃない』なんて言うけど」
「ああ、ちょっとわかる気もするな。でも僕もカクテルは結構好きだよ」
「じゃあ、多分飲み切れないし半分こしようよ」
「同僚酔わせてどうするつもり、なんてね。酔わせるようなレディーもいないことだし、シェアしようか」
クダリの軽口にエメットはぎくりとする。アルコールの力を借りて告白して、上手く流れにのせてそのまま頂いてしまおうなんて下心を見透かされたのかと思った。男同士である以上、そこまで気付かれるはずなんてないのに。

「あとは、つまみかー。取り敢えず枝豆と揚げ物かなぁ。エメット何かダメなものある?」
静かに動揺していたところにいきなり話をふられて、思わず狼狽が表に出てしまった。
「えっ?!あ、な、何の話?」
「だから食べれないものの話だけど……どうかした?疲れてるならまた今度にしようか?」
「そんなことはない、です!――好き嫌いは多分ないと思う」
「そう?あ、エメットって生魚大丈夫?日本酒には刺身が合うんだけど」
「食べたことないなぁ」
「じゃあ1人分くらいにしておこう」
クダリがかごに入れたパックを見るふりをしながら、エメットは日本酒の瓶のラベルを盗み見た。
(うわ、16度って書いてあるんだよな、多分。うーん、意外と度数高いな……もしかして酔い潰されるのはボクの方になるかも)
この時点で既に計画が狂い始めているのをエメットは悟った。地理的にアウェイであったり同性という壁があったりすることだけでも十分な障害になるのに、と冷や汗が頬を伝う。

これは長期戦になるかもしれないな、という彼の予想は見事に的中することになるのであった。






だーいぶ前に書いたのを今更発掘したので救済。
エメットくんがんばれ。ちょうがんばれ。(ひとごと)