うちトコ 愛知

※ 『秘湯談話』の1週間後



下呂での一件があった丁度1週間後。

一色で大量に融通してもらったうなぎをトランクに積んで、車を北に走らせながら愛知はひとり呟く。
「とりあえず最低限のもんは確保したけど、他に岐阜たちが喜びそうなのは何があったかやー」

普通特産品と言えばその地で生産・加工される食料品や工芸品を指す言葉だが、愛知自身が半ば本気で「うちの特産品は車」と思っていることもあって、なかなか容易には思いつかない。戦後製造業で発展した財政優等生の彼の思考回路はだいぶ工業寄りだ。

海なし県である岐阜の魚好きは筋金入りで、ブリのためだけによってたかって富山に求婚したことがあるという。そんな彼らが喜ぶものと言えばやはり海産物だろうけども、愛知の水産業は生産量・生産額ともに20位前後で、良くも悪くもない。
「アサリの旬は春先だからまだ先だし……喜ぶかは分からんけどゆかり(えびせんべい)とか?トラフグは流石にさばけーせんし、日間賀島ツアーのチケット用意しとくかね」
愛知ですら何人いるか知らない岐阜たち全員分のチケットを用意するとなるとそれなりの金額にはなるだろうけど、それを用意できるだけの金はある。国内最大級の企業を擁する、財政力ランキングトップクラスの名は伊達ではない。
加えて、普段はケチなくせに見栄をはるためには浪費するのも、また愛知の県民性<せいかく>だった。
「……こういう思考回路しとるから『名古屋はでかい田舎』って言われるんだがや。否定はできんけども」

目の前の信号が赤くなって、愛知はブレーキを踏む。三河では名古屋走りしない、というのは彼のモットーのひとつだ。
そのまま交差点の奥に目を向けると、大きな瓶のオブジェが視界に入った。奥三河にある酒蔵の特徴的な看板だった。
「ああ、酒……。少なくとも飛騨の方は喜ぶが」
先週の一件を思い出して愛知は苦く笑う。卒倒まではしなかったものの、酔いとのぼせで目を回して岐阜たちに心配され看病されたのは、気安い仲の相手とはいえ少し恥ずかしい出来事だった。
「今度は飲まされなきゃええんだがね。幸い今日は車で行くし!」
小さな決意を胸に、青信号が点るとともに車を発進させる。行先は勿論、件のオブジェのそばにある酒屋だ。

その晩愛知は、「たった3升で足りるわけないやろう」と飛騨のひとりに頭をはたかれることになる。






愛知さんは工業系の思考回路してると個人的に嬉しい。
岐阜たちは人見知りな代わりに、気を許した相手には容赦ないと嬉しい。