034:keep
封神・聞仲
※if設定 これの続き





周王にとある査察を命じられた私は、太師の仕事を暫し周公旦に預け東端の州に向かった。農業地には人口相応の民が農作業をしており、実りも順調のようで、軍事のために兵を招集している様子は無い。
長に会って話した結果も合わせると、革命後数年も経たないうちに反乱を企んでいるといった様子は感じられず、租税を改める必要も見当たらなかった。
そういった事細かな様子を屋外で黒麒麟に凭れて帳面に書き留めていると、一つ邪魔が入った。

黒麒麟が珍しく困ったような声音で私を呼んだので帳面から視線を上げると、黒麒麟の顔を確かめるようにぺちぺちと叩くように触っている子供が居た。「うわーしゃべった!」「どうぶつなのか?」「なんだこれ」などと喚いている。私に言わせればお前こそ「なんだこれ」な存在なのだが、と思ったがそれは一旦喉の奥に仕舞っておくことにした。
その子供が、次に私に目を向けた。その瞳の奥に何十年も前と同じ光を見て懐かしさを覚えたのだが、そんな感傷に浸らせる間もなく彼は捲くし立てた。
「なぁ、これ兄ちゃんのなのか?こいつ喋るけど何なんだ?もしかして幻獣ってやつか?ってことは兄ちゃんは何者だ?」
「童、落ち着け。私はこの国の太師の聞仲という。呼ぶときは敬称をつけるか聞太師と呼べ。そしてこれは私の騎獣の黒麒麟だ。一晩で千里を翔け人語を解し人並み以上の頭脳を持つ幻獣だ。だからその手を止めろ」
言葉に従って子供は手を止めたが、さっきまで人好きのする笑みを浮かべていた眦が釣り上がっていた。
わっぱなんかじゃないやい、と前置きをして名乗った子供は奇しくも先ほど会った長の息子のようであった。
子供の挑むような目つきに、再び私は懐古の念に引き戻される。初めて会ったときも彼は同じような眼差しで私を睨んでいた。

それに惹かれ、私はひとつ試すような質問をすることにした。
「童、私や黒麒麟を恐ろしいとは思わなかったのか。見てのとおり妖怪かも分からん外見だ」
黒衣を纏った険しい顔の私と機械じみた形状の黒麒麟が一緒に居ると一種の結界のようなものが出来るのか知らない者は滅多に寄って来ない。今のような状況が起こっていることは、異様とも言える。
それを理解したのかしていないのか、子供はきょとりと目を丸くして言った。
「うーん…兄ちゃんたち別にここ荒らしてる訳でもなかったしなぁ。話も聞かないで目の前のモノを恐がるのって馬鹿みたいじゃん」
――『この大バカ野郎っ!』
――『事情も聞かねえで殺すアホがいっかよ』
「それに、なんか兄ちゃんとは馬が合いそうな気がしたしな」
そういって子供は人好きのする満面の笑みを浮かべた。


ああ飛虎、私はお前を見くびっていたようだ。
その異形をも信じる清廉な魂を欠片も損なうことなく、下界<ここ>に還ってくるなんて思ってもいなかった。
幾星霜経とうとお前を探し続ける覚悟は疾うに出来ていたのに、こんなにも早く。


「兄ちゃんどうした?俺、変なこと言ったか」
暫し物思いに耽っていた私を、子供の声が現実に引き戻した。
「いや、なんでもない。 そういえば童、ここの長の息子であったな」
「そうだよ」
「ならばゆくゆくは朝歌に入るのだな」
「そのつもりだけど…」
「何か問題があるのか」
「うーん、俺頭悪いからそんなんじゃ立派なお役人になれないぞって父ちゃんが言うんだ」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって…俺にとっては切実な問題なんだ」
「ならばこれをお前にやろう。いつか朝歌に来たときにこれを持って私の元に来るがいい。手ずから指導してやろう」
そう言って私は仮面を子供の手に押し付けるように手渡した。
「え?」
「そして私と肩を並べるまでに伸し上がってこい。お前ならきっとできる。――行くぞ、黒麒麟」




「よろしかったのですか、聞仲様」
「何がだ」
「聞仲様が長年愛用していた仮面、あの子供に軽々と渡してもよいものだったのですが」
「ああ、そのことか。そもそも仮面は必要なものではなかったからな。それに…あれが飛虎の、飛虎であった魂の助けになるなら、あれが切欠で奴が私に会いに来てくれるならそれがいいと思った」
「あの子供が嘗ての武成王…」
「仮にも一国の太師とあろう者が一介の子供をこの永い生に付き合わせてしまうかも知れない振る舞いをするとはとは、なんとも醜い自己満足<エゴ>だな」
「いえ、そのようなことはありません聞仲様。太師であろうと仙道であろうと、愛する者に会いたいと思うのが人情というものでしょう」
「……」
「あの子供、無事朝歌<こちら>まで辿り着けるとよいですね」
「そうだな…ありがとう黒麒麟」






「keep:(長期間)持ち続ける 〜にしておく」
拍手コメに触発されてごりごり練った、まさかのif設定続編。
もっとこの萌えをかっこよくカタチに出来たらいいのになぁ…。
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