鬼滅 さねげん
※ 原作軸・柱稽古if・和解前




玄弥が意識を失い倒れて蝶屋敷に運び込まれた、と実弥付きの鴉が告げてきたのは、日も暮れて寝支度を整えようとする頃だった。
実弥が血相を変えて駆け込むと、そこには土色の顔をしてベッドに臥せる玄弥と、暗い面持ちで傍に立つしのぶと炭治郎の姿があった。
「竈門、なんでテメェがこんなとこに居やがる」
「彼が玄弥君をここまで運んできてくれたからですよ」
しのぶが代わりに答える。炭治郎は蒼い顔をして唇を震わせている。
「しのぶさん、玄弥は大丈夫でしょうか……だって、こんなに大きな体なのに、禰豆子ほどの重さもなかった……」
「は!? おい、どういうことだ! こいつに何があった!」
「落ち着いてください、不死川さん。それに、まだ原因だってわかっていません。以前から妙な兆候はあったのですが……不死川さんは何か知りませんか」
実弥は苛立たしく頭を掻く。その『兆候』だって何一つ聞いたことがない。避けていたのだから当たり前なのだが。
「クソッ! 何も知りやしねえよ。夕方会ったときはピンピンしてたくせに、なんだってこんな……」
「夕方に会った……それはどこで?」
「あ? 俺の屋敷ンとこの通りだ。稽古終わってから、俺にも悲鳴嶼さんにも近づくなって言われてんの忘れたみてえに、三日とおかず俺に声かけてきやがるから、いつもと同じように鬼殺隊辞めろっていいつけた。それだけだ」
すると炭治郎ははっと顔を上げて実弥を見る。
「玄弥が倒れてたのはあなたの屋敷の傍でした」
いわく、最初に見つけたのは門の戸締りに出てきた風柱邸の女中で、兄弟が不仲であることを知っていたため屋敷に運び入れるのも躊躇われ困っていた。そこに炭治郎が通りがかって玄弥をここまで運び込んだ、という事情らしい。
「そうなると、玄弥君を最後に見たのは不死川さんで、彼はその場ですぐ後意識を失ったということになりますね。もしかすると倒れた原因もあなたにあったのかもしれません」
「なんだとォ!?」
「彼にはこのところ異様な体重の現象や生霊騒ぎなど、奇妙なことが続いていましたから。不死川さんの言動が何かの引き金、もしくは器から溢れる最後の一滴になった可能性は決して少なくないと思いますよ」
しのぶの言うことなにもかもが予想外かつ初耳で、実弥は状況がさっぱり把握できない。しかし炭治郎は既に知っていたことらしく話を進める。
「生霊だなんて言われていますけど、俺も会ったことあるんですがとても霊とは思えませんでしたよ。様子はおかしかったけど、ちゃんと触れたし匂いもしました。霊というよりは、分裂したような……」
そこまで喋って二人は同時にはっとした顔をする。そして。
「上弦の肆」「双子の鬼」
まったく違う言葉を同時に呟いた。



上弦の肆こと半天狗は柱にも報告が上がっていた通り「攻撃される度に分裂し小さな本体は隠れて逃げおおせる鬼」であり、玄弥が今まで喰った中で一番強い鬼、玄弥が一番影響を受けていると考えられる鬼だ。
そして玄弥が一番最後に喰った鬼は「双子の鬼」だと、蝶屋敷の診療録<カルテ>に記されていた。玄弥がそう判断し報告したからそう書かれていたのだが、その鬼も実は「二体に分裂する鬼」だった可能性がある。実際、この手の術を使う鬼は少なくない。
同系統の血鬼術を使う二つの鬼を短期間に喰ったことにより、身体の中で増幅されてしまい玄弥の身体にも『分裂』という術が不完全に発現してしまったのではないか、というのがしのぶの推測だった。
「鬼喰いという体質についての資料はごくごく僅かなので、彼の身に起こることに前例はなく全ては『そういう可能性がある』という推測でしかありません。ですが今のところこう考えたほうが一番辻褄が合うのです。そして、この考えに基づけばやはり不死川さんの言動がこの異変のきっかけになったと考えられます。上弦の肆は攻撃される度に分裂する鬼。そしてこの里に玄弥君を『攻撃』するのはあなたしかいないのですから」
はっきりとそう言われて、実弥はぐっと言葉に詰まる。弟が憎くてあんな真似をしているわけでは決してないが、攻撃と言われてしまえば否定のしようもないのだった。

この『分裂』が上弦の肆と同じ仕組みで起こっているのであるなら、分裂を戻す方法は本体が分裂体に帰ってこいと指示することで元に戻るのだろう。しかし玄弥の本体は意識を失っていてそれがかなわない。ならば分裂体に「帰りたい」と思わせることができれば、あるいは。
実弥は一瞬、「このまま此処で眠ったままでいてくれれば、この弱い弟が死地に赴くような真似はできないんじゃないか」とちらりと思った。口にはしていないのにそれを察したのかしのぶは鋭く言う。
「こんな、内蔵が抜け落ちてしまったような不完全な体をいつまでもそのままにしていたら、そう遠くないうちに衰弱して死んでしまうでしょうね。それが三日後か一週間後か一月後か、もしかしたら明日の朝にでも」
残酷な余命宣告のようなそれに、喉がひゅっと鳴る。気付かぬうちに弟のすぐ傍まで死神が灰寄っているなんて。
友人の窮地にじっとしていられないのか炭治郎は玄弥の分裂体を集める手伝いをすると申し出たが、実弥はそれを断った。
「テメエの不始末はテメエでつけるのが道理だろォ。それに……迷子になった弟を迎えに行くのは、兄貴の役目だ」
同じ長男として理解するところがあったのか、わかりましたと炭治郎はひとつ頷いた。
「俺があった『分裂体』は、俺が声をかけても何も返事をしてくれませんでした。あなたが迎えに行けば、きっと応えてくれるかもしれません。……玄弥を、俺の大事な友達を助けてください。お願いします」
お願いなんて、されるまでもない。玄弥を大事に思っているのは実弥だって同じなのだから。





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