鬼滅 さねげん
※ 原作軸・柱稽古if・和解前




山の中にある玄弥の匂いは二つだと言っていたから、もう片方もすぐに見つかるだろうと思っていたが、いるはずの玄弥の分裂体を見つけるのは想定した以上に難儀し、夜の時間の大半を使ってしまった。
山に引いてある道沿いにはおらず、修行に使われている岩や滝のあたりにもいない。木々が一層深くする闇の中を目をこらして他にも人が通りそうなところを探し回っても見つからず、人の通りそうにない場所まで捜索範囲を広げてようやくだった。

そこは木々が一部切り倒され小さな広場のようになっていて、遊具のようなものがつくられている。そしてそのどれもに弓道の的のような同心円が描いてありそのどれもに弾痕がいくつも残っている。そこは玄弥の射撃練習場だった。
道理で人が居そうにない場所まで行かなければ見つからないはずだ。万が一にも弾が逸れて人に当たったら大ごとだ。何せあの銃は鬼の首を吹き飛ばす威力があるのだから。
佇む細い影に実弥は歩み寄る。相変わらず玄弥の分身は人形のような薄い気配しか感じられない。もっと生物らしい気配があればこんなにも探すのに苦労しなかった。
玄弥は手に銃を持ってぼうっとし、実弥の気配に気付いたのかこちらを振り向いた。
「兄貴はおもちゃだっていうけどさ、これに俺は何度も救われたんだ」
玄弥の言葉に、実弥は唇を引き結ぶ。「そんなオモチャ振り回して鬼が狩れるなんて思ってんのか」そんなことを言ったのを思い出した。
「最終選別を突破したのに刀の色が変わらなかったのを見て、育手のじいさんは嘆いて泣くばかりだった。だからやめろと言ったのに、って。そりゃあそうだよな、何年修行しても全集中の呼吸が微塵も使えなかった子供が、日輪刀を手にしたところで色が変わるわけなんてない。じいさんがあんまり泣くものだから、逆に俺は泣けなかった。どちみち、才能がなかろうが刀の色が変わらなかろうが、俺は前に進むしかないんだし」
その『前』の行き先が自分であることを知る実弥は、その意志から否定したかった。しかしこの玄弥の分身が話したいことを全部話させなければこの異変が解決しないのだろうと察し始めていたため、なにも言わずにいた。
「そしたらさ、その刀を打った刀匠さんが『里に刀以外の武器を作る変人がいる、そちらを試したらどうだ』と言ってくれたんだ。そのとき、思い出したんだ。兄貴が昔、的当てが得意だって褒めてくれたの」
「俺が?」
「うん。覚えてない? 昔、兄貴がこっそり縁日につれてってくれたとき、俺が射的で景品とったことあっただろ。あのときのこと、思い出した。『玄弥は的当てが得意なんだな。すごいぞ』って」
確かにそんなことがあった。だが、縁日のことも射的のことも覚えているけれど、そんなことを言っただろうか。そんな、玄弥の運命を変えてしまうようなことを。
「俺、育手のとこでどれだけ修行しても何も身につかなくて、俺より後に入門した奴が先に選別に行って、そいつらが帰って来たり帰って来なかったりしたのを見送ってきた。俺には何もできないってずっと思ってたところに、あのときの兄貴の言葉と刀匠さんの提案は光だったんだよ」
「そんな光、見なければよかったのに」
思わずそんな言葉がこぼれる。才能がないのだと素直に諦めてくれていれば、煉獄の弟のように剣士の道を諦めてくれていたかもしれない。
「もしそうだとしたら、俺は色の変わらない刀ひとつ持って飛び出していって、どこかで鬼に殺されてたよ。言っただろ、俺は進むしかなかった、って。兄貴と会ってちゃんと話し合うために、そうするしかなかったんだ。俺にはこれしか取り柄がなかったから」
玄弥がそっと銃身を撫でる。
「だから、俺のことはともかくコイツのことは貶さないでくれよ。俺の大事な相棒なんだ」
『相棒』を見つめる静かな藤色の瞳に、不意にしのぶのまなざしが重なった。
身体の能力を向上させる呼吸法を習得してさえ、鬼の頸を斬るほどの力は得られなかった非力で小柄な少女。鬼を斃すのは首を斬るだけではないと、才覚を伸ばし努力を重ねて柱まで上り詰めた強い少女。
彼女のように玄弥も不退転の決意でその銃を手に取ったのなら、これ以上は何も言えない。彼は彼なりの戦い方をしてここまで来たのだ。それを否定する権利は、実弥にはない。
暫しの思考の後、玄弥の手の上から実弥も銃を触れる。夜の空気に冷えた玄弥の手よりも更に鋭く硬質な銃身の冷たさが指先にひやりと伝わった。
「……俺の弟を、何度も守ってくれてありがとな」
これからも頼む、とは言えなかった。そこはまだ実弥にとっても譲れない部分だった。
しかしそれで満足したのか玄弥はそっと笑って、そして木々の狭間に紛れるように闇の中に融けた。

ひとり取り残された実弥はじっと何も言わずしばし俯いてから、東の空を見る。夜明けが近い。





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