鬼滅 さねげん
※鎌鼬×牛鬼
神様擬きの後日譚






一部では霊山とも呼ばれている山の、人間が訪れることのない澄み切った湖のほとり。そこは風を好む鎌鼬の実弥にとっても、水を必要とする牛鬼の玄弥にとっても素晴らしく居心地のいい場所だ。
人目を避けて山に逃げ込んだ二人は、悲鳴嶼が拵えてくれたその場所に居を構えることにした。
人よりも妖怪の方が多く棲みつくこの山は何かと賑やかで、越してきた二人を大歓迎したものだから、ここの住人と面識のあった実弥はもとより、ずっと一人きりで暮らしていた玄弥にもあっという間に友人ができた。とはいっても、あまり水辺から離れることのできない牛鬼であるから、遊びに来た友人と一緒に湖畔で涼んだり水遊びをしたり喋ったりということぐらいしかできなかったのだが。

そんなふうに玄弥が友人の天狗と遊んでいて実弥が暇を持て余していたある日、湖の下流に住む河童の棟梁である宇随が「新築祝いだ」と酒を携えて訪ねてきた。祝いと言われれば悪い気はしないので、湖畔の家で旧知の二人で昼間っから酒盛りを決め込むことにした。
宇随が酒のついでに持ってきた鮎を焼いてちびちびとつまみながら飲んでいると、ふと宇随がにやりと笑って言った。
「なんつーか、意外だな」
「何が」
「お前のことだから、あの牛鬼を家に囲い込んで出さねえつもりかと思っててな。こっちに越してきたときに、情人 <イロ>に手ェ出した人間を滅多切りにして掻っ攫ったってド派手な大立ち回りを聞いてたもんだからよぉ」
その言葉に実弥は危うく酒を吹き出しかけた。大筋は間違っちゃいないがその言い方だと痴情のもつれの果ての殺傷沙汰のようで語弊がある。実情はどちらかといえば人に狐狸が祟った類の話だ。
「適当なこと言ってんじゃねェよ、どの筋からの情報だ」
「悲鳴嶼さんが言ってんだから間違いねえと思ったんだがな」
「ったく、あの人の説明下手にも困ったもんだなァ。玄弥は俺のイロとかじゃねえよ。……まだ」
ちいさく付け加えた末尾をしっかり聞き取った宇随はにやりとした笑みを深くする。そして続きを話せとばかりに太い肘で実弥をぐいぐいと小突いた。
「オイ暴れんな! 酒がこぼれる! ……あー、一応俺はそのつもりで連れてきたんだけどよォ、あいつは元々長いこと一人っきりで生きてきたんだよ。寂しいって感情すらつい最近覚えたような奴に、惚れた腫れたの感情が理解できると思えねえし、俺の方も押し付ける気は無え。そんだけだ。いつの間にか俺のこと『兄ちゃん』呼ばわりしやがるし」
「ほぉ? じゃあなんだ、お前の片想いってやつか。同棲してんのに?」
「片想いっつーか、まあ好かれてはいると思うんだがなァ」
「でも色っぽい間柄ではない、と」
実弥は無言で酒に口をつけることで不本意な肯定を示した。
正直に言えば兄と呼ばれるのは決して嫌ではない。が、兄貴分のままでいるつもりもないという複雑な心境だ。
「まあ、俺のモンっていうツバはつけてあるわけだし、時間はたっぷりあるんだ。気長にやるわ」
「なるほどな。ま、応援してるぜ! 他人の恋路ってのはなかなかに良い娯楽だしな」
「調子のいいことを。伊黒ンときは無視決め込んでたくせによォ」
「ありゃあ地味なことに巻き込まれそうだったからだ。実際長いこと手がかりも掴めねえ人探しだったろうがよ。ああいうのは好かねえな」
「確かにな。で、伊黒んとこのほうは何か進展があったか聞いてっか」
「やっぱりお前も気になってんじゃねえか」
だらだらと飲みながらの会話は続く。他人の恋路が良い話の種になるのには実弥も同意するところだった。

そして宇随はそれからも「応援する」と宣言した通り、時々酒を持ってきては話を聞いてきたし、夫婦円満のコツを教えていった。
実弥の恋路を、本来の牛鬼の性質である「病を撒く」ことになぞらえて「不治の病の調子はどうだ」と尋ねてくるのにはいささか参ったが。





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