鬼滅 さねげん



2.

年齢が上がったからか本当のことを知ったからか、広がった実弥の視界にうつる玄弥をよく観察すると、兄弟と思ってた頃には見えてなかったいろいろなものが見えてきた。
時々玄弥が「今日は用事があって遊べない」と言ってバス停に向かう日は今までにもあったが、習い事や買い物にいくわけではなく母親の見舞いに行っていたのだと気づいた。
月に数回、知らないおばさんが玄弥の家を訪ねてきていたのは、母親の妹(つまり玄弥の叔母)が家の様子を見に来ていたのだと知った。
今までほとんど踏み入ることのなかった玄弥の家は、ついこの間まで小学生だったこどもが暮らしているのに驚くほど「こどもの気配」がしなかった。他の友人の家では必ず見かけたテレビゲームもボードゲームも、漫画雑誌すら一切なくて、かろうじて古びたトランプがひとつあったくらいだった。
「一緒に遊ぶ友達いないからなあ」
そう言って笑う様に妙に苛立って、「俺がいるじゃねえか!」と怒ったら、玄弥は目を瞬かせてまたへらりと笑った。
翌週、「母ちゃんに聞いたら買っていいって言ってくれたから」と真新しい最新機種のゲーム機と今一番人気のソフトが未開封のまま玄弥の家に置かれていた。


実弥の二つ下の妹である寿美は幼いながら随分と社交的らしく、しばしば幼稚園の友達を大勢家に呼ぶ。そして母付き添いのもと更に下の妹の貞子をこぞって構いだすと、家にはすっかり女の園といった空間が出来上がって、結果的に居づらくなった実弥が玄弥の家を訪ねるようになった。
すると、例の最新ゲームで遊んだり、玄弥がどこかから掘り出した細かいピースのジクソーパズルをやってみたり(小さい子供がいるため実弥の家にはないものだった)二人きりで過ごす時間が増えた。
これまでは実弥の家で寿美も一緒に賑やかに遊んでいたから、静かな家で二人きりというのはどうにもそわそわする。しかしそれは決して嫌なものではなかった。少し背伸びした遊びを二人きりでできるというのは、前よりもっと玄弥に近付けた気がしたから。

「そういえばさ、実弥は宿題とか大丈夫なのか?」
「大丈夫って、何が?」
「ちゃんとできてるかとか、わかんないとこないかとか、そういうの。なんか気が付いたら俺んちにいる気がしたから」
「それなら大丈夫。飯食ったあとにやってる」
「おー、偉いなあ! 俺、実弥ぐらいの歳のときは母ちゃんに言われるまで宿題忘れてるのなんかしょっちゅうだったよ」
「そんな忘れるようなもんかァ? 明日の支度してたら思い出すだろ」
「うーん、なんでだったっけ。たぶんあのときの俺が今の実弥よりバカだったんだろうなあ」
年上でしっかりしてて優しい玄弥と「バカ」という単語が結びつかなくて、実弥は眉を顰める。お気に入りのものが貶されたような気分になった。
「あれ、実弥今何歳だっけ」
「今年七歳」
「そっか、それだ!」
「何が?」
「俺がそれくらいの歳にお隣で生まれた赤ちゃんが、そりゃあもう可愛くってさぁ。その赤ちゃんに会いに、お土産にお花持ってったらすっごく可愛い笑顔で笑ってくれたからもう夢中になっちゃって。それから、今日は何持っていこうとか、土のついたものは近づけちゃだめだって聞いたからどうやってきれいにしようとか、学校の帰り道にずーっと考えてた。で、宿題忘れた」
「……その赤ちゃんって、もしかして、俺?」
「うん」
へへへ、と玄弥が照れ笑う。
「それからだなあ、俺が草花とか園芸に興味持ったの」
玄弥の家も実弥の家も、庭はきれいに整えられていて華やかだ。どちらの庭も昔から玄弥が世話していて、草むしりをしたり水や肥料をやったり苗を植えたりしている姿をずっと見ていた。(実弥自身はといえばどちらかといえば庭に植わっている木にとまった虫に夢中だったが)
母が「玄弥くんは緑の手を持っているのねえ」と褒める姿も何度も見てきた。もしかしたらそれらは、実弥が生まれなければなかったかもしれない光景だったのだと思い至る。
「偶然の出会いってすげえなァ」
「そうだな。俺、実弥にあえてよかったって思うよ」
「……園芸じゃなくて?」
「はは、そっちもだけど!」
こともなげにそう言う玄弥に「俺も玄弥にあえてよかった」と同じように言えたらよかったのに、なんだか気恥ずかしくて何も言えないまま実弥はコントローラーを置いた。二人ともゲームを進める手はすっかり止まっていた。
「せっかくだし、久しぶりに二人でちょっと庭いじりでもしようか」
「ん」
こっくりと頷く。だいぶ赤く染まってきた空の下なら、この顔の赤さも多少は紛れるだろうと思って。





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