鬼滅 さねげん



3.

貞子が乳離れをする頃実弥の母のお腹がまた大きくなってまたぺたんこになった。そして不死川家第四子であり実弥にとっての初めての弟である弘がこの家にやってきた。
玄弥は実弥のときにそうしていたように、実弥の家に子供が生まれる度にお祝いに花を届けているらしい。寿美のときのことは覚えていないが、貞子のときはたしか庭に植わっているツツジが花瓶に生けられていた。

「なあ、弘くんには何送ったらいいと思う?」
花屋の店先で歩いたりしゃがみこんだりして物色する玄弥は、やや後ろで控えている実弥に話を振る。
「知らねえよ、草花あんまわかんねえもん」
「男の子だからかっこいい意味のある花がいいかなあ」
「赤ん坊なんだから花の意味とかわかんねえだろ」
「そりゃあそうだなんだけどさ」
「竹はないし、菖蒲は時期過ぎちゃってるなあ、麻……うーん」
ぶつぶつとした声が聞こえて、放っておかれる形になった実弥は正直面白くない。
「俺んときは、何持ってきてたんだよ」
苦し紛れに自分に話の中心を向ければ、玄弥の目が驚きにやや丸くなった。
「実弥のとき? ええっと、コスモスが多かったかな。晩秋だったから。ほんとうにそのとききれいだなあって思ったものを見せたくて持ってった。それこそ、イチョウとかモミジの葉っぱとかも」
「じゃあ弘にもそういうのでいいんじゃねえの。玄弥がいいなって思ったものでさ」
「そっか、じゃあそうする」
すっくと立ちあがる玄弥に、実弥は少し驚く。
「何も買わなくていいのかよ」
「うん。うちに植えてあるミニひまわりにすることにした。丁度今が見ごろなんだ」
「そっか」

大事に育てていたひまわりを、玄弥は容赦なくパツンパツンと切っていく。
数本を軽く束にして「これは弘くんに」と言った後、更にもういくつか切っていく。
「他にも誰かにやんの?」
「これは母ちゃんの分。明日見舞いにいくから」
見舞い。その言葉を玄弥から聞くのは初めてだった。実弥が勝手に察していただけで玄弥が口にすることはなかったからだ。
「なあ、その見舞いって俺が行っちゃだめなやつか?」
訊ねると、玄弥の大きな目が驚きで瞠る。
「え……別に、駄目じゃないと思うけど」
「じゃあ俺も行きたい」
「別にそんなに面白いもんでもねえよ?」
「面白いのを期待して行くわけじゃねェよ! ただ……玄弥にいつも世話になってるから、玄弥の母ちゃんにも挨拶くらいしとこうと思って。あったこともねえし」
すると玄弥はくふくふと笑う。
「あったことはあるよ。実弥が覚えてないだけで。――でも、そうだな、実弥に会ったら母ちゃん喜ぶかも」
「よろこぶ? なんでだ」
「母ちゃんも実弥が生まれたときあんまりかわいくてめろめろになってたもん」
「そうかよ……」
赤ん坊の頃のことを褒められるのはなんとなく気恥ずかしい。当時の写真を見たことはあるが、「生まれた時から髪白かったんだなあ」くらいの感想しか抱けなかったというのもある。
「明日朝十時に俺んちで集合。で、いい?」
「おゥ」
「じゃあ、決まりな」



翌朝。玄弥の母の見舞いについていく、と伝えると母が親戚からもらったサクランボをいくつか詰めて持たせてくれた。
その手荷物と財布だけ持って玄弥の家の庭に立つと、すぐに玄弥が大荷物と昨日作っていた小さな花束を抱えて玄関から出て来た。
「あ、おはよう。ごめん、待った?」
「おはよ。別に、今来たとこ」
「ふふ、なんか待ち合わせってしたことなかったからなんか照れるな。じゃあ行こうか」
何気なく言われた言葉にどきりとする。待ち合わせ云々なんて、言及されなければ「漫画に出てくるようなデートみたいだ」なんて思わずに済んだのに。

病院は最寄りのバス停から乗った先の終点だった。こんなに大きな病院に来たのは初めてできょろきょろとしながらも視界の端で玄弥をとらえてはぐれないようにする。玄弥は慣れた様子で見舞いの手続きをしてスムーズに入院棟に向かっていった。
からりと音を立てて入った部屋は明るいけど不思議に殺風景で、妙に見覚えがあると思ったが、それは貞子や弘が生まれたときに母が泊まっていた病室によく似ていたからだった。
「母ちゃん、来たよ。今日は実弥も一緒」
ベッドで体を起こしていた女性はこちらを向いて、顔を綻ばせた。
「わあ、実弥くん! 大きくなったわねえ!」
実弥にしてみれば初めて会う相手なのに見知ったように言われるとなんと返していいか分からなくなって、実弥はぺこりと頭を下げる。そして母から教わった言葉をとなえてサクランボの入った袋を差し出す。
「あ、ええっと……おたくのむすこさんに、いつもおせわになってます、つまらないものですがどうぞ」
「あらあら、ふふ、お気遣いなく。しっかりしてるわねえ」
顔を綻ばせる彼女の笑顔の穏やかさは確かに玄弥によく似ていた。けども顔立ちは玄弥よりもずっと女性らしく可愛らしい。病気のせいか頬が削げているが、それがなければもっと美人だったんだろうと察せられる面立ちだった。
そう観察している間に彼女も実弥を観察していたのか、にこっと笑う。
「いつも玄弥から実弥くんのこと聞いてるわよ。なんだか、実弥くんも玄弥に似てきたわねえ。二人とも父方の血が濃いのかしら」
「えっ!?」「うん?」
実弥と玄弥の声が重なる。
「あら、言ってなかったかしら。カズヤさん―?玄弥のお父さんが、実弥くんのお父さんと従兄弟なのよ。だから二人はハトコになるわね」
「俺、初めて聞いたんだけど」
「カズヤさん、おじいちゃんと折り合い悪かったからねえ。もしかしたら実弥くんのご両親もご存知なかったのかしら」
「俺は聞いたことねえ、です」
「あら、そうだったのねえ。じゃあ、これからももっと仲良くしてくれると嬉しいわ。ね、玄弥」
「え、うん、そうだな」
「あ、そうだわ玄弥。立ってるついでに、いつもの雑誌とジュースの新商品あったら買ってきてくれないかしら。今日売店寄るの忘れちゃったのよ」
「ん。わかった」
「で、実弥くんは私とお話しましょ」
「え、おう」
いってくる、と手を振って玄弥が病室を出て行ってしまい、実弥は初対面の女性とふたりきりになってしまった。

「実弥くん、いつも玄弥と仲良くしてくれてありがとうね」
「いや、俺の方が仲良くしてもらってるっていうか、あ、その、ゲーム機だって俺が玄弥と遊びたいって言ったらなんか買ってもらうみたいなっちまって」
玄弥の母は、一瞬きょとんとした顔をしてから、ほろりと破顔した。
「ああ、あれね? 実弥くんが言い出してくれて、私嬉しかったのよ」
「えっ、なんで」
「玄弥ったら、ここに来ても話すのは実弥くんやそちらのご家族のことばっかり話しててね、学校のことはあんまり喋らないのよ。いじめられてるとかではないと思うんだけど」
一緒に遊ぶような友達がいない、というのは母親として把握していたらしい。
「でもね、実弥くんが『普通の男の子』がする遊びに誘ってくれたから、玄弥も普通の男の子らしいことができるようになったのかな、って思ってるの。私は近くで見てる訳じゃないから、そういうのわからなかったし……」
余り大きくはない痩せた手が、実弥の小さな手を包みこむ。
「だからね、本当は息子より六つも下の子に言うようなことじゃないかもしれないんだけど、玄弥をよろしく頼むわね。その代わりあの子のこと、いくらでもこき使っていいから」
そんなことしねえよ、と言おうとしたが、後ろからの言葉で遮られた。
「なんだよ、母ちゃん実弥にヘンなこと吹き込んでんなよなあ」
「あら、変なことなんて言ってないわよ、ねえ?」
「えー、こき使うとか聞こえたんだけど?」
ふてくされたような口調の割りになんだか楽しそうな顔をしている玄弥は、買ってきたものを母に渡し、そのままの流れで自分が持ってきた花束を花瓶にさした。
「お花ありがとう。今日もきれいね。――それで玄弥は、学校で何か変わったこととかあった?」
「んー、別に……あ、大会の遠征費用意しといてって、顧問が言ってた」
「わかった、自分でおろしておいてね」
「ん」
「玄弥、大会ってなに」
実弥がたずねると、玄弥はヤベッと声を漏らした。
「なあに、実弥くんには秘密にしてたの? 玄弥学校でアーチェリーやってるのよ」
「部員俺だけだから同好会みたいなもんだけどな。別に隠してた訳じゃねえってば。……良い結果が出てから知らせたかっただけ。ちょっとはかっこいいとこ見せたかったからさぁ」
「は? 別に勝てなくたって玄弥が一生懸命やった結果なんだったらカッコ悪くなんかねえだろ。ンなことより秘密にされてたことのほうが気分悪ィ」
率直な気持ちを口にすると、玄弥は暫し目を瞬かせてから頬をほんのり赤く染めた。
「ふふ、実弥くん、かっこよく育ったわねえ! 玄弥、実弥くんの前でかっこつけようとしてもきっと無駄よ? 自分で自分の秘密バラしちゃうおまぬけさんだもの」
「……俺も、ちょっとそう思ってた」
何も特別なことを言ったつもりはなかったのに、親子の間でなにがしかの共通認識ができたようで、実弥は首を傾げる。それが別に悪いことではなさそうだ、ということだけしかわからなかった。



後日、アーチェリー中学生の部の大会で玄弥が賞状をとったということを教えてもらった。それがどれくらい凄いことなのか実弥にはピンとこなかったけども、たくさん褒めたし玄弥は照れつつも嬉しそうにしてくれていた。
日時教えてくれたらその大会見にいったのに、と文句を言うと、どうやら遠くでの大会だから小学生はつれていけないものだったらしい。そんなところばっかり歳の差を意識させられて、実弥はすこしだけ拗ねた。
かっこいいと褒められても、まだ小学生なので。





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