鬼滅 さねげん



4.

クラスメイトが「テストでいい点とったらお小遣いもらえるんだ」と言っているのを聞いた。そういう家もあるのか、と実弥は思ってから、ふと自分はろくに小遣いというものを貰ったことがないことに思い至った。文房具や遊び道具は買ってもらえるし、ちょっとしたお菓子なんかはお年玉を少しずつ使うことで事足りていたから、特に必要を感じなかったのだ。
「お小遣い、な……」
自分の分のお菓子を買うのなら、今のままで特に支障はない。けども。
ちら、とカレンダーを見る。世の中は早くもクリスマスの準備をしだす秋の終わり。月末には実弥の誕生日があって、慌ただしい十二月を超えたらすぐに玄弥の誕生日だ。
去年もそうだったように、実弥の誕生日には玄弥からプレゼントをもらえるだろう。だから今年は、玄弥にも誕生日にプレゼントを渡したい。それはお年玉ではなく、自分が何かの成果でもらったお小遣いで、自分で選んで買って、プレゼントしたい。唐突に浮かんだそれは、とてもいい考えのように思えた。

「そっかぁ、実弥くんもそういうこと考える歳になったのねえ。うん、良いことよ」
実弥の考えを伝えると、母は笑顔で賛同してくれた。
「そうねえ、テストでいい点をとったときと、いつもより大変なお手伝いしてくれたときにお小遣い、ってことにしましょうか。そうだ、昨日持って帰ってきたテストも満点だったから、もう渡しちゃうわね」
「え、いいのかよ」
「いいのよ。実弥はいつも下の子の面倒見ながら勉強がんばってるもの。それにね、ふふ、人間って他人のためにお金を使うとき、自分のために使うよりも幸せになれるんですって。だから、玄弥君のために頑張ることで実弥くんも幸せになってくれたら嬉しいな」
あたたかい母の手が実弥の手を包む。なんでも見透かしたような母の眼差しが妙に居心地悪くて実弥は目を逸らした。この小さな胸の内にある淡い想いは、とっくに見透かされていたのかもしれない。


そんな母の応援もあり、便乗した父が実弥を小間使いにして追加で小遣いをくれたりもして、想定より早く目標金額は集まった。
すると余剰にもらえた分、プレゼントのグレードをあげようかとか、追加で他にも何か追加しようかとか、色々考えることが増えた。手伝いの一環でやった料理という作業が実弥に向いていたのか刃物と相性がよかったのか、物覚えも早く器用にこなせたので、夕飯の一品を任されるようになった。
そうやって忙しくしていると玄弥と会えない日も増えていった。昔は毎日のように夜の時間を実弥の家で過ごしていたのに、玄弥が中学に進学してしばらくしてから「帰りが遅くなることもあるのに夕飯を用意してもらうのは悪いから」と遠慮するようになったというのもある。実際見舞いや部活などで、日が沈んでから帰ることも多いようだった。
そんな訳で、お互いの時間の都合があったとしても、一緒に過ごせるのは夕飯の時間までになっていた。

でも、玄弥の誕生日当日は特別だ。家でパーティをすることを先んじて伝えておいてあるし、その中で一品実弥が作るということも伝えると、とても楽しみにしてくれていた。
冬休み最終日というのもあって一日中時間が使えるため、花束を買いに行ったり予約していたケーキを受け取りにいった。家では、またおなかが大きくなってきた母に代わって妹たちと料理の下拵えをしたり、シチューを一から全部作ってみたりもした。
もちろんプレゼントはとっくに用意してあって、ラッピングして部屋に置いてある。
「実弥くん、自分の誕生日より楽しそうねえ」
母のそんな言葉が妙にむずかゆかったけども、図星なので否定もできない。大好きなひとのために何かを用意したり考えたりするのがこんなにも楽しいなんて、ほんの数か月前まで知らなかった。


「うわあ、すげえ! これ結構いいやつだろ? ありがとうな」
実弥からのプレゼント――有名スポーツブランドのキャップを見、玄弥はぱあっと笑顔になり、つられて実弥も顔が緩む。
「部活、外でやるって言ってたから要るかなと思って」
「うん、日差し眩しいことあるからなあ。よく考えたら俺ずっと小学校んときの帽子使ってたよ。なあ、似合う?」
深い紫のキャップを被ってはにかんでいるのが妙に可愛く思えて、実弥は一瞬言葉に詰まった。
「……おう、似合ってる」
「良かった。これからはこれ使うな」
「あと、こっちも。これは、秋の大会優勝したってやつのお祝い。遅くなっちまったけど、優勝、おめでとう」
物陰に隠していた花束を半ば押し付けるように渡すと、玄弥は瞳を少し涙で潤ませながら重ねてありがとうと言った。
「良かったわねえ。玄弥くん、この子ったらね、あなたにプレゼント渡したくてたくさんお手伝いとかテストがんばってお小遣い集めたのよ」
「母ちゃん! 言うなよ」
「嫌な顔しながら俺の酒おつかいしにいってたもんな」
「父ちゃんも! もぉ、かっこつかねえだろ……」
両親からの思わぬリークに口を尖らせると、いつのまにか随分と大きくなった掌が実弥の白い髪をそっと撫でる。
「一生懸命やったなら結果がどうあれかっこ悪くなんかない、って教えてくれたのは実弥だろ。俺の為にいろいろやってくれたの、すげえ嬉しかったしかっこいいぞ」
いつかあの病室で言った言葉をまるっと返されて、照れくささに目を合わせられない。頬が赤くなるのを誤魔化したくて擦ってみたけど、強く擦り過ぎてひりひり痛いだけだった。

かつてよくしていたように食後の時間も玄弥と過ごし風呂にも入っていき、かつてそうだったように夜になって二人は玄関に立つ。実弥が送ったキャップを被っていて、手には実弥が送った花束を抱いている。
「今日は、すげえ嬉しかったし楽しかった。本当に、ありがとうな」
「別に、俺がしたかっただけだから」
「そう思ってくれたのが、嬉しい。……あー、帰りたくねえなあ」
別れ際に玄弥がそんな弱音を吐くのを見たことなんてなくて、実弥は目を丸くする。
「だってさあ、こんなに賑やかであったかくて明るい家から出て、帰る場所が暗くて寒くてひとりっきりの家だろ? 寂しいに決まってんじゃん」
「じゃあ、泊っていけよ」
「俺のベッドあっちだもん」
「俺のベッドで寝りゃあいい。最近でけえの買ってもらったんだ、これから大きくなるだろうからって。今の俺にはまだでけえから、玄弥も一緒に寝れる」
「……いいの?」
「良くなきゃ言わねえ。それに、今日は玄弥の誕生日だろ。ちょっとぐらい特別なことしたっていいだろ
「……そっか、そうだよな。よし、じゃあ明日の準備して寝間着取ってくる。ちゃんとそっちの母ちゃんたちにも話通しといてくれよ」
「おう!」
じゃあまた後で、と言おうとしたのを、背後から飛んできた母の鋭い声が遮る。
「玄弥くん! お母さんの容体が急変したって……」

バサ、と乾いた音を立てて花束が玄関に落ち、花びらを散らした。





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