鬼滅 さねげん



6.

実弥は封筒を握りしめる。その封筒の宛名は実弥であり、送り主は玄弥で、そこには玄弥の住所が書いてある。その住所をもとに、明日玄弥の元を訪れる予定だ。
明日、実弥の十八の誕生日の日に。



玄弥が引っ越してから、実弥には玄弥と連絡を取る手段がなかった。しかしその年の夏に玄弥が暑中見舞いの葉書を送ってくれたところから現住所がわかり、そこから実弥が手紙を送り、そこから時代はずれの文通が始まった。
内容は他愛もないことだ。新しい環境で友人が出来たとか、近所に住む猫がなついてくれたとか、近所の商店街に安くておいしい店を見つけたとか。
玄弥が伝えてくるそんな日常の合間に、彼がインハイやインカレで世界に通用するレベルの成績を収めていることも、交通事故で弓をひけなくなったことも、射撃に転向してそちらでも好成績を収めていることを実弥は知っている。それは専門誌だったり新聞やテレビでの報道で知った。玄弥自身は教えてくれなかった。別にそれでもかまわなかった。手紙の中にいる玄弥はスポーツ選手ではなくただ一個人としての不死川玄弥というひとだと思えたから。
だから、実弥も自分が進学して陸上競技に打ち込んたことも、高校に入ってからはインハイで好成績を収めたことも言わなかった。自分と同じように玄弥もどこかで知っててくれればいいなと思うけども、知っててくれなくてもい。大事なのは『これから』だからだ。

元々は実弥が携帯を持っていなかったからこそ始まった文通だったけども、数度メールアドレスを書いて送っても返ってくるのは便箋の詰まった封筒だけだった。きっとそれは玄弥の挑戦状であり試し行為なのだと実弥は捕えた。
こんなゆっくりした言葉しか交わせない遠い関係でも、忘れずに愛してくれるか。そんな言葉が、一貫して使われている白クローバーがあしらわれた便箋から聞こえるようだった。
だから、実弥も愛している気持ちを告げるようにたくさんの愛の言葉を便箋に描かれた花で示した。気障ったらしいと思わなくはなかったけど、草花を愛した玄弥にはそれが一番だと思ったから。

明日、実弥は自分の誕生花を携えて新幹線に乗る。
玄弥の予定は聞いていない。住所以外の連絡先を知らないから、予定のすり合わせようもない。けども、迎えにきてくれという約束だったから家で待っているのだろうという確信があった。
遠くの国で家族になろうという約束は、長い歳月の間にこの国の一部地域でも果たせるようになった。偶然にも玄弥の現住所はその一部地域のうちにあって、実弥もその地域に引っ越し近くの大学に進学することをもう決めている。それを知った玄弥はどんな顔をするだろう。それを思うと口元に笑みがこぼれる。

明日、十八の誕生日に、初恋が叶う。





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