刀剣乱舞 ぬしこぎ

※ 創作男審神者注意
※ 『二振り目の一期一振の憂鬱』『狐の雷』と同一本丸だけど多分別に読まなくても大丈夫です



この本丸で怒鳴り声が響くのは、さして珍しいことではない。
そう聞くと、なにやら殺伐とした印象を受けるかもしてないが、怒鳴っているのは小狐丸で、怒鳴られているのは審神者で、この二人はそういった意味でデキているのだという説明が補足されれば、大抵の者は「犬も食わないやつか」と納得するだろう。本丸にいる他の面々も同じで、「また雷が落ちたぞ」「主も懲りないな」と笑っている。散々怒ってもその日のうちにはころっと機嫌が良くなって仲直りしているのだから、心配するほうが馬鹿らしいというものだ。
その一方的すぎて喧嘩ともいえないそれは大抵小狐丸の嫉妬からだということもあって、往年の漫画になぞらえて「ラムちゃん」というあだ名がこっそりとついていることを、小狐丸本人だけは知らない。
ともあれ、日常茶飯事であるその『雷』だが、聞こえてくる文言の中に「実家に帰らせてもらいます」というのがあって、本丸の面々は少しだけ「おや?」と思った。しかし、まあ気にすることではないと判断し、各々仕事の続きをしたり休日を謳歌することに戻ったのだった。


「今日という今日は愛想がつきました!」
小狐丸は唐草模様の風呂敷の中をぱんぱんにして、口元をぎゅうぎゅうと縛っている。その包みは古い漫画のような出で立ちだが、今までにはなかった本格的な家出支度で、審神者は狼狽えて引き留めた。
「悪かったってー、俺が愛してるのは小狐だけだよ!」
「嘘ばっかり!だったら何故艶本なぞ隠し持ってらっしゃるのですか!」
「それは、まあ、男のタシナミっていうか、ね?」
「私も男ですがそんなもの持っておりません」
「あっ、そうだった」
「前のときも、その前のときも、この小狐の目につくところに置いて!当て付けとしか思えませぬ!」
「いやどこに隠しても見つけるお前の嗅覚が――」
「ぬしさまは私だけでは不満とおっしゃる!」
「言ってないって」
「浮気ばかりするぬしさまにはほとほと愛想がつきました!実家に帰らせてもらいます!」
包みを縛り終え、それを肩に担いで小狐丸は立ち上がった。
「出てくなんて言うなよー、そもそも実家って第一何処に行く気だよ」
そう突っ込みが入って、小狐丸は踏み出しかけた足をはたと止めた。どこかで見た表現を真似ただけで、何処に行くなんて考えてもいなかったのだ。
「実家……三條小鍛冶へ」
「政府の許可なしに現世行けないからな?」
「墨俣――」
「お前鍛刀産だろうが。むしろ生家がここだろ」
「―――っ!!なら、ぬしさまより私を大事にしてる方を探しに参ります。えっと、えっと……そう!たしかぬしさまのご友人に小狐難民とやらがいらっしゃったはず。その方の元に!」
我ながらいい案だとばかりにゲートの方へ向かう小狐丸を、腕をつかんで審神者は引き留める。いきなり現実的な案が飛び出して更に焦りが出た。
「待て待て待て、そのご友人ってのは俺が時々話すあの演練施設の集会所で合う××のことを言ってるんだよな?」
「そう、確かそのようなお名前でした。あの場所でその名で探せばじき見つかりましょう」
「いや、××ってのはあだ名だし、本名は別にあるし、そいつこないだ難民卒業したって言ってた!」
「おや、本当でございますか」
「本当も本当よ、俺嘘つかない」
「どうだか」
フンと鼻をならして小狐丸は審神者をじっと睨む。しばらくして不承不承といった様子で目を閉じた。
「ふむ、信じましょう」
「だろ?だから荷物といて、出てくなんてやめよ?な?」
やや力の抜けた小狐丸の腕から風呂敷包みをもぎとって、審神者は勝手に荷ほどきをし始めた。だが、刀剣男士が怒りのままにぎゅうぎゅうと縛った結び目はなかなかほどけず、力任せにひっぱっているとびりっと大きな音がして風呂敷が破れた。
「あっ」
「あっ……悪い、小狐――うん?なんだこりゃ」
風呂敷包みの中で相当圧縮されていたらしく、中身ははじけるように飛び出て部屋に散らばる。着替えや洗面具に紛れて転がった、金の蒔絵があしらわれた高価そうな小箱に審神者は目をひかれた。小狐丸と一緒に過ごすことが多い為持ち物は大体把握してはいるが、これは見覚えがない。
荷物がはじけた拍子に部屋の隅に転がっていったそれは、転がったはずみで蓋が開き、中身が見えていた。
「お前こんなの持ってたっけ?」
「……っ!ぬしさま、それはっ!!」小狐丸は慌てた様子でそれを回収しようと手を伸ばしたが、より近かった審神者の方が早かった。
持ち上げた小箱からはぽろぽろと中身が零れ落ちる。それらは紅葉をあしらった髪飾りであったり、鈴の根付であったりと、箱の豪奢さにくらべて他愛もない小物だった。だが、審神者にはしっかりと見覚えがあるものばかりだった。おや、と思って箱を覗き込めば、底には歯の欠けたつげの櫛がひっかかっている。
それらすべては、審神者が小狐丸と共に万屋などへ買い物に行ったときにねだられて買い与えたものだった。とりわけつげの櫛は、小狐丸に特がついたときの褒美としてプレゼントしたのをよく覚えている。なぜならその飴色の櫛は何の変哲もなく見えるのに、なかなかの値段がしたからだ。
小狐丸はそれを大切そうに使っていたが、使っているときの力が強すぎたのか、彼の髪の豊かさに押し負けたのか、あるとき櫛の歯が欠けてしまった。ずいぶん落ち込んでいる小狐丸に、同じものを買ってあげ、歯が折れた櫛は縁起が悪いと聞くから捨てるように言ったはずなのだが。
「俺に愛想つかしたって言ってたのに?俺が贈ったものを家出先にも持って行くつもりだったんだ?ふーん……」
にやにやとした笑みを隠すつもりもない審神者が視線をやれば、小狐丸は正座したままむっつりと黙り込んで顔を真っ赤にしていた。
「いやいや、俺は嬉しいぞ。贈ったものをこんな綺麗な小箱に入れて大事にしてくれてるんだろ?新しい櫛も買ってやったのに、古いのもせっかく貰った思い出の品だからってとっといてくれたんだろ?いやあ、俺って愛されてるなぁー!」
にやついたまま小狐丸の隣まで近寄り抱き寄せようとした瞬間、小狐丸はばっと立ち上がった。
「お?」
「ぬしさまなんか、ぬしさまなんか…だいっ……、――っ!ぬしさまのばか!出てってやる!」
「あっ、ちょっ……」
真っ赤なまま若干涙目になった小狐丸は瞬く間に近くにあった着替えをかき集め、外へ飛び出していった。その素早さに引き留める隙もなく、演練場へつながるゲートが光ったのが見えた。さっき言ってたとおりに、元狐難民だという知人を探すつもりなのかもしれない。
「んー……ちょっとやりすぎたか?」
男はそうぼそっと呟いた。



彼は小狐丸を怒らせるのが好きだった。ちょっとからかえば思った通りの可愛らしい反応をしてくれるし、嫉妬で怒るさまも愛情表現のひとつだと思えば愛しい。それに、自分のことを本当に嫌いになることなどないと確信している。さきほどだって「大嫌い」と言いかけたのだろうに、口先だけでも嫌いだなんていえず、こどもみたいな罵りだけ口にするにとどめたところが大変可愛らしい。
ただ、最近本当にうちの小狐丸は小狐丸なのだろうかと少し考えることがある。というのも、演練施設の集会所で会う審神者仲間から聞く小狐丸の人物像と、自分の本丸にいる小狐丸がさっぱり一致しないからだ。
審神者仲間からは「紳士的」だとか「ミステリアス」という形容をよく聞くが、そう見えたことなど一度たりともない。それどころか。
「なんていうか、『あほのこ』だよなあ……俺の影響か?あれ置いてどこ行く気だよ、あいつ」
そう言いながら彼は部屋の奥を見る。
そこには刀掛台が置いてあり、金の鞘に白い拵えの立派な太刀――小狐丸の本体がどこか寂しそうに鎮座していた。






うちの本丸に狐が来た!って言ったら元ネタ氏が狐が家出する夢見たと言ってたので。
すごくアホのこに書きすぎた気がするけど反省も公開もしてません。