刀剣乱舞 刀剣男士13名 ※ これの宴会場サイド 「お小夜、わざわざ手伝ってもらってすまなかったね」 「これくらい、たいしたことじゃないですから」 「いや、僕や手伝い妖精だけでは日付が変わるまで持ち越していたよ」 さほど大きくもない皿をひとつずつ持って、歌仙と小夜は厨と大宴会場をつなぐ短い廊下を渡る。 すぐに渡り終えて襖を開けば、なかなかに惨憺たる光景が広がっていた。 宴もたけなわといった状態で宴会場は、人もまばらだ。正気を保っている者もいないではないが、酔い潰れている者あり、羽目を外しまくっている者ありで、もうすぐ新年だというのに無残な有様だった。小夜の手伝いもあってごみだらけ汚れものだらけということはないのだけが救いだ。 ぐるりと見渡すと視界の端に、次郎太刀と野球拳を始めようとしている親戚筋にあたる男がいて、歌仙は深くため息をついた。しかし止めるのも面倒で放置することにした。きっと翌朝堀川が灸をすえてくれるだろう。 「おや歌仙どのに小夜どの。こんな時間まで何をしてらしたのです?」 すぐ近くから訊ねてきたのは小狐丸だ。 「厨で洗い物さ。手伝い妖精に任せるにはあまりにも多かったし、正月に汚れ物を持ち越すのは僕の美学に反するからね。小夜が手伝いを申し出てくれたから協力してもらっていたんだ」 「ほう。言ってくだされば私も手伝いましたのに」 歌仙が会場を見まわたしていた間に縁側に皿を運んで戻ってきた小夜が歌仙の代わりに答える。 「あまり人が増えると動きづらくなってしまうから……僕くらいがちょうどいいんだ」 「なるほど、小夜どのは働き者ですね」 「そうでしょう。自慢の弟です。――お小夜、こちらへ」 話に加わってきたのは小狐丸と一緒に飲んでいたらしい江雪だった。 呼ばれた小夜は江雪の隣に座るが、直後その体はひょいと一瞬宙に浮いて江雪の膝の上に収まった。 見ていた歌仙と小狐丸も驚いたが、一番驚いたのは小夜だった。 「……!……!?」 無言で固まって狼狽える弟を他所に、江雪はその小さな手を自分の手でつつみ、 「ずいぶんと冷えてますね…温めてあげましょう」 などと言っている。 「兄様、すごくあつい……」 「良いじゃないか。洗い物で冷えただろう、温めてもらったらどうだい」 「兄様、多分すごく酔ってる。いつもはこんなに体温高くないもの」 「おや、少々飲ませすぎましたか」 「酔ってるようには全然見えないね。顔に出ない体質なんだろうか」 好き勝手に言う彼らの言葉は耳に入ってないのか、江雪は小夜の手をさすっている。表情はこころなしか機嫌よさげだ。普段陰鬱な表情をしていることが多いから、それだけで多少は酔っているのだろうなとわかる。顔色は白いままだけども。 「ど、どうしたらいいですか……」 「そのままでいいんじゃないかい。意識はちゃんとあるようだし、今歩かせたら逆に危ないよ」 「そうですか…」 戸惑った表情のまま、結局小夜は江雪の膝におさまったままにすることにしたようだ。そのさまを見て、小狐丸はくつくつと笑う。 「やはり酒というものは面白いですね。刃生を悲観する者すらたやすく化かして変貌させる」 「化かすとは、また面白い見方をするね」 「そうですか?宴に自分から混ざるのも良いですが、乱痴気騒ぎを素面で見るのもなかなかオツですよ」 「そうなのかい?よかったらその楽しみかたを教えてくれないかな。今さら酔える気もしなくてね」 どこかに移動するのも面倒で歌仙はその場に腰を下ろす。 「そうですね。では、歌仙どのの持ってきたラストオーダーをつまみながら、あの言い合いをしている二人の観察などどうでしょう」 二人が視線を向けた先には、持ち主に所縁があるとされている二振りが口調もおぼろげに言い合っている。 「そんなのだから薄緑はいつまでたってもなきむしなんですよ!」 「俺は泣き虫などではない!それに何度も言っているが薄緑ではなく、膝丸だ!」 「なまえに丸がつくひとおおいんですから、こせいだしましょうよ!だから髭切にもおぼえてもらえないんですよ」 「兄者は関係ないだろう!」 喧嘩のように聞こえなくもないが、双方酔いで顔が真っ赤な上語調もあやふやで険悪さはない。おそらく自分自身でも何を言っているのか分からなくなっているのだろうな、と端から容易に察せられるような有様だった。 そんな状態でも酒の勢いが更に欲しいのか、二人は同時にコップをあおり、なおも続ける。 「だいたいお前がうしゅみどりっていうからあにじゃだって※△○◇×…」 「かみがそうなんですしみゃびでしゅ◎◆▼☆□…」 いよいよ何を言っているのか聞き取れない段になり二人のぐらぐら不安定な頭が後ろに倒れようとした瞬間、同時にそれを支える者が来た。 「そら今剣、そこまでにしておけ」 「はいはい、兄はここだよ」 岩融が今剣を後ろから抱える形で、髭切が膝丸の肩を抱き寄せる形でそれぞれ支える。 「なかなか腹を割って仲良く、というわけにはいかないねえ」 「そうだなぁ……ううむ、うまくいかないものだ」 縁があるのに距離のあるようだった今剣と膝丸に、酒の席だから話してこいと差し向けたのがこの二人だった。 だんだんと雲行きが怪しくなって、言い合いをしだしたあたりで傍から見てて楽しくなってしまい酒を飲みつ見学を決め込んでいたのだが、さすがに倒れて頭を強打するのだけは見ていられなくて手助けした次第だった。 「まあ面白かったから良しとしようよ。しかしこの様子じゃあ、明日にはすっかり忘れてそうだねえ」 「まあ今後似たような機会もあるだろう。お互いに無事ならばな」 「ふふ、そうだね」 「して、どうする?太刀棟まで運ぶなら手を貸そうぞ」 「いや、心配には及ばないよ。僕だけで十分さ」 そういって髭切は意識のない膝丸を器用に自分の背に乗せてすっくと立ちあがった。岩融と一緒に飲んでいたとは思えないほどその足元はしっかりしていて、同じくらいの体格の弟をしっかり運べそうだった。そのさまに岩融は、ほう、と感嘆の声をあげる。 「兄弟でも随分と酔い方が違うのだなあ」 「みたいだね。――では来年も僕と、えーっと……薄丸?をよろしくね。では良いお年を」 「がはは、こちらこそよろしくな。良いお年を!」 ぺこ、と軽く頭を下げて髭切は膝丸を背負って退室した。 それを見送ってから、胸を枕にして膝の上で眠る今剣の頬を指の甲でむにむにとつつく。 「お前のせいで、膝丸の名前がずいぶんとぺらっとした認識をされてしまったではないか」 くくくっと喉で笑いながら言っても答える声はなく、眉根に少し皺が寄っただけだった。 「まあ明日あちらが覚えていたら俺の方から謝っておこう。さて我らも帰るとするか」 今剣の本来の寝所は短刀棟だが、岩融の部屋に泊まりに来ることも多々あるためそちらにも布団がある。(余談だが同じ理由で短刀棟に一期用の布団がある) 今剣を運ぶには片腕で充分であるし、他にも運ぶべき者がいたらついでにもう片方の腕で運んでいこうかとぐるりと見まわせば、片腕では荷が重そうな背の高い影が座ったまま眠たげにぐらぐら揺れてるのが視界に入った。 うつらうつらと揺れたあと、かくん、と力が抜けたような軽い衝撃があって御手杵は目を覚ます。どうやら座ったまま眠っていたようだ。緩慢なしぐさで曲がっていた背を伸ばし、うろうろをあたりを見渡す。寝起きのぼんやりした頭のせいで今の状況がよくわからなかった。 「ん……ここどこだ?」 「お前がいる場所って意味なら年越し直前の大宴会場だし、手元のゲームの話なら多分そこシークレットエリアだぜ」 隣で答える薬研は珍しく携帯ゲーム機を持っていて、視線は画面から放していない。そしてそのゲーム機は明らかに薬研のものではない。 「あれ、なんでお前陸奥守のそれ使ってんの?」 「うたたねしてる間に記憶とんだか?陸奥があんなんだから薬研が借りて、俺の素材集め手伝ってもらってるとこだぜ。お前もだけど」 逆隣にいた獅子王が応える。視線で指した方向を見れば、次郎太刀と和泉守がやっている野球拳に陸奥守も参戦していて、泥酔した3人がやっているじゃんけんがいつまでたってもあいこ続きでさっぱり進んでいなかった。 「ああ……ン、これどうやって出るんだっけ、あれ…」 薬研と獅子王が別のエリアで竜と戦っている音が聞こえるからそこに合流しようとシークレットエリアから出ようとうろうろとコントローラを動かすが、寝ぼけ頭のせいか操作をどわすれして出られる気配がない。 「3乙されても困るから、眠いなら寝てていいぞ。薬研も操作慣れてきて2人でどうにかなるし」 獅子王にそう勧められれば拒否する理由もなく、その言葉に甘えることにした。 「悪い、そうするわ……眠い」 御手杵はそのまま背を丸め、目を覚ます直前と同じ姿勢で眠気に身を預けた。 座ったまま寝た御手杵は放置して、獅子王と薬研はそのまま竜の討伐を続ける。 「おいおい体力やばいぜ、ほら粉塵だ」 「さんきゅ!よっし、ぅおりゃあ!」 「俺も攻撃っとぉ……移動か」 「お、これはもう瀕死だな、巣にいくぜ」 「眠るまで待ってから行けばいいんだったか?」 「そうだな」 「……」 「……そろそろか」 「9番だったか」 「そうそう。そうだ、溜めのタイミングわかったんだったらアレやってくれよ!」 「りょーかい」 薬研と獅子王は操作するキャラをエリア移動させると、はたしてそこには体力を消耗した竜が巣で眠っていた。討伐まであと一息である。 「爆弾の方が効率いいんだろうけどやっぱこっちのがロマンだよな」 そう言って薬研(のプレイヤーキャラ)は一時的に攻撃力をあげる薬を飲み、眠る竜の頭近くに陣取り上段に構え溜めの姿勢をとった。 「ヒューウ!薬研いっけぇ!」 「っしゃ!ぶっといのをお見舞いするぜぇ!」 最大限まで溜めた力を大剣に乗せて勢いよく振り下ろせば、その衝撃で起きた竜はそのままどうと地に伏し、討伐完了のファンファーレが鳴った。 「うっし、剥ぎ取り剥ぎ取りーっと……うーん、やっぱ紅玉出ねえなあ」 「まあそんなもんだろ。玉…収集…戦闘…うっ頭が」 「ははは、薬研は里のときからずっと出ずっぱりだよな、おつかれさんだ」 「言うほど苦でもないけどな。あ、そうだ御手杵の方もセーブしといてやらないとだな。――おい獅子王、見ろこれ」 御手杵の機体を代わりに操作していた薬研が手招いて、獅子王もそこをのぞき込めば、求めていた素材が報酬画面で燦然と輝いていた。 「うん?――あああああ!こいつ紅玉2つも出てやがる!働いてねえくせに!」 「寝てていいって言ったのお前さんだろ?」 「そうだけどさあ!物欲センサーってこええ!」 「センサーは年末年始くらい休んでてほしいぜ」 「まったくだ、くっそ――ふぁあーあ」 喋っている途中に獅子王がずいぶんと大きなあくびをし、薬研はくつくつと笑った。 「眠いのか?」 「まあなー。でも今太刀棟帰っても早寝してたじーさんども起こしそうだし、ここで寝るわ」 「御手杵も運んでいけねえし、ここで寝かせておくか。ちょっと手ぇ貸してくれ」 「はいよっと」 二人がかりでその大きな背中をゆっくりと床に倒す。そしてふと、はっとしたような顔で獅子王が薬研を見た。 「なあ、気付いたか」 「ああ……」 「こいつ……めちゃくちゃあったけえぞ!」 「なんだこりゃ、子供体温ってやつか」 「こんなでけえ子供いてたまるかよ。でもこれはいいなあ。なあ薬研、こいつの腕を枕にしてここで寝ちまおうぜ」 「それ明日腕がしびれて使い物にならなくなるぞ」 「いーんだよ!紅玉の恨みだ」 「はは、それならしょうがねえな。恨むなよ、御手杵」 そう言われる本人は姿勢を変えられたことにも気づかずすっかり夢の世界の住人で、聞こえるはずもない。 薬研が御手杵の腕を枕にするべく広げてる間に、獅子王は宴会場の端に置いてあった大きめのブランケットを取ってきた。 「薬研もここで寝るだろ?」 「そうだな、俺も今帰っても兄弟たち起こしちまうだろうし……」 「じゃあ決まりだな」 そんなときずっとつけっぱなしにしていたテレビから、ごーんごーんと音がした。誰も見ていなかったテレビが本丸に存在しない鐘を響かせている。 しばらくして歓声が聞こえ、年が明けたことが知れた。 「もう日付が変わったか。あけましておめでとう」 「ん、おめでとう。今年もよろしくな」 「こちらこそ。――よし、じゃあ寝るか!」 「おう、おやすみ」 「おやすみー。あー、あったけえ……」 ずいぶんと大きな抱き枕のあたたかさを頼りに、ふたりのこどもはそのまますとんと眠りに落ちた。 静かになった宴会場の障子がそろりと開く。 「おめでとさーん、っとぉ……おい、ほとんど誰も起きてねえじゃねえか」 「そうなのか?」 障子の隙間から顔を出したのは、先ほどまで縁側で酒を飲んでいた日本号と同田貫だ。 「ふたりとも、あけましておめでとう」 「おめでとうございます」 応えたのは唯一起きている歌仙と小狐丸だ。野球拳組は3人ほぼ同時に酔って寝つぶれ、江雪は小夜を抱えたまま二人とも眠ってしまったため、楽な姿勢にした後ブランケットをかけておいた。 「御手杵いるか?」 「そこで枕にされているけど、彼に何か用かい?」 「いや、寝てるならいい。今から槍部屋で飲み直すから一応声かけておこうと思ってな」 「そういうことなら、きっと朝までここで寝ていることでしょう」 「りょーかい。じゃ、さっさと引き上げるか」 「そうだな。お前さん方も冷え込む前に寝ろよー?おやすみ」 「言われなくともわかっているよ。おやすみ」 大小の黒い影が障子の向こうに消え、二人はくるりと宴会場を見渡す。これ以上何かが起こる気配はなさそうだ。 「さて、これからどうします?」 「打刀棟に戻ってもきっと二次会が始まってて寝れそうにないし、どうしたものか……。寝不足の状態で主への年始の挨拶をするのは嫌なのだけどね」 「私も同じ思いです。一年の初めはより一層、ぬしさまの為に毛並みを整えておきたいものですので。――そうだ、近侍部屋を借りましょうか。今ならだれもいないし布団もあったはずです」 「どこも寝静まってるか二次会会場になっているようだしね、そうしようか」 そう決めた二人は、会場の空調を一定にしておいてその場を後にする。 場は一層兵どもが夢の跡というありさまになったが、それを翌朝真っ先に発見したのが本丸の主だったのは単に年始早々の不幸な偶然である。 いつも無茶ぶりしてくる切り絵師審神者さんがまたしても「某所住人の推したちが飲み会してる話が見たいなあ」とか無茶ぶってきたので。 書くの疲れた(こなみかん) 住人のメンツが変わったので前回とは別の13名になりました。 |