刀剣乱舞 源氏兄弟
『それは緑色の目をした怪物』その後の続き




審神者から預かったメモを見ながら、髭切は時間遡行ゲートを操作する。
電子機器を操作するのは不得手だが(太刀のほとんどがそうだというのは最近知った)、この遡行ゲートの文字盤は機械の操作が苦手な刀でも使えるようにか、からくり風になっている。細々したボタンをつつくより、手で針をぐるぐると操作する方がよほど分かりやすい。
メモに書かれている年月日に針がきちんと合わさっていることを確認し、うんうんと一人頷いてから文字盤の真ん中、決定ボタンを押してゲートを開こうとし――
「待ったあああああああああああああ!!!」
ドップラー効果さえ起こしながら高速で近づいてくる叫びに遮られた。


遡行ゲートの向かった数百年前で、現代では失われてしまった豊かな自然を背景に二人は険しくもない山道を歩く。
膝丸の眉間には皺が寄り、はああと深いため息をついた。
「まったく兄者は、一人でどこへ向かうつもりだったのだ……最低二人は必要な遠征なのは知っているだろう」
「ははは、ちょっと久しぶり過ぎて色々忘れていたよ。荷物は持ったし、得物も持っているし大丈夫だと思っていてね。まさかこんなに大きな忘れ物をするなんて」
「俺のことは忘れ『物』扱いか兄者……。まあいい。それで、何をするのかは覚えているだろうな?」
「勿論!竜胆を見に行くんだよね」
満面の笑顔でそう答える髭切に、膝丸は苦笑を返す。この兄にとってはそれが主目的なのだろうというのは知っていた。
「一応これも仕事だからな、遡行軍の動向調査と資材の調達が主目的だぞ」
「ああ、そうだったそうだった」
とはいえ出陣に比べれば遠征など気楽なもので、敵と直接戦闘にはならないし資材は時間になれば帰還ポイントに政府が用意してくれるらしいので、よほど本丸の資材が逼迫してるとかではない限り、ちょっとした遠出とそう変わりはない。
そもそもこの遠征のセッティング自体が審神者が提案したものだった。膝丸が近侍の任を降りると伝えたとき、今まで負担を強いてしまったことをわびて「いつでも許可を出すから、今度時間があったら二人で遠征でも買い物でも行ってきたらどうだ」と言われたのだ。だから実質膝丸への褒美でもあるこの遠征は、調査も調達もしなくてよいのだった。そこで買い物ではなく遠征を選択したのは、髭切の言うとおり竜胆を見たかったからに他ならない。
「うーん、やっぱり秋は過ごしやすくて気持ちがいいねえ。久しぶりに外に出た、って感じがするよ」
と髭切が機嫌よさそうに伸びをしているのを見ると、こういう機会が得られたのなら忙しくしていた甲斐もあったなあと思う。



「件の場所はそろそろかい?」
「ああ、もう少しだ。兄者、こっちだ」
歩いている道から外れた方を指差した膝丸の案内についていってみれば、茂みの奥が少し開けていてそこにはささやかなせせらぎと小さな池があった。
見上げると周りは木々に覆われていながらも、そこだけぽかりと高い秋空が見え、葉の隙間から漏れる日差しが水面をきらめかせている。
そしてその周りには青紫色の竜胆の株がぽつぽつと点在していた。
「うわあ……!」
「気に入ってくれたようで嬉しいぞ。前に来た時は本当に調査目的で山を分け入っていたのだが、ここを見つけた時、次は兄者も連れてこようと思ったのだ」
「うんうん、素敵な場所だね。じゃあここでゆっくりしていこう」
そう言って髭切は軽食と飲み物が入った篭を軽く掲げる。
「そう言うと思ったぞ、兄者」
膝丸は肩に提げていた手荷物からござを取りだした。


今まで暇が取れなかった分を取り戻すように様々なことを話していると時は飛ぶように過ぎ、あっという間に遠征終了時刻に近くなっていた。
「ああ、そろそろ帰る時間か」
「もう?なんかあっという間だったね」
「そうだな。俺は里の方をざっと調査してくるが……兄者、何をしているのだ」
髭切は軽食が入っていた篭とは別の荷物から鉢植えを取りだしている。
「せっかくだから記念に1株くらい持って帰ろうかなって。それくらい構わないだろう?」
「まあ大丈夫だが……本丸に植え替えるのか?」
「うん、部屋の縁側のそばにあったら僕たちらしくて分かりやすいでしょ?ああそうだ、うまく株を増やせたら、あの源氏の短刀の子とおっきな薙刀にも見せよう」
自分で思いついた発想に満足げに笑む髭切とは対照的に、膝丸は少しいやそうな苦い顔を作る。
「どうしたの、不意打ちで嫌いなもの食べちゃったみたいな顔して」
「いや、まあ、うむ……今剣はともかく、岩融の方に少し、苦手意識があるだけだ。少しだけだがな?」
「何かあった?」
「手合わせのときに――まあ、いいではないかこの話は」
やめやめ、というように顔を振る弟の様子に、髭切は覚えのある黒いしずくのような感情がぽたりと落ちるのを感じる。つい最近名前を覚えたその感情も、飲み下し方さえ覚えてしまえば溢れさせることなくやりすごせる。
「言いたくないなら訊かないよ」
「……兄者なら聞きたがると思っていたぞ」
「前ならそうかもね。これでもちょっとだけ、成長したんだよ」
「そうか。俺の知らない間に」
どんなことがあって『成長』したのかをわざわざ言わないあたりに、兄にも言いたくないことがあるのだろうと膝丸はうっすら察した。
「ほらほら、早くしないと時間来ちゃうから。調査行っておいで」
「そ、そうだな。では帰還ポイントで合流しよう」
「うん、じゃあまたあとで」

駆けていく膝丸を見送った髭切は、竜胆の株のひとつに向き合って、はたと気付いた。
「ありゃ、道具を持ってくるのを忘れてしまったねえ。……まあ、いっか」
土は湿っていて手で掘り返すのはさほど大変そうでもなかった。が、案外根が深い。それをできるだけ傷つけないように掘り起こして植木鉢に移し、隙間を土で埋める。
「これでよし、っと」
思ったより長かったその根を見て、ふと思い出す。
竜胆の根は漢方の原料の一種になるのだそうだが、花の愛らしさから想像できないほど苦く「まるで竜の肝のようだ」というところからそう名づけられたのだそうだ。
そのことがふと、苦い思い出の上に成り立つこの楽しい時間を表してるように思えて髭切はひとつくすりと笑う。
二人の部屋の前に植えられるこの竜胆は、髭切のなかでひっそりと源氏の象徴以上の意味をもつだろう。





モブパズのりっちゃん正月ボイスで「待って兄さん、僕も行く!」って言ってたのがとてもかわいくてですね……不憫なブラコンに定評のあるお膝にさせてみたかった。要するに冒頭で充分オチてる。